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今年の「東京オペラシティの同時代音楽企画『コンポージアム』」は、オーストリア出身で現在はアメリカを拠点とするゲオルク・フリードリヒ・ハース Georg Friedrich Haas(1953〜 )をフィーチャー。自然倍音列から導き出されたハースの微分音の世界は、聴き手に新しい響きを体感させてくれます。彼の管弦楽作品2作を聴くことができる貴重な機会となる5月22日の公演を前に、音楽学者の沼野雄司さんと音楽ライターの小室敬幸さんが、ハースの音楽の面白さについてたっぷりと語り合いました。そこには、“ゲンダイオンガク”を楽しむためのヒントも! 前後編2回に分けてお届けします。
文・構成:小室敬幸
写真:編集部
小室 現代音楽だけでなく、クラシック音楽やその他のジャンルの音楽も沼野さんは普段から広く聴かれている印象があるのですが、現代音楽と他の音楽との最大の違いはなんだと思われていますか?
沼野 いろんなタイプの曲があるから一言では言えないですけど、現代音楽というのは――確信犯的に言ってしまうと――、「説明」と合わせ技で楽しむものって言っちゃってもいいと僕は思っているんです。もちろんそうじゃない曲もあるけれども、ある種、文字や言葉とセットで楽しむっていう。聴けば分かるとか、聴いて楽しむとかっていうことだけじゃなくて、やっぱりそこにもうひとつ違う次元のものが混交しているのが、いわゆる狭い意味での“現代音楽”だと。
小室 それは必ずしも作曲者自身による説明である必要はないわけですよね? 沼野さんの著書『現代音楽史――闘争しつづける芸術のゆくえ』(2021)で多くの紙幅が割かれていた社会・政治状況との繋がりや、『トーキョー・シンコペーション:音楽表現の現在』(2023)で実践されていた他分野の芸術との共振・共鳴も、現代音楽を楽しむための言葉になりますから。
沼野 言葉があるのがいちいち煩わしい、あるいは説明がないと分からない音楽なんて本物じゃないなんていう人もいるんだけど、そういう人には現代音楽は合わない気がするな(笑)。音楽好きな人ほど音楽至上主義になりがちで、とにかく音楽は聴くものであっていろんな混ぜ物があるのは偽物だみたいな考え方がありますね。

小室 歴史的にいえば言葉が歌われる音楽や標題音楽より、抽象的な絶対音楽の方が価値が高いと考えたエドゥアルト・ハンスリック(1825~1904)の影響下にある考え方ですね。
沼野 現代音楽って言われるものは、絶対音楽とも標題音楽ともちょっと違うところが面白いわけで、そうでもなきゃ、あんな変わっているものばかり聴いていられない。1回くらいひねくれていたり、何重にひねってあったり、一周回ってもとに戻ったりもするんだけど、いずれにしてもその“ひねり”がないと面白くない。
小室 でも、いくら言葉を費やしても好きになれない音楽もあって当然なわけですよね。『トーキョー・シンコペーション』でお書きになられていて、正直かなり驚いたのですが、沼野さんはアントン・ウェーベルン(1883~1945)が嫌いだそうで……。特に第二次世界大戦後に大きな流れとなっていく音列主義の音楽において出発点に位置づけられる作曲者ですから、現代音楽の古典ともいえる存在ですよ。まあ大袈裟にいえば、ドイツ・ロマン派の音楽を熱心に聴いているのに、ベートーヴェンは嫌いだと言っているようなものです(笑)。
沼野 それは現代音楽に限らず、クラシック音楽の変なところ。ポピュラー音楽だったら、Aというバンドは大嫌いだけど、Bというバンドは評価するというのは、ごく自然ですよね。でも、クラシックになると、ウェーベルンが分かんないやつは音楽を分かっていないだとか。それはやっぱり人それぞれなわけで。ね、小室さん、当たり前だよね?(笑)
小室 結局のところ、そういう発言はマウンティングのための発言でしかないですもんですね……。
沼野 こういうことを言うと怒る人がでてくるだろうけど、ウェーベルンに関しては、本当につまらない作曲家だなというのが僕の率直な思い。ああ、言っちゃったよ。
小室 でも、だからといってウェーベルンを好きな人を否定したいわけではないですもんね。そこをごっちゃにしてはいけない。

沼野 当然ですね。唐突ですが、僕は外食でうどんって、まず頼んだことない。うちの父は香川県高松の出身なのに、そばかうどんかって選択肢があれば100%、そばしか注文してこなかった。僕にはうどんがよく分からないんです。嫌いではないんですよ?ちゃんと尊重している。でも二つあったらそばを選ぶ。
小室 そういう生理的な好みや価値観に抗って無理する必要はないし、理解できないからって自分を卑下する必要もないということですね。
沼野 僕からするとウェーベルンって無理しすぎているように思うんです。色々なところで無理して無理して、コテコテに人工的なものを作っていて。ウェーベルンが好きな人は、初期の作品はほとんどブラームスみたいに美しくてと言うけれど……。
小室 弦楽四重奏のための緩徐楽章(Langsamer Satz)なんかは、リヒャルト・シュトラウスぐらい甘々な音楽ですもんね。あとは歌曲に自作詩がありますけど、それもメロメロにロマンティックな内容です。
沼野 そう。そういう基礎があるからきちんとした作曲家なんだという意見もあるし、人工的だから良いという評価もあるのだろうけれど、特に無調になってからのスタイルは面白くないよねというのが僕の“好み”です。
小室 でもそのウェーベルンの無機的な音楽から発展した初期のブーレーズやシュトックハウゼンになると評価が変わるわけですよね?
沼野 うん、そうなると、さっきの“ひねり”の話に繋がって、ブーレーズやシュトックハウゼンはぐりっと90度ぐらい曲がっている面白さが感じられるんですよ。だから抵抗なく受け入れられる。だけどもウェーベルンはその狭間にあって、たいていの場合、どうにも楽しめない。

小室 そういう意味で中途半端であると。なんだか若い頃のブーレーズによるシェーンベルク批判にも通じるなと思いました。
沼野 そうですね。でも、考えてみると時代が微妙だったわけで、ウェーベルン自身に罪はないとも言える。
ゲオルク・フリードリヒ・ハースはスペクトル楽派ではない?
小室 そもそも今回の対談は「武満徹作曲賞」の審査員として来日する(ウェーベルンと同じく)オーストリア出身のゲオルク・フリードリヒ・ハースについて、どんな作曲家なのかを紐解くのが目的なので、そろそろ本題にスライドしていきましょう。先ほども挙げた沼野さんの『現代音楽史』では、戦後の現代音楽の多彩な試みを「数」と「音響」という2つの大きな流れ——というか傾向ですかね——にまとめてくださったのが、痛快さを感じるほど鮮やかだったと感じています。そして、その「数」と「音響」は互いに関係していることも珍しくありません。

沼野 そうですね。
小室 たまたま最近、曲目解説を書くために黛敏郎の《涅槃交響曲》とペンデレツキの《広島の犠牲者に捧ぐ哀歌》を調べていたんですよ。2曲とも斬新な「音響」に注目されがちな作品ですが、実はその内部では音列主義的な「数」の論理で作曲されている部分もあることが研究によって明らかにされています。これまた「音響」系として取り扱われがちなスペクトル楽派として紹介・分類される音楽も、音列主義とは異なる意味で「数」が重要になってきますね。
沼野 おっしゃる通り「数」と「音響」、両方の面をもっているのが微分音や倍音を用いた作曲家だと思います。そのなかでも大きく2つの傾向があって、ひとつはフランスのIRCAM(イルカム/フランス国立音響音楽研究所)を中心とした、コンピュータ解析に基づく緻密な音楽。
小室 それが一般的にスペクトル楽派と呼ばれている人たちですね。
沼野 今年来日するハースはIRCAMでも勉強しているのですが、IRCAMっぽくないんですよ。彼の場合、倍音に基づくもう少しシンプルな音楽なんですね。

小室 そのふたつは別の流れだと。そもそも調律・音律の問題を一旦無視すると、長きにわたって西洋音楽の音階は半音を最小単位としてきました。ですが全音(半音×2)を3分割・4分割した微分音を取り入れる作曲家たちも出てきます。民俗音楽を模倣するために微分音を部分的に取り入れるアプローチがイメージしやすいかもしれませんが、微分音に本格的に取り組んだ作曲家といえばアロイス・ハーバ(1893~1973)とイワン・ヴィシネグラツキー(1893~1979)が歴史的に重要ですね。
沼野 ハースはやっぱりヴィシネグラツキーからの影響が大きい。昔、ちょっとばかりヴィシネグラツキーのことを勉強した時に理論面がすごくきっちりしていて驚かされたんです。もっと感覚的な人かと思っていたので意外だった。例えば、微分音の音楽で「転調」するとはどういうことか、そういうことも細かく考え抜かれていて。ハースの楽譜を見るとそれを思い出す。
小室 実際、ハースはヴィシネグラツキーについて作品の解説で言及していますよね。例えば大管弦楽のための《詩曲》(2005)ではヴィシネグラツキーの「非オクターブ空間 non-octave spaces」という概念に基づいていると自ら解説しています。ヴィシネグラツキーの後継者って事実上いなかったわけですけど、彼の理論を引き継いで作曲家として初めて成功と評価を勝ち得たのがハースということなんですね。
沼野 そう思います。ハースは何年か前にピアノ50台とアンサンブルのための作品(《11.000 Saiten》(2020))を初演してて、50台のピアノを2セントずつずらして調律するので2×50で100セント違う――つまり最初と最後のピアノで調律が半音異なる――というユニークな作品なんですが、これはヴィシネグラツキーが4台とか6台のピアノの調律をずらして微分音による音楽に取り組んだのと発想が一緒! それを超拡大したという・・・・・・。
小室 リゲティによる100台のメトロノームの楽曲(《ポエム・サンフォニック》)とか、シャリーノによる100本ずつのフルートとサクソフォン(《海の音調への練習曲》)といった作品を連想しますけど、ひとつの会場に50台の(アップライト)ピアノを調達する方が圧倒的にコストはかかりますね……。
沼野 ヨーロッパ市場に進出したい中国のピアノメーカーが楽器を提供したそうです。数十年前の日本経済が絶好調だった頃だったら日本の楽器メーカーがやっていただろうなあ。
小室 先ほどスペクトル楽派とハースの音楽は明らかに違うとおっしゃられましたが、もう少し具体的にいうと何が異なっているのでしょう?
沼野 スペクトル楽派の規模の大きな作品――例えばミュライユの《ゴンドワナ》とか、グリゼーの《音響空間》――って、一生懸命に時間構造をつくろうと汲々としている。倍音を含んだサウンドが変化して展開していくことしか、当時は出来なかったんだと思う。

小室 倍音が徐々に積み重なって膨れ上がっていくというのが基本のプロセスですもんね。
沼野 その倍音の配置が変わっていくことで変化を出そうとする。ところがハースの作品はちょっと違っていて、単純・単調になることを怖がっていない。彼にとっては時間軸の論理的な構成はそこまで重要ではないんでしょうね。そこは(スペクトル楽派の源泉として知られる)ジャチント・シェルシ(1905〜88)とも似ていて、「単調上等」だと思っているのかも。とりわけ最近の作品は、倍音に基づく心地よい響きができあがるとそのまま押し通すことも珍しくないですもんね。
小室 今回の〈コンポージアム2025〉 「ゲオルク・フリードリヒ・ハースの音楽」で演奏される《… e finisci già?》(2011)なんかがまさにそうですね。モーツァルトのホルン協奏曲 第1番 ニ長調(K. 412)を題材にした作品です。
沼野 モーツァルトのK. 412って本当に不思議な経緯がある曲で、あれだけ二転三転した作品ってなかなかない。その意味で、さすがの目のつけどころだとは思います。あ、そういえば、十数年前にニューヨークでハース本人と会ったことがあるんです。その時に強烈な印象を受けたのが、いま現在の世界の音楽シーンにおける自分の音楽の位置づけとか、どう見られているかということにとても意識的だったこと。素直に自分の欲求にそってやりたいことを、ただやっているわけでもない。良い意味で計算してる。そして、そうでなければ“現代音楽”は面白くないと僕は思ってます。
小室 そういったパーソナルな話でいうと沼野さんが『レコード芸術ONLINE』で連載されている『トーキョー・モデュレーション』の第7回(2025年4月15日公開)では、ハースの音楽について彼の生い立ちや私生活を絡めて読み解いていましたね。現在(4人目)の妻モレナ・ウィリアムズ・ハースとの馴れ初めについて、夫婦のインタビューに基づいてニューヨーク・タイムズ紙の記事で紹介されていましたけど、マッチングアプリで彼女に初めて連絡した際に「私はアーティストで、とても成功しています(おそらく、私のジャンルでは世界でトップ 10 か 20 に入るでしょう)」とハースは自己紹介したそうです(笑)。このエピソードからも自分がどうみられているかに自覚的であると伝わってきますよね。
沼野雄司 Yuji Numano
東京藝術大学大学院博士課程修了。現在、桐朋学園大学教授。主に20世紀音楽をテーマに幅広く活動中。近著『トーキョー・シンコペーション 音楽表現の現在』(音楽之友社)では、新しい音楽批評のかたちを模索。他の著書に『現代音楽史 闘争しつづける芸術のゆくえ』(中公新書、第34回ミュージック・ペンクラブ賞)、『孤独な射手の肖像 エドガー・ヴァレーズとその時代』(春秋社、第29回吉田秀和賞)、『音楽学への招待』(春秋社)など。今年はイギリスの学会で日本の電子音楽について発表予定。
小室敬幸 Takayuki Komuro
茨城県筑西市出身。東京音楽大学付属高校および同大学・同大学院で作曲と音楽学を学んだ後、母校の助手と和洋女子大学の非常勤講師を経て、現在は音楽ライター。クラシック、現代音楽、ジャズ、映画音楽を中心に、演奏会やCDの曲目解説やインタビュー記事などを執筆し、現在は『音楽の友』『PEN』『ハーモニー』で連載をもっている。また現在進行形のジャズを紹介するMOOK『Jazz The New Chapter』に寄稿したり、TBSラジオ『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演したりしている。共著に『聴かずぎらいのための吹奏楽入門』『ピアノへの旅』(ともにアルテスパブリッシング)。趣味は楽曲分析。
東京オペラシティの同時代音楽企画〈コンポージアム2025〉
ゲオルク・フリードリヒ・ハースを迎えて
ゲオルク・フリードリヒ・ハース トークセッション
2025.5/21(水)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
出演/ゲオルク・フリードリヒ・ハース、沼野雄司(聞き手)
ゲオルク・フリードリヒ・ハースの音楽
5/22(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
出演/ジョナサン・ストックハンマー(指揮)、ホルンロー・モダン・アルプホルン・カルテット、読売日本交響楽団
2025年度 武満徹作曲賞本選演奏会
審査員:ゲオルク・フリードリヒ・ハース
5/25(日)15:00 東京オペラシティ コンサートホール
出演/阿部加奈子(指揮)、東京フィルハーモニー交響楽団
問:東京オペラシティチケットセンター 03-5353-9999
https://www.operacity.jp