真正ベルカントを堪能できる極上のリサイタル
マキシム・ミロノフ。彼ほど優美かつ優雅に歌う歌手を私は知らないし、彼ほど知的な歌手も私は知らない。そして、200年前、ベルカント全盛期の伝説の歌手たちはこんなふうに歌ったのだろう、と思わせる。
世界を舞台に活躍し、ミロノフと共演経験もあるメゾソプラノの脇園彩が、さらに具体的に説明するには、「1830年代まで、テノールの超高音を胸声で響かせるのは下品だと考えられていました。彼はその当時の気品あるスタイルで歌える世界屈指の歌手。ファルセットに胸声を交え、優雅さがほしいときはファルセットを色濃くします」。今日、このような失われたテクニックを駆使できるテノールは、世界にミロノフしかいない。
新国立劇場の《セビリアの理髪師》や《ドン・パスクワーレ》でも、そんな歌唱の一端は披露されたが、今回は本物のベルカントを伝えるためのリサイタル。世界一の優雅さを存分に味わえる。
ミロノフに尋ねると、「このリサイタルでは自分がもつ最高のものを引き出し、極上の質を提供したい」と語る。というのも、彼が日本で歌おうと思ったのは「ベルカントの芸術の真価がわかる人たちの前で歌いたいので」。それだけに「一切手を抜けない」と強調する。
プログラムは「ベルカントのレパートリーが中心ですが、時代を限定せず、歌唱様式が美しい曲を並べます。ロッシーニやベッリーニの歌曲のほか、オペラ・アリアも《セビリアの理髪師》の〈もう逆らうのをやめろ〉など、難度が高い技巧的なものから、《コジ・ファン・トゥッテ》の〈愛のそよ風よ〉のような、もっと内面的で、驚くほど旋律が美しい曲まで歌います」。
また、ジュリオ・ザッパのピアノだから期待はさらに膨らむ。「ベルカントの伴奏者として偉大なスペシャリストであるザッパと一緒に演奏できるのは、本当にうれしいですね」とミロノフ。結果として「極めて上質な音楽で満たされた最高に心地よい夕べになる」と自信を覗かせる。そして、こんな話をする。
「歌舞伎とベルカントはよく似ていて、だから日本人はオペラの価値がわかるのだと思います。ともに型があり、型をとおして真の感情や情熱を伝えます。そして、ベルカントの音楽では、適切な音楽、適切なテンポ、適切なメロディによって、型に適量の感情が盛り込まれています。僕はそれを可能なかぎりきちんと解釈して表現します」
こうして、世界でいちばん優美な歌が響き渡る。それはただただ陶酔するしかない、極上の時間になるはずである。
取材・文:香原斗志
(ぶらあぼ2024年1月号より)
マキシム・ミロノフ テノール・リサイタル ジャパンツアー2024
2024.2/16(金)19:00 京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ
2/18(日)14:00 浜離宮朝日ホール
2/22(木)18:45 名古屋/三井住友海上しらかわホール
問:クラシック名古屋052-678-5310
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