
たやすい道と険しい道があれば、つねに難しいほうを選ぶ。かっこいいけれど、なかなかできることではない。だが、ベートーヴェンなら迷わずそうするだろう。もとより、そういう性なのである。
くるりの話だ。多様な革新と変容を自在に謳歌してきた稀代のロック・バンドが、結成30周年の夏の終わり、初めての試みとしてフルオーケストラと共にコンサートに臨む。
「オーケストラを受けてパヴァロッティみたいに歌います、みたいに言えればいいんですが(笑)、僕は自分のことを“歌手”だと思っていない。一応歌うんですけど、オケの一員として音楽と向き合えればいいかな、という思いですね。くるりはかなり自由なバンドで、ひとつにはこの方々と演奏したいということを叶える場でもある」と岸田繁は言う。
「繁くんはオケの一員って言ってますけど、やっぱりどう歌ってもらえるかっていうのをつくるのがこちら側、というのは大きいので。今回自分はどういう立ち位置になるんだろう、というのが不安でもあり、楽しみでもある」とベースの佐藤征史が言葉を継ぐ。「いままでストリングスと一緒にやったりツアーをまわったりしてきた、その延長線上と思っていらっしゃる方が多いと思うんですよね。そことは全然違うんだぞ、っていう期待と楽しみをもってきていただけるとうれしいです。それは、自分たちも含めて」。
岸田繁にとっては、交響曲第1番の初演からちょうど10年。以来オーケストラ奏者との交流も温めてきて、昨年秋には『弦楽四重奏作品集 第1巻』の音源と楽譜もリリースしている。「今回はオーケストレーションの大半を人に委ねて、僕はバンドで演奏します。人間がやっていることの、すごくレベルの高いことがオーケストラだと思うので、やはり人が集まって演奏しているということを意識していきたい。オケの人たちがやっている音楽のタイム感は、くるりの曲の根幹のものにすごく相性がいいところがたくさんあるので、できるだけオーケストラのスタイルに合う演奏を自分たちがやっていかないとなとも思っています」と岸田は語る。
ウィーンでアルバム『ワルツを踊れ』をレコーディングした折、ふたりはアーノンクールが指揮するモーツァルトを楽友協会で聴いて衝撃を受けた。「プリミティヴなところの揺さぶられ感というか、自分が想像もしなかったような景色が流れてくる感覚を受けたのは、音楽としては初めての体験だった」と佐藤は言う。それから、もう20年にもなる。
山下康介の編曲監修のもと、高井優希が指揮する東西2つのオーケストラ、東京フィルハーモニー交響楽団と日本センチュリー交響楽団が、渋谷と京都のステージをそれぞれにくるりと織りなしていく。「男の子と女の子」、「JUBILEE」をふくめて、新旧の名曲たちがどう新たに響き出すのかが実に楽しみだ。
「くるりのほとんどの楽曲は基本、和声はクラシカルだけど、リズム&ブルースの演奏スタイル。いわゆるロマン派的なオーケストラの熱量とロックンロールのビート感というのはうまく融合できないので、それをどう持っていくかというのが課題です」と岸田繁は考える、「60人規模の編成でくるりの曲を演奏するなんてなかなかないこと。やっぱりひとりひとりの音楽であることが、オーケストラを楽しむことなんじゃないかと思う」。
「この楽曲は雨なのか曇りなのかとか、気候や温度感のようなものが、くるりのわりと重要な要素のひとつかな。指揮者さんの演出を含めて、そういう共通認識がもてれば大丈夫だと思います」と佐藤征史は静かに言った。
取材・文:青澤隆明
(ぶらあぼ2026年8月号より)
billboard classics QURULI Premium Symphonic Concert 2026
2026.8/30(日)18:00 Bunkamuraオーチャードホール(完売)
問 HANDS ON ENTERTAINMENT info@handson.gr.jp
9/5(土)18:00 京都コンサートホール(完売)
問 キョードーインフォーメーション0570-200-888
https://billboard-cc.com

青澤隆明 Takaakira Aosawa
書いているのは音楽をめぐること。考えることはいろいろ。東京生まれ、鎌倉に育つ。東京外国語大学英米語学科卒。音楽評論家。主な著書に『現代のピアニスト30—アリアと変奏』(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの『ピアニストは語る』(講談社現代新書)、『ピアニストを生きる-清水和音の思想』(音楽之友社)。『ショスタコーヴィチを語る』(青土社)で、亀山郁夫氏と対談。そろそろ次の本、仕上げます。ぶらあぼONLINEで「Aからの眺望」連載中。好きな番組はInside Anfield。
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