【速報レビュー】ファビオ・ルイージが登場したN響「第9」演奏会

 2024年も残すところあと数日。今年はベートーヴェンの交響曲第9番が初演されてからちょうど200年にあたるアニバーサリーでした。N響の演奏会では、首席指揮者ファビオ・ルイージが初めて「第九」のタクトを執るとあって話題を呼びました。12月18日(初日)、NHKホールでのステージの模様を、音楽ライターの山田治生さんに早速レポートしていただきました。

文:山田治生

ファビオ・ルイージ

 年末恒例のNHK交響楽団のベートーヴェン「第9」演奏会にN響首席指揮者のファビオ・ルイージが初めて登場した。ルイージは、2022年9月の首席指揮者就任記念公演でヴェルディの「レクイエム」を取り上げ、2023年12月のN響第2000回定期公演においてマーラーの交響曲第8番「一千人の交響曲」を手掛け、この「第9」演奏会の前の週にはリストの「ファウスト交響曲」を指揮するなど、独唱者と合唱付きの大作にN響と取り組んできた。今回の「第九」は満を持しての演奏といえるだろう。

 コンサートマスターは今年度限りでN響を退団する篠崎史紀が務め、そのサイドには郷古廉が座った。弦楽器は16型(第1ヴァイオリン16名)という最大編成。合唱の新国立合唱団(合唱指揮:冨平恭平)は100名ほど。独唱は、ソプラノのヘンリエッテ・ボンデ・ハンセン、メゾソプラノの藤村実穂子、テノールのステュアート・スケルトン、バスバリトンのトマス・トマソンが務めた。

 第1楽章冒頭から、ルイージの指揮(指揮棒を持たず、暗譜)が熱っぽい。オーケストラも迫力がある。速めの良いテンポ。しかし、推進力があるというよりは、何かに追い立てられるような焦燥を感じた。あっという間に終わった印象。第2楽章も引き続き快速テンポ。音楽の表情は厳しいまま。まだ闘いは続いているようだ。トリオでも音楽は緩まない。

 ルイージは、当日のプログラム冊子のインタビューのなかで、この第1、2楽章についてこのように述べている。

「ここには彼(ベートーヴェン)の苦しみがあらわれていると思います。望むものを手に入れられない。けれどもあきらめきれないから、何度でも何度でもトライする。執拗にくり返す。それはある意味で天才的です。たった2つの楽想だけで、第1楽章全体がつくられているのですから。冒頭の楽想は、何かを探し求めながら、見つけられない。たとえば《第8番》の第1楽章なら、展開部も再現部も完璧にそこにあるのに、この第1楽章では展開がうまくできていない。第2楽章のスケルツォとトリオも、同じ動機を何度も何度も繰り返す。発展させたいのにそれができないでいる」

 確かにルイージのこの日の第1、2楽章は聴きやすい音楽ではなかった。

 第3楽章も速めのテンポで始まる。第2主題で第2ヴァイオリンとヴィオラがしなるように歌う。そしてルイージは主要主題の変奏に入るとテンポを落とした。篠崎率いる第1ヴァイオリンがしなやかなカンタービレを聴かせ、胸が熱くなる。

ソリスト 左より)ヘンリエッテ・ボンデ・ハンセン、藤村実穂子、ステュアート・スケルトン、トマス・トマソン

 第4楽章冒頭では、チェロ、コントラバスの力強いレチタティーヴォが印象的。低弦楽器が提示する歓喜の主題も速め。バスバリトンのトマソンの第一声は、NHKホールを満たし、合唱をリードしていく。女声独唱陣も好演。マーチではスケルトンが声を張り上げる。続くオーケストラだけの部分での弦楽器の迫力。そして、大合唱が歓喜の歌を高らかに謳い上げる。そのとき、後のマーラーの交響曲第8番へとつながる道を思い起こした。ルイージの指揮はかなりの熱っぽさであったが、合唱が歌い終わり、最後のオーケストラだけの結尾でさらにヒートアップしたのには驚いた。N響が特筆するべき熱演。

 近年、「第九」においてもその演奏スタイルはオリジナルに回帰しようとするのがトレンドだが、ルイージの演奏には、むしろ、後の時代(マーラーやリストなど)からベートーヴェンを見つめているように、つまり、マーラーらの大作交響曲の原点としてベートーヴェンの「第九」をとらえているように感じられた。2024年は、ベートーヴェンの交響曲第9番がウィーンで初演されてからちょうど200周年にあたる。その200年をないものとするのではなく、200年の積み重ね(=現在)からその源流を訪ね、「第九」を今に蘇らせる。ルイージ&N響の「第九」はそのような演奏に感じられた。

左より)郷古廉、篠崎史紀、冨平恭平、藤村実穂子、ファビオ・ルイージ、
ヘンリエッテ・ボンデ・ハンセン、ステュアート・スケルトン、トマス・トマソン

(写真提供:NHK交響楽団)

NHK Eテレ放送
2024.12/31(火)20:00〜21:15
https://www.nhk.jp/p/ts/1JG7WX9P27/episode/te/XX62VL376Q/


ベートーヴェン 「第9」演奏会
2024.12/18(水)19:00 東京/NHKホール


ベートーヴェン:交響曲 第9番 ニ短調 作品125「合唱つき」

出演:
ファビオ・ルイージ(指揮)
ヘンリエッテ・ボンデ・ハンセン(ソプラノ)
藤村実穂子(メゾソプラノ)
ステュアート・スケルトン(テノール)
トマス・トマソン(バスバリトン)
新国立劇場合唱団