微分音がもたらす新たな音響美〜〈コンポージアム2025〉ゲオルク・フリードリヒ・ハースを迎えて

 日本のコンテンポラリー・ミュージック・シーンを語る際に欠かすことのできないイベントのひとつが、東京オペラシティ文化財団が主催する『コンポージアム』である。毎年ひとりの作曲家が審査する「武満徹作曲賞」は、現代のもっとも重要な作曲コンクールとして世界的に知られており、藤倉大、酒井健治、坂田直樹など数多くの優れた作曲家を輩出してきた。コンクールの本選演奏会だけでなく、演奏会やトークセッションを通して、審査員の作曲家としての美学やその書法を紐解いていくのも『コンポージアム』の特徴である。

ゲオルク・フリードリヒ・ハース ©Ricordi/Harald Hoffmann

微分音がもたらす新たな音響美

 2025年はゲオルク・フリードリヒ・ハースが審査員となり、あわせて彼の作品も紹介される。1953年にオーストリアのグラーツに生まれ、現在はコロンビア大学教授として、アメリカ、ニューヨークを拠点に活動するハースは、微分音のスペシャリストとして知られている。西洋音楽は12音の平均律とともに発展してきたが、彼は半音よりもさらに細かい4分割、6分割、8分割の微分音の可能性を探求し、従来の平均律では得られない細密な音響を実現してきた。ベルクのオペラ《ルル》の補筆で知られるフリードリヒ・ツェルハに学び、リゲティやスペクトル楽派からも影響を受けたハースの音楽は、近年、日本でも演奏される機会が増えており、2017年の『サントリーホール サマーフェスティバル』でも彼の作品が特集されている。『コンポージアム2025』では、ハースが2010年代に作曲した管弦楽作品が2曲、日本初演される。演奏至難なハースの音楽だが、コンテンポラリー・ミュージックの領域で高い評価を得ているアメリカの指揮者、ジョナサン・ストックハンマーと、近現代のレパートリーに精通する読売日本交響楽団の共演ゆえに、ハイレベルな演奏が期待できるだろう。

ジョナサン・ストックハンマー ©Marco Borggreve

自然倍音列の純粋さを追い求めて

 ハースの音楽は一聴すると複雑で難解なものだと思われがちだが、意識を集中して、耳がその響きに慣れてくると、身体を包み込む音響の美しいグラデーションに気がつくのである。2011年に作曲されたオーケストラのための「… e finisci già?」(イタリア語で“それで、もうおしまい?”の意味)は、そうしたハースのエクリチュールを堪能できる作品のひとつである。モーツァルトのホルン協奏曲第1番 K.412の未完成の断片に着想を得たこの作品は、ナチュラルホルンで演奏可能な自然倍音が作品の核となっている。こうしたコンセプトからもわかるように、ハースが目指しているものは聴衆を圧倒する難解さではなく、人間が古来愛してきたピュアな響きであり、それを追い求めるツールとして微分音が用いられているのである。

ホルンロー・モダン・アルプホルン・カルテット ©Craig T. Mathew

アルプホルン4本とオーケストラの共演!

 ホルンロー・モダン・アルプホルン・カルテット(HMAQ)のために書かれた、4本のアルプホルンとオーケストラのための「コンチェルト・グロッソ第1番」は、ハースのそうした美意識がもっとも顕著に現れた作品だろう。2014年にHMAQとスザンナ・マルッキ指揮バイエルン放送交響楽団によって世界初演された本作は、その後世界各地で演奏され、ハースのもっとも成功した作品のひとつとなっている。アルプホルンは、スイスをはじめとするヨーロッパの山岳地帯で演奏される民俗楽器で、ナチュラルホルンと同様に自然倍音列しか演奏できないが、奏者のアンブシュアが作り出す変幻自在な音程は、合奏において究極の調和をもたらすのである。ハースはアルプホルンのこうした特質に着目し、バロック音楽のコンチェルト・グロッソ(合奏協奏曲)の様式に当てはめながら、4本のアルプホルンの素朴でピュアなサウンドと、オーケストラの合理化された機能的なサウンドを対比させた。両者はときにコントラストを際立たせ、ときに互いを補って拡張しながら、聴き手に新たな音響体験を提供するのである。

 今回の公演では、ハースの作品と併せて、メンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」とマーラーの交響曲第10番の第1楽章〈アダージョ〉も演奏される。ハースはメンデルスゾーンの音楽を好んでおり、この作曲家へのオマージュとして「夏の夜に於ける夢」(2009)なる作品も書いている。マーラーの交響曲第10番は、19世紀ロマン派の調性音楽の到達点であり、マーラーとハースを続けて聴くことは、ドイツ・オーストリアの音楽史の連続性を肌で感じる機会になる。コンテンポラリー・ミュージックに少しでも関心がある人は、日本におけるハース受容の重要な1ページとなるであろう演奏会に、ぜひとも立ち会ってほしい。

文:八木宏之
(ぶらあぼ2025年5月号より)

東京オペラシティの同時代音楽企画〈コンポージアム2025〉
ゲオルク・フリードリヒ・ハースを迎えて


ゲオルク・フリードリヒ・ハース トークセッション
2025.5/21(水)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
出演/ゲオルク・フリードリヒ・ハース、沼野雄司(聞き手)
ゲオルク・フリードリヒ・ハースの音楽
5/22(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
出演/ジョナサン・ストックハンマー(指揮)、ホルンロー・モダン・アルプホルン・カルテット、読売日本交響楽団
2025年度 武満徹作曲賞本選演奏会
審査員:ゲオルク・フリードリヒ・ハース

5/25(日)15:00 東京オペラシティ コンサートホール
出演/阿部加奈子(指揮)、東京フィルハーモニー交響楽団

問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999
https://www.operacity.jp