【上野耕平×住谷美帆】
初のサクソフォン・デュオでみせる個性と信頼のハーモニー/2025北九州国際音楽祭

左:上野耕平 右:住谷美帆

 サクソフォン界を牽引する若きリーダー上野耕平と若手世代のトップランナー住谷美帆。二人の注目奏者が組んだ初のデュオ・リサイタルが、11月、北九州国際音楽祭で実現する。

上野「サクソフォンは、実は音を出すのがとても簡単な楽器なんです。ちゃんと教えれば、一日ですべての音が出せるようになる。でも、鳴らしやすいからこそ、吹く人の音の個性がものすごく出るんです。二人で吹くと、それがとてもよくわかると思います」

住谷「しかも私たちは同じメーカーの楽器を使っていて、口元の仕掛けもほとんど同じなんです。それなのに、たぶん音が全然違うと感じていただけるはずです」

 初デュオながら、二人のあいだには長い時間をかけて培った信頼関係がある。同じ茨城県出身で3歳違い。住谷は高校生の頃から、彼を追いかけるように歩んできた。

住谷「ずっと大尊敬している先輩です。普段から『PANDA Wind Orchestra』でも隣で吹いているので、“阿吽の呼吸”みたいなものは自然にあります。でも、だからこそ何を仕掛けてくるかわからない。安心できません(笑)」

上野「単純にぴったり合うデュオというのではなく、ソリスト同士がそれぞれの価値観を持っているからこそできる音楽がある。僕はそこがいいかなと思います」

 コンサートはピアノの高橋優介を迎えてのトリオ編成。

上野「高橋くんは、サクソフォン奏者よりもサクソフォン作品に詳しいんじゃないかというぐらい、われわれのことを本当によく理解してくれています。彼がいるからこその、このプログラムです」

「上野さんのバリトンを聴いてほしい」

 サクソフォンの表現の多彩さを見せつけるような魅力的なプログラムだ。ソロ曲が中心の第1部でそれぞれの個性に耳を傾け、がっつりデュオとなる第2部では、その個性同士が反応し合って生まれる新たな響きに身を委ねる。

 まずは、サンジュレー、イベール、ブートリーと、サクソフォンという楽器と関わりの深い作曲家たちの作品が並ぶ第1部。
 住谷が吹くブートリー「ディヴェルティメント」は、彼女にとっては初挑戦の一曲。

住谷「中高生のソロコンテストや音大の受験曲としてもよく演奏される人気曲なのですが、私は初めてです。本当は次に上野さんが吹くイベールにしようと考えていたら、かぶってしまって(笑)。サクソフォンのいろんな側面を見せられるブートリーを選びました。楽しい曲です」

上野「ごめん、ごめん。そうだったの? じゃあ、交換する?(笑)。
 そのイベールは、高橋くんのピアノが素晴らしいんです。原曲は11の楽器のための室内小協奏曲なんですけれども、ピアノ版のほうがいいんじゃないかと思わせるぐらいのドラマがあります。それをぜひ九州の皆さんにも聴いていただきたいと思いました」

 そして第1部の締めくくりには山中惇史編曲の「赤とんぼ」を持ってきた。上野の愛する作品に。

上野「あえてしんみりと。自然と故郷を思い出すような、『母さん、ありがとう』と思えるような、そんな名アレンジ。でも、息を吸うところがなくて、吹くのは大変です(笑)」

 サクソフォン2本とピアノが丁々発止に渡り合う第2部は、フロロフ、ヒンデミット、長生淳、そしてプーランクという構成。長生淳の「パガニーニ・ロスト」は近年生まれたサクソフォン界の超ヒット作だ。

上野「曲名からもわかるように、有名なパガニーニの『24のカプリース』の終曲のテーマが断片的に出てきます。でも絶対に完全には現れない。そこが面白いんです。とてもスリリングな曲です」

 プーランクの名曲『オーボエ、ファゴット、ピアノのための三重奏曲』は、住谷のソプラノと上野のバリトン、そしてピアノで演奏する。

住谷「上野さんのバリトン・サクソフォンに注目してください。上野さんのバリトンはピカイチ! もちろんすべての楽器が素晴らしいんですけれども、吹きこなすのが難しいバリトンを、まるでアルトのように楽々と吹いているように見える」

上野「楽じゃないよ(笑)」

住谷「わかってますよ! でも、大学時代に、こんなふうにバリトンを吹ける人がいるんだ!って衝撃を受けて。だから今回、プーランクでバリトンを吹いてくださるのがうれしくて。ぜひそこを聴いてほしいなと思います」

上野「この曲だけのために、重いバリトンを持っていきますから! 僕じゃなくてマネージャーですけど(笑)」

進化し続ける二人の現在地

 先述のように、二人の出会いは高校・大学時代にさかのぼる。

上野「住谷さんの演奏を初めて聴いたのは、彼女が高校2年生の時。われわれ、先生が一緒なんですよ。鶴飼奈民先生、そして須川展也先生。その鶴飼先生が『すごいのがいる』と。実際に演奏を聴いてみたら、本当にとんでもなかった。難曲のトマジのサクソフォン協奏曲を、高校生とは思えないぐらい華やかに演奏していました。確実に藝大に入ってくるだろうなと思いましたね」

住谷「その前の年に、上野さんの演奏を初めて聴きました。スウェルツの『ウズメの踊り』という協奏曲だったのですが、感動と悔しさで泣いたのを今でも覚えています。素晴らしいのはもちろんなんですけど、こんなにすごい人がいる、自分も頑張らなきゃという悔しさがあったんですね。衝撃的でした。その時に、鶴飼先生に師事というプロフィールを見て、私も鶴飼先生に弟子入りしました」

上野「ここ数年の住谷さんの進化はすさまじいです。自分で自分の殻をどんどん破っていく。以前はたぶん“楽器”をうまく吹こうとしていたんじゃないかと思うけど、今はすごく“音楽”をしてるんですよね」

住谷「何でもばれてますね(笑)。それを気づかせてくれたのも上野さんです。常に最良のものを目指して、セッティングを思いきり変えたり。普通は怖いんですよ。でも、その怖さよりも先に、第一に音楽がある。そういう価値観が私にはすごく刺さっています」

上野「セッティングというのは、マウスピースを、一昨年ぐらいにがらっと違う方向に変えたんですね。変えてしばらくは、音程ははまらない、息は持っていかれるでとても苦労しました。でも自分が欲しい音のためにはそれしかなかった。妥協するのは嫌なんですよね。今やもう、これがないとダメというところまで来ています」

住谷「そういう姿勢を私もそばで見て、良い影響ばかりもらっています」

 互いの演奏に触れ、刺激し合いながら磨かれていく音楽。それがデュオとしての強みでもあるだろう。二人の音楽の対話は、サクソフォン・デュオの新たな魅力を届けてくれるにちがいない。

取材・文:宮本明
写真:編集部

2025北九州国際音楽祭
上野耕平&住谷美帆 サクソフォン デュオ・リサイタル 高橋優介(ピアノ)

2025.11/9(日)15:00 北九州市立響ホール

サンジュレー:協奏的二重奏曲 op.55より第1楽章
ブートリー:ディヴェルティメント★
ガルデル:想いの届く日★
イベール:コンチェルティーノ・ダ・カメラ(室内小協奏曲)◎
山田耕筰(山中惇史編):赤とんぼ◎
フロロフ:ディヴェルティメント(サクソフォン版)
ヒンデミット:2本のサクソフォンのための演奏会用小品
長生淳:パガニーニ・ロスト
プーランク:トリオ FP43(サクソフォン版)

◎:上野ソロ ★:住谷ソロ

問:北九州市芸術文化振興財団 響ホール音楽事業課093-663-6661
https://www.kimfes.com