文:飯田有抄
この夏、ピティナ・ピアノコンペティションは第50回という大きな節目を迎える。主催する全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)にとっても、創立者・福田靖子が1966年に立ち上げた「東京音楽研究会」の発足から数えて創立60周年。まさに、ピティナの歴史にとって二重の記念の年である。

1977年に「PTNAヤングピアニスト・コンペティション」として産声を上げたこのコンクールは、半世紀のあいだに日本のピアノ学習文化とともに歩み、いまや毎年のべ3万人以上が参加する世界最大規模のピアノの祭典へと成長した。その頂点に位置するのが、年齢制限のない「特級」である。角野隼斗、亀井聖矢、鈴木愛美、そして昨秋のショパン国際ピアノコンクールで第4位に輝いた桑原志織など、国際舞台で活躍するピアニストたちが、この舞台から羽ばたいていった。約50年にわたり受け継がれてきた挑戦のバトンは、今年もまた若き才能たちの手に握られている。
♪ピアニストたちの成長を見届けられるステージ
特級の審査は一次(6月に終了)・二次・三次予選、セミファイナル、ファイナルという5つのステージで進められる。ラウンドごとに課題も演奏形態も異なるため、聴き手はひとりのピアニストの音楽が、舞台を重ねるごとに深まり、時に大胆に変化してゆくさまを見届けることになる。約1ヵ月にわたって紡がれる、成長の物語といってよい。

聴衆はそのプロセスのどこからでも参加できる。二次予選からの全ラウンドはピティナ公式YouTubeチャンネルでライブ配信され、「オンライン聴衆賞」の投票を通じて、遠く離れた場所からも「推し」のピアニストに毎日エールを送ることができる。ピティナの配信アーカイブには、今をときめくピアニストたちの若き日の挑戦の記録も数多く残されている。コンクールのこれまでの歩みを振り返ることができると同時に、その歴史に新たな1ページが加わっていくのを目の当たりにできる。
♪総合力が求められる各ラウンドの課題
7月9日に発表された今年の二次予選進出者は24名。7月25日・26日の二次予選(J:COM浦安音楽ホール)では、ショパンのエチュードを必須とする曲目で、一人25分以上35分以内のリサイタルに臨む。続く7月29日の三次予選では、11名に絞られた進出者たちが、ファイナルで演奏予定の協奏曲を、ピアノ伴奏版で披露し審査される。

セミファイナル(8月18日、第一生命ホール)からは、ぜひ会場に足を運んでほしい。6名に選出される予定のセミファイナリストは、それぞれ45〜55分のソロリサイタルに加え、昨年から導入された室内楽の課題、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第4番「街の歌」第1楽章に挑む。共演はミュンヘン・フィルのコンサートマスター青木尚佳と、チェリストの伊藤悠貴。ソリストとしての技量だけでなく、共演者の音に耳を澄まし、呼吸を合わせる音楽家としての総合力が問われる。一日で6つの本格的なリサイタルと室内楽を聴けるという濃密な時間である。
そして8月21日、舞台は音楽の殿堂サントリーホールへ。4名のファイナリストが、太田弦指揮、日本フィルハーモニー交響楽団との共演でピアノ協奏曲を披露する。審査の緊張感に包まれた客席で、若きピアニストたちの渾身の音楽を目の当たりにする体験は、通常のコンサートとはひと味もふた味も異なる。会場の投票による「聴衆賞」もあり、聴き手一人ひとりの心の動きが、そのままこのコンクールの一部となる。昨年はグランプリの稲沢朋華が聴衆賞・オンライン聴衆賞も合わせて受賞し、チケットは前日に完売。客席と舞台がひとつになる熱気を、ぜひ体感してほしい。
♪第50回大会の個性あふれる出場者たち
記念大会にふさわしく、今年の二次予選進出者24名の経歴は実に多彩だ。東京藝術大学、東京音楽大学、桐朋学園大学などで研鑽を積む学生・大学院生を中心としながら、多様な個性が並ぶ。2021年のショパン国際ピアノコンクールに医学生として出場し、現在も医師とピアニストの二刀流を貫く沢田蒼梧。同じく医学を東京大学医学部で学びながら、桐朋学園大学にも籍を置く石山和暉(よしあき)。東京大学で美学芸術学を修めてから桐朋学園大学院に進んだ西山響貴、青山学院大学で経済学を学ぶ村木遼伍もいる。モスクワ音楽院大学院を修了し、2021年特級銅賞に輝いた今泉響平や、イタリア・フランスでの8年間の研鑽を経て帰国した下里豪志のように海外で研鑽を積んだ者も名を連ねる。音楽への道は決して一本ではないことを、彼らの歩みが物語っている。

2段目左より)佐藤あやめ、沢田蒼梧、志賀由梨、柴田陽人、下里豪志、下山理子、菅原琉聖、高見真智人
3段目左より)中澤真唯、西山響貴、本田純鈴、三井柚乃、村木遼伍、山﨑夢叶、米滿希咲来、渡邊伽音
再挑戦者の存在も、このコンクールの奥行きを伝えてくれる。昨年のファイナリスト・高見真智人は2年連続でこの舞台に戻ってきた。2023年に特級銀賞を受賞した三井柚乃も、再びグランプリへの挑戦を選んだ。なおも高みを目指す参加者たちの、覚悟のステージを聴けるのもコンクールの醍醐味のひとつだ。
なお、若きピアニストたちの「コンクールのその先」を支えるクラウドファンディングも実施中。第50回を記念して、グランプリ受賞者の活動を1年間支える「特級寄付基金」も新設された。応援の輪に加わる方法は、客席でも、画面越しでも、支援というかたちでもいい。半世紀の歩みの先に新たな歴史が刻まれる特別な夏を、若きピアニストたちが紡ぐ音楽とともに過ごしてみてはいかがだろうか。
写真提供:一般社団法人全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)
【Information】
第50回ピティナ・ピアノコンペティション特級
二次予選(25〜35分のリサイタル) 24名
2026.7/25(土)11:00、7/26(日)10:30 J:COM浦安音楽ホール コンサートホール
三次予選(ファイナルで演奏する協奏曲の一部をピアノ伴奏で演奏) 11名
7/29(水)13:30 J:COM浦安音楽ホール コンサートホール
セミファイナル(室内楽+45~55分のリサイタル) 6名
8/18(火)10:30 第一生命ホール
共演/青木尚佳(ヴァイオリン)、伊藤悠貴(チェロ)
ファイナル(任意のピアノ協奏曲1曲) 4名
8/21(金)16:30 サントリーホール
共演/太田弦(指揮)日本フィルハーモニー交響楽団
海外招聘審査員:
グラハム・スコット(英国王立北部音楽大学教授)
チェ・ヒヨン(ピーボディ音楽院教授)
バルバラ・シュチェパンスカ(若いピアニストのためのシューマン国際ピアノコンクール芸術監督、元デュッセルドルフ・ロベルト・シューマン大学教授)
https://tokkyu.piano.or.jp
ピティナ YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/@ptna
◎クラウドファンディング
ピティナ特級2026|50回目の夏、ピアニストの未来をともにつくる
支援募集期間:8/28(金)まで

飯田有抄 Arisa Iida(クラシック音楽ファシリテーター)
音楽専門誌、書籍、楽譜、CD、コンサートプログラム、ウェブマガジン等に執筆、市民講座講師、音楽イベントの司会等に従事する。著書に「ブルクミュラー25の不思議〜なぜこんなにも愛されるのか」「クラシック音楽への招待 子どものための50のとびら」(音楽之友社)等がある。公益財団法人福田靖子賞基金理事。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Macquarie University(シドニー)通訳翻訳修士課程修了。


