2019年に東京で初演、その後ゼンパーオーパー・ドレスデン、サンフランシスコ歌劇場で上演され大絶賛された宮本亞門演出の《蝶々夫人》が、再び東京に戻ってくる。東京二期会がダブルキャスト、4公演を行う初日組の最終総稽古(ゲネラル・プローベ)を取材した。
(2024.7/16 東京文化会館 取材・文:室田尚子 写真:編集部)
宮本亞門演出のポイントは、これを「西洋の強者男性が東洋の弱者女性を慰み者にしたために起こった悲劇」ではなく、「ある若い男女の叶わなかった愛の物語」として描いている点にある。そのために考え出された枠組みは、年を経て病によって死の床にあるピンカートンが、成人した息子に本当の母親のことを手紙で打ち明ける、というもの。そして舞台上には常に黙役の息子(Chion)がいて、そこで起こる悲劇を間近に見ながら物語は進んでいくのである。
初演時にも感心したこの「枠組み」だが、何回も上演を重ねるうちに演出家の中でより解像度が上がったのだろう、登場人物の演技の表現力という点で一段も二段もステップアップした印象を受けた。また、舞台には可動式のカーテンや壁が出たり入ったりして、そこに映像や照明が投影されることで場面転換を行うのだが、テンポ感が初演時に比べて格段に上がっており、舞台全体がよりシャープなものに仕上がっている(照明がマルク・ハインツから喜多村貴に変わったことも関係しているのかもしれない)。
そしてこのテンポ感、シャープさに大きく貢献していたのが、ダン・エッティンガーの指揮だ。第1幕の冒頭がびっくりするようなスピードで始まったのには度肝を抜かれたが、単にテンポが速いのではなく、例えば第1幕の愛の二重唱など、たっぷりと聴かせる場面では思い切ってテンポを落とすことも厭わない。おそらく、演出家と綿密な話し合いが持たれたのだと想像するが、物語の進行と音楽がピッタリと合っていて、「劇」としての完成度が高いのである。また、東京フィルハーモニー交響楽団もそうしたエッティンガーの指揮によく応えて、音楽の解像度も非常に上がっていて満足度が高いものになっていた。
ゲネプロなので歌唱の出来については言及しないが、題名役の大村博美をはじめ、歌手陣はいずれも「歌による演技」のできる力のある歌手が揃えられている。今回、スズキ(花房英里子)とシャープレス(今井俊輔)にぜひ注目してほしいのだが、宮本亞門はこのふたりに、「男が女を性的・経済的に搾取すること」に対する明確なノーの演技をさせている。「現代において《蝶々夫人》という作品をどう描くべきか」というのは常に問われるところだが、亞門の目配りはさすがだ。そしてまた、ラストシーンのアイディアにもこの問いに対する答えが現れている。これはぜひ劇場に足を運んで確かめてほしいのだが、《蝶々夫人》とは純粋な「愛の物語」である、ということが納得できるだろう。
これが最後の衣裳デザインとなった故・髙田賢三の衣裳は、着物をベースにしつつ、KENZOテイストを盛り込んだデザインと鮮やかな色彩が目を惹く。バルテック・マシスによる繊細な映像ともマッチしており、舞台全体の ビジュアルの美しさはオペラの持つもうひとつの喜びを感じさせてくれる。ちなみに、7月6日から東京オペラシティ アートギャラリーで「髙田賢三 夢をかける」と題する回顧展が開かれているので、オペラと併せて鑑賞してみるのも楽しそうだ(9/16まで)。
劇と音楽、そしてビジュアルのすべての面において高い完成度のこのプロダクション。現代におけるオペラとは、あるいは現代における愛とは、という問いに対して説得力のある答えを提示してくれている。
Information
ザクセン州立歌劇場(ゼンパーオーパー・ドレスデン)、
デンマーク王立歌劇場およびサンフランシスコ歌劇場との共同制作
東京二期会オペラ劇場《蝶々夫人》
2024.7/18(木)18:30、 7/19(金)14:00、7/20(土)14:00、7/21(日)14:00
東京文化会館
7/27(土)14:00 アクリエひめじ
演出:宮本亞門
衣裳:髙田賢三
指揮:ダン・エッティンガー
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
出演
蝶々夫人:大村博美(7/18, 7/20, 7/27) 髙橋絵理(7/19, 7/21)
スズキ:花房英里子(7/18, 7/20, 7/27) 小泉詠子(7/19, 7/21)
ケート:杉山由紀(7/18, 7/20, 7/27) 石野真帆(7/19, 7/21)
ピンカートン:城 宏憲(7/18, 7/20, 7/27) 古橋郷平(7/19, 7/21)
シャープレス:今井俊輔(7/18, 7/20, 7/27) 与那城 敬(7/19, 7/21)
ゴロー:近藤 圭(7/18, 7/20, 7/27) 升島唯博(7/19, 7/21)
ヤマドリ:杉浦隆大(7/18, 7/20, 7/27) 小林由樹(7/19, 7/21)
ボンゾ:金子 宏(7/18, 7/20, 7/27) 三戸大久(7/19, 7/21)
神官:大井哲也(7/18, 7/20, 7/27) 菅谷公博(7/19, 7/21)
青年(全日出演):Chion
合唱:二期会合唱団
問:二期会チケットセンター03-3796-1831(7/27以外)
姫路市文化国際交流財団 制作チーム(姫路キャスパホール)079-284-5806(7/27のみ)
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