さてもタロー、このたびはエリック・サティのお出ましである。
「私はエリック・サティと申します、みなさんと同じように」男はそんなふうにおどけてみせる。みんな名前はあるでしょう、と言うように。
世紀末以降パリに花咲いた新しい芸術の寵児のなかでも、サティはひときわ異彩を放っていた。かんたんに言えば、たいへんな変わり者として知られた。
「私はオンフルールで、1866年5月17日に生まれましたので、五十歳ということになりますね。“五十男”ってのは、他の称号と同じくらい良いものですな!」
会ったこともない人のことを、どうしてこんなにも考えてしまうのか。「たいてい演劇はいない人のことを話す芸術だから」と平田オリザさんは本誌前号でインタビューしたときに語っていた。もしそうだとすれば、サティはとても演劇的な個性で、舞台にいてもいなくても話題を振りまいてしまう人物なのだ。まったく、困ったものである。しかし、困ったままではいられないから、みんな喜びいさんで、それぞれに想像の手を伸ばそうとする。
多才なピアニスト、アレクサンドル・タローにとって、サティは愛するフランス近代の作曲家であるだけでなく、100年くらい前にパリと郊外に暮らしたこの道の愉快な先達である。「最後から二番目の思想」という有名なピアノ曲のタイトルを掲げて、ソロとデュオでまとめたダブル・アルバムを奇才に捧げたのが2009年のことだった。
ソロのほうはそろそろとソロを弾いているが、多彩なデュオ・アルバムのなかで、人を喰った歌唱を飄々と聴かせていたのがテノールのジャン・ドゥルスクルーズ。いまではもう20数年来のタローの盟友である。〈伊達男〉や〈潜水人形〉を巧みに歌い、〈いいとも、ショショット〉という結婚話の歌曲をコントのように活き活きと演じてみせたのがこの歌い手だった。
でも、タローはやっぱりそれでは飽き足らなくて、ピアノと歌に加えて、サティ自身の言葉を朗読で織りなす舞台までつくってしまったのである!
「ジムノペディ」や「グノシエンヌ」、「ひからびた胎児」、「ばら十字団の最初の思想」などのピアノ曲をタローが弾く。ドゥルスクルーズとは、先のアルバムにいくつか歌曲を加えて、サティ・サーカスを上演する。そして、若手俳優の鬼倉龍大が、五十路のサティに扮して風変わりな台詞を独白していく。
フランスきってのエスプリと、世紀末から戦間期にいたるパリの芸術的雰囲気が、風変わりな男の語りと音楽で鮮やかに伝えられよう。さぞ不可思議で、幻想的な舞台になるのでしょうな!
文:青澤隆明
(ぶらあぼ2023年10月号より)
2023.10/17(火)19:00 フィリアホール
問:フィリアホールチケットセンター045-982-9999
https://www.philiahall.com
他公演
2023.10/15(日) 兵庫県立芸術文化センター(小)(0798-68-0255)