日本のトップ歌手20名が火花を散らす第10回オペラ歌手紅白対抗歌合戦

 クラシック音楽の殿堂たる東京・赤坂のサントリーホールで、この10年来、飛び切り楽しい催しが年末に開催されてきた。それが、日本オペラ界の精鋭たちが集う「オペラ歌手紅白対抗歌合戦」である。男女が歌の力をピュアな気持ちで競い合いながら、ユーモアたっぷりの歌試合を繰り広げるこの舞台、客席が毎回大いに湧いて、清々しくも熱い空気が場内を支配する。その味わいは、他のコンサートとはまた違った賑わいに満ち、豊かな声の波に全身を解されるようで心が本当に高揚する。だから、公演が終わって帰るお客様たちの会話も、毎回それは弾むのだ。「人を朗らかにさせるステージ」と筆者は呼んでいる。

左上より:甲斐栄次郎/大村博美/林 美智子 ©Toru Hiraiwa
笛田博昭 ©Takafumi Ueno/Cocomi ©Akinori Ito

 さて、このオペラ歌手紅白対抗歌合戦、今年は12月10日に開催される。このほど、10周年企画の内容が公開されたが、まず目を惹くのは、ウィーンで長く活躍したバリトン甲斐栄次郎がヴェルディ《ドン・カルロ》の〈ロドリーゴの死〉を歌い、ヨーロッパで広く活動中のソプラノ大村博美が同じくヴェルディの《運命の力》の〈神よ平和を与えたまえ〉を披露すること。日本人離れした「厚い響き」の持ち主である二人ならではの選曲だろう。

 また、メゾソプラノ林美智子がチャーミングに歌いあげる〈今の歌声は〉(ロッシーニ《セヴィリアの理髪師》)と、逞しい声音が光るテノール笛田博昭の〈天使のようなレオノーラ〉(《運命の力》)の競演も大いに楽しみな一場。喜劇と悲劇の対極的な2つの名曲が、歌い手それぞれの美質を際立たせるひとときとして、今から期待大である。

 さらに、今回は新機軸による顔合わせも実現。新星ソプラノ小川栞奈の〈狂乱の場〉(ドニゼッティ《ランメルモールのルチア》)にはフルーティストのCocomiが共演。対するカウンターテナー彌勒忠史は多忠亮の日本歌曲〈宵待草〉を独唱。こちらもフルーティスト藤井隆太(株式会社龍角散社長)が演奏し、涼やかな音色で歌声と響きあうことだろう。

左上より:彌勒忠史/藤井隆太/幸田浩子
砂川涼子 ©Yoshinobu Fukaya/妻屋秀和 ©Takafumi Ueno

 なお、歌合戦名物の「二重唱同士の対決」もファン必見のもの。例えば、ドリーブ《ラクメ》の流麗な〈花の二重唱〉をソプラノ幸田浩子とメゾソプラノ永井和子、《ドン・カルロ》の〈友情の二重唱〉をテノール村上敏明とバリトン青山貴など、豊麗な声音のやりとりで聴き応えあるものに。そして、ソプラノ砂川涼子とメゾソプラノ加納悦子が、所属団体の枠を超えて声を合わせるという珍しい展開も(モーツァルト《コズィ・ファン・トゥッテ》より二重唱)。対照的な声音が寄り添う様にご注目いただきたい。

 このほか、べテラン勢からは、バス妻屋秀和がヴェルディ《シチリア島の夕べの祈り》から〈ああ、パレルモ〉を歌うほか、ソプラノ小林厚子と佐々木典子、テノール小原啓楼なども出演。普段のレパートリーとは違う新境地に挑む人もいれば、お馴染みの得意曲を聴かせる人もいるよう。練り上げた歌声をお楽しみに。そして、紅組指揮者の田中祐子と白組指揮者の現田茂夫が、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団と共に、歌声を大いに盛り立てるさまもお聴き逃しなく!

文:岸 純信(オペラ研究家)

(ぶらあぼ2025年12月号より)

第10回 オペラ歌手 紅白対抗歌合戦 〜声魂真剣勝負〜
2025.12/10(水)18:30 サントリーホール
問:ヴォートル・チケットセンター03-5355-1280
https://operaconcert.net
※出演者やプログラムの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。


岸 純信 Suminobu Kishi

オペラ研究家。『ぶらあぼ』ほか音楽雑誌&公演プログラムに寄稿、CD&DVD解説多数。NHK Eテレ『らららクラシック』、NHK-FM『オペラファンタスティカ』に出演多し。著書『オペラは手ごわい』(春秋社)、『オペラのひみつ』(メイツ出版)、訳書『ワーグナーとロッシーニ』『作曲家ビュッセル回想録』『歌の女神と学者たち 上巻』(八千代出版)など。大阪大学非常勤講師(オペラ史)。新国立劇場オペラ専門委員など歴任。