
同じ表題の公演がすでに王子ホールで開催されたが、息に乗せられた自然な声は美しい倍音を伴い、1曲1曲にうっとりさせられた。《ルサルカ》の〈月に寄せる歌〉などのアリア、独仏伊の歌曲、『オズの魔法使い』の〈虹の彼方へ〉などミュージカルのナンバー。どのジャンルも、NY在住の波多野の歌にはすべてに貫かれた共通の美があり、それが心地いいのだ。
チャーミングな響きが維持された声が柔軟に流れ、疾走し、飛翔する。すべての歌は語るように発せられ、力で押していないのに十分な力を宿し、触感はみずみずしい。その秘密は「師からイタリアのベルカントの神髄を伝授された」ことにあり、「歌唱が本物であればあるほど、あらゆるジャンルに適応させられると確信し、プログラムを組んだ」と本人は語る。
波多野がいまも教わる師とはジュリアード音楽院の元教授で、METのオーディションの審査員をしていたチャールズ・ケリス。ローマのサンタ・チェチーリア音楽院でアンナ・モッフォと同級で、往年の名バリトンのサイモン・エステスが「生涯通して唯一の師はケリス先生」と語るほど力がある声楽教師だ。
フルート、ヴァイオリン、ピアノで全ジャンルを濃密に伴奏するトリオアンサンブル「イル・スオーノ」に加え、最後の曲〈ジュピター桜YAMATOに〉では、フラダンスとクラシック・バレエを融合させた吉田紗順の舞踊が、本物の歌を彩る。「終始心から楽しめ、生きる力が湧くプログラムをめざす」と語るが、筆者も終始、心地よさに浸った。12月は奈良で堪能したい。
文:香原斗志
(ぶらあぼ2025年12月号より)
波多野聖子 ソプラノリサイタル
ストレッチ・ザ・ベルカント ~本物の声はジャンルを超える~
2025.12/12(金)18:30 奈良/秋篠音楽堂
問:Spring Gen Records 080-6029-5827
https://www.seikohsoprano.com

香原斗志 Toshi Kahara
音楽評論家。神奈川県生まれ。早稲田大学卒業、専攻は歴史学。イタリア・オペラなどの声楽作品を中心にクラシック音楽全般について執筆。歌声の正確な分析に定評がある。日本ロッシーニ協会運営委員。著書に『イタリア・オペラを疑え!』『魅惑の歌手50 歌声のカタログ』(共にアルテスパブリッシング)など。歴史評論家の顔もあり、近著に『お城の値打ち』(新潮文庫)。

