吉田文(作曲) from ハーグ(オランダ)
海の向こうの音楽家 vol.15

ぶらあぼONLINE:海の向こうの音楽家
テレビなどで海外オケのコンサートを見ていると「あれ、このひと日本人かな?」と思うことがよくありますよね。国内ではあまり名前を知られていなくとも、海外を拠点に活動する音楽家はたくさんいます。勝手が違う異国の地で、生活に不自由を感じることもたくさんあるはず。でもすベては芸術のため。このコーナーでは、そんな海外で暮らし、活動に打ち込む芸術家のリアルをご紹介していきます。
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 連載15回目は、二度目の登場となるオランダ在住の作曲家、吉田文さんです。デンマーク音楽院で学んだ経歴をもち、2017年には日本とデンマークの外交関係樹立150周年を記念したオペラを作曲した吉田さん。先月には、同国の歴史あるオーケストラから委嘱された新作も初演され、同国との親交をさらに深めています。名誉ある貴重な体験を早速レポートしてくれました。


文・写真提供:吉田文

 2014年にデンマーク、コペンハーゲンに移住し、その後2019年よりオランダ、ハーグを拠点に移しました。オランダでは基本的に制作を中心に行い、それらの作品を国内外のコンサートで発表したり、また様々な国や都市でのアーティスト・イン・レジデンシーに参加したりしながら制作活動を行なっています。

 このたび、世界最古のオーケストラ、デンマーク王立管弦楽団の創立575周年を記念した祝賀記念委嘱作品を書く機会を頂戴し、3月17日に拙作「5-7-5 (7-7)」をコペンハーゲンにあるオペラハウス、デンマーク王立歌劇場にて、同オーケストラメンバーによって世界初演いただきました。当日は満員のお客様をお迎えし、また、在デンマーク日本大使館より宇山大使夫人、書記官小野寺様にもご来臨たまわりました。

左より:宇山大使夫人、デンマーク王立管弦楽団に在籍される日本人ヴィオラ奏者の宇野秀一さん、
在デンマーク日本大使館書記官小野寺さん
© Nanna Rasmussen

 数年前、デンマーク王立管弦楽団からこの575周年を祝うための委嘱作品のお話を頂戴した際は、正直非常に驚きました。デンマークを長年拠点に活動してきたからこそ、オペラ座のような場所は、資本主義的な権力をもっても近づけない、土地に根付いた芸術の権化だと肌身をもって感じていました。そういう場所であって欲しいと。だからこそ長年強い憧れがありました。作曲家としてまだまだ若輩者で、かつデンマーク人ではない私にとって、そこで自作を発表することなど生涯の叶わぬ夢だと思っていたのです。委嘱をお引き受けするかどうか悩むことは普段はあまりないのですが、この場所で私に何が書けるのだろうかとそのオーケストラの長い歴史や系譜を想って少し躊躇したのを覚えています。

 普段、意図的に自分のアイデンティティ、生い立ちや個人情報(日本人性)を音楽に取り入れることはあまりありません。ヨーロッパで作品を発表していくという中で、作品が日本人性や女性作曲家性などのマイノリティだけで語られることは、ある意味リスクになり得ると感じています。それらがときに、とても危険な「武器」となることもあるからです。聴衆の耳を何かの情報で強いることなく、作品を発表したいと常々思っています。しかし今回は、直接的ではなくとも、自分の個人の生い立ちやアイデンティティの痕跡を作中に残すことに興味を持ちました。575年という長い歴史に対峙した時、どこかそれが必要だと直感的に感じたのです。ヨーロッパに移住して10年目にして、とても挑戦的なことでした。

 2023年の夏、その時期は特にJ.L.ボルヘスの作品をよく読んでいたことから、記憶の詩的な操作に興味を持っていました。デンマークのユトランド半島にある12世紀に建てられた中世の修道院を改修したアーティスト・イン・レジデンシーにてこの作品を書き始めました。この旧修道院は、これまでもアーティスト・イン・レジデンシーとして運営はされていたようですが、コロナ禍の期間に更なる改修を行い、昨年3年ぶりに再オープンした場所です。中世の生活を美しく切り取った現代的な空間に、デンマーク家具の数々。デンマークのユトランド半島の中世の風景を想起させるこの場所は、過ぎ去った時代を彷彿とさせ、オーケストラが設立された15世紀の音楽に想いを馳せながらの制作期間は、大変豊かな時間でした。

ユトランド半島にあるアーティスト・イン・レジデンシー
Arbejdsrefugiet Ørslev Kloster
©Aya Yoshida

 今回、オーケストラの創立575周年を祝う祝祭曲を制作するにあたって、「575」という日本人にとって特別な数字(数列)を曲の中心に置きたいと考えました。600年でもなく、この575年という祝賀記念年に日本人である私が委嘱作品を書かせていただけることは、偶然ではありましたがとても運命的なものを感じ、575という数列を様々な形で作中に取り入れました。そして、大変直接的ではありますが、作品のタイトルは「5-7-5(7-7)」としました。(7-7=0という意も込めて。)タイトルの読み方は決めていません。デンマーク語でも、英語でも、また575(five hundred seventy five)と数字そのものとして読んでいただいても構いませんが、日本語でその数字をそのまま読んだ時のみ、俳句や短歌を想起させるという形をとりたいと意図して名付けました。

 デンマーク王立管弦楽団は1448年にトランペット隊として創立されました。
 当時3人のトランペット奏者が在籍し、各々に1、2、3と奏者番号が付けられたことから、今日でもこのオーケストラに在籍する音楽家は、それぞれ在籍番号を保持しています。このオーケストラの創立時の歴史背景を踏まえ、今回の作品はトランペットとトロンボーンが曲全体を牽引するダブル・コンチェルトのような形で構成され、また、イギリス人作曲家ジョン・ダウランド(1563-1626)によって書かれた「デンマーク王のガイヤルド(The King of Denmark’s Galliard)」の一部を引用しました。(ジョン・ダウランドはデンマーク王クリスチャン4世の宮廷リュート奏者を務めた経歴があります。)また、かの有名なデンマーク人作曲家カール・ニールセンはヴァイオリン奏者として、また1905年から1914年にかけては副指揮者としてこのオーケストラに在籍していたことから、彼のオペラ《サウルとダヴィデ(Saul og Davide)》の2幕冒頭のファンファーレ部分もオーケストラの音の歴史として(その回想として)引用しています。

初演後

 この長く、悠久の歴史の中に私の音楽が刻まれることは、本当に光栄なことだと感じています。この作品が、その長い系譜の1つの「点」となり、次の500年も残る普遍的な音楽になることを願っております。この夢のあとに、どんな音楽が書けるか。私自身もとても楽しみにしています。


吉田文(作曲) Aya Yoshida

(c)Maya Matsuura

1992年兵庫県神戸市生まれ、オランダ在住。6歳より作曲を始める。2014年桐朋学園大学音楽学部作曲科を卒業。これまでに、作曲を大里安子氏、正門憲也氏、法倉雅紀氏、Niels Rosing Schow、Jeppe Just Christensen に師事。また2014年より、デンマーク、コペンハーゲンに移住。2016年デンマーク音楽院作曲科修士課程を卒業。これまでに作品が日本をはじめ、世界各国でCurious Chamber Players、Arditti Quartet、デンマーク放送交響楽団をはじめ様々な演奏家やアンサンブルに演奏される。また、フィンランドで行われたTime of Musicやフランス、ロワイヨモン修道院での作曲講習会をはじめ各国のワークショップ、マスタークラスや音楽祭に選出され参加し、研鑽を積む。2017年11月デンマーク、コペンハーゲンにて自身初のオペラ“Skyggen「影」”をデンマーク・日本外交関係樹立150周年を記念して発表。パフォーマンスは在デンマーク日本大使館公認の外交樹立150 周年記念事業として認定を受け、日本とデンマーク両国の文化理解と今後のさらなる文化的交流発展を目指したアーティストコラボレーションとして多くのメディアの注目を集める。オペラはデンマーク・アート財団より「今年の音楽作品ベスト10」を受賞。オーストリア政府文化庁給費レジデンシーなど、世界中の様々なレジデンシーに選出され制作活動を行う。2019年ツェムリンスキー作曲コンクールにて1位受賞。2021年アメリカ・シンシナティにて⾃⾝初のバレエ作品”Falling Upwards(Let Me Take You There)”を発表。2020年より2年間、コペンハーゲンにある⽂化施設「チボリ公園」に所属する世界最古の少年少⼥⾳楽隊「チボリガード」の委嘱作曲家を務めた。2022年ルチアーノ・ベリオ作曲賞ファイナリスト、2023年ガウデアムス賞ファイナリスト。

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