佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ《ドン・ジョヴァンニ》 稽古場レポート
大西宇宙と城宏憲に独占インタビュー!

兵庫県立芸術文化センターの夏の風物詩となっている、佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ。18作目となる今年は、傑作中の傑作、モーツァルトの歌劇 《ドン・ジョヴァンニ》(指揮:佐渡裕、演出:デヴィッド・ニース)が新制作で上演されます。7月14日からの開幕に向け、ヒートアップしていく同公演の稽古を取材しました。
(2023.6/11 東京都内スタジオ)

取材・文:岸純信(オペラ研究家) 撮影:長澤直子

 オペラの現場は日々動く。稽古の内容や参加者もどんどん変わる。今回の取材も直前まで調整が続いたが、結果、今回は声楽コーチのデニス・ジオークが指揮し、ダブル・キャストの混合編成で歌稽古は進行。カヴァー歌手の声もふんだんに聴けた。

奥:デニス・ジオーク(声楽コーチ)

 この日、筆者は特別な目的をもって、リハーサルをひたすら聴き続けた。それは「邦人オペラ歌手の最前線」を見定めたいという思いから。今回の配役は、外来勢中心のチームと日本勢で纏めたチームに分かれるが、こちらの最大の関心事は、男声の「華」と「艶」を打ち出す二人、バリトン大西宇宙(ドン・ジョヴァンニ)とテノール城宏憲(ドン・オッターヴィオ)のステージ対決にある。大西の響きはどこまでも滑らかで豊かだが、歌い回しの端々に殺気が宿る。一方の城は、溶鉄のように熱気著しい声ながら、フレージングには常に悲愴感が滲む。この顔合わせなら、新種の化学反応が起きるかも? そう閃いて駆け付けた。

中央:大西宇宙(ドン・ジョヴァンニ)
城宏憲(ドン・オッターヴィオ)

 まずは大西から。自分が殺した騎士長の魂(バスの妻屋秀和の迫力が圧倒的)と対峙する第2幕フィナーレでは、従者レポレッロ役の平野和が太い響きを操って怯えを強く打ち出す一方、主役の大西はひたすら大胆不敵に歌い進め、歌詞のイタリア語も鋭く響かせながら、後戻りできない男の姿を全身全霊で描き出した。

左より: 妻屋秀和(騎士長)、池田香織(ドンナ・エルヴィーラ)、平野和(レポレッロ)

「ドン・ジョヴァンニは騎士ですが、時代を先取りする博愛の人ですね。相手の女性の身分に関係なく、自分の愛情を『賞品』のように与えます。ほら、プレゼントだよ! あなた幸せですよね、僕からアプローチされて!といった態度で彼は迫る。自分とかけ離れた役柄だからそれは大変です(笑)」

 いやいや、大西演じるドン・ジョヴァンニなら、セクシーという表現にすら収まりきらないというのが周囲の感想。付け加えるなら、後で話を聞いた城も同じ意見であった。

大西宇宙

「ありがとうございます。マエストロの佐渡裕さんと演出のデヴィッド・ニースさんの前で、まずは表現をやれるだけ試してみたいです。ドン・ジョヴァンニは危険を顧みない男。リスクテイカーと言いますか、そこは自分と似ているようです。だからチャレンジしないと面白くない…。ドン・ジョヴァンニの歌では、意識して言葉の発音を強めようとすると人工的になりかねない。それぐらい、彼の振る舞いは、いつもごく自然なもの。また、そうやって人の攻撃もかわし続けるわけですよ。実に、頭の良い男です。
 第1幕のフィナーレで彼は、身分に関係なく大勢の人を館に招き、『どなたもご自由にお入りください』と述べます。18世紀にはなかなか無い態度でしょう? ただ、オペラが進むにつれて、ドン・ジョヴァンニは悪魔的な様相を帯びてゆきます。騎士長の彫像と出くわす墓場のシーンで、彼は『なんてすばらしい夜だ、昼間より明るい!』と歌いますが、そこを歌うたび、のちの地獄落ちに繋がる一節だと思うんです。印象的なパッセージです」

 大西はさらに、モーツァルトのオペラの特徴について積極的に語る。
「《ドン・ジョヴァンニ》も《フィガロの結婚》も《コジ・ファン・トゥッテ》も社会ドラマっぽいですね。喜劇の枠には嵌っていても、辛辣に表現しようと思ったら幾らでも出来ます。これは僕の仮説ですが、《ドン・ジョヴァンニ》の最後、残った人々の中で、市民層の3人にはポジティヴな未来があるのに、貴族層の3人はそうでもなさそうです。フランス革命の未来図がそこに在るようにも思います。それにしても、このオペラでは登場人物それぞれの葛藤が克明に描かれています。劇中でみな悩みます。ドン・ジョヴァンニですら。彼が歌う〈シャンパンの唄〉も、ただエネルギッシュというよりは何かを振り払ってゆくような曲調でしょう? 本当に面白いんです」

 では、その辺りをドン・オッターヴィオ役の城宏憲にも伺おう。
「これまで色々な役を演じてきましましたが、『テノールは実は上手く愛を成就させられないのでは』と感じます(笑)。《さまよえるオランダ人》のエリックもそうですが、ドン・オッターヴィオも婚約者のドンナ・アンナに待たされ続け、決して振り向いてもらえません。最後には『結婚はまだ一年待って』と言われる始末です」

 役柄の心根に寄りそう城。その語り口は実にしみじみとしたもの。

城宏憲

「ドン・オッターヴィオ役にはアリアが二つありますが、第2幕のアリアは、ドンナ・アンナの為に『復讐を果たす』という決意を周囲に伝える曲です。コロラトゥーラがあり、ブレスも長く大変ですが、歌い甲斐があります。一方、 後から加えられた第1幕のアリアは、簡素な伴奏を背負ってただ独り、彼女への想いを歌うんですよね。何故わざわざモーツァルトは振り向いてもらえないドン・オッターヴィオに、この様なソロを加えたのでしょうか。僕は、父親の様にアンナを見守る愛、決して派手ではない献身的な姿こそがこの役には必要だと、モーツァルトが伝えている様な気がします。一見地味なテノールの振られ役ですが、この後に続く愛を失うテノールの系譜、その起源にドン・オッターヴィオがいる気がしてならないんです」

 今回は、この二人を取り巻く面々もスター揃い。先述の妻屋と平野に加えて、緻密なフレージングを誇る高野百合絵(ドンナ・アンナ)、瞬発力が光る池田香織(ドンナ・エルヴィーラ)、若さを存分に打ち出す小林沙羅(ツェルリーナ)と森雅史(マゼット)が実力を発揮。みな、キャラクターに相応しい体躯の持ち主でもあり、華々しいステージングが期待できそう。7月の公演が今から待ち遠しい。

左:高野百合絵(ドンナ・アンナ)

海外キャスト

左より:ミシェル・ブラッドリー(ドンナ・アンナ)、デヴィッド・ポルティーヨ(ドン・オッターヴィオ)
アレクサンドラ・オルチク(ツェルリーナ)、近藤圭(マゼット)

【Information】
佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2023
モーツァルト:歌劇 《ドン・ジョヴァンニ》

(全2幕/イタリア語上演・日本語字幕付/新制作)

2023.7/14(金)、7/15(土)、7/16(日)、7/17(月・祝)、7/19(水)、7/20(木)、7/22(土)、7/23(日)
各日14:00 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO 大ホール

演出:デヴィッド・ニース
指揮:佐渡裕
管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団
合唱:ひょうごプロデュースオペラ合唱団

出演
(★=7/14, 7/16, 7/19, 7/22 ☆=7/15, 7/17, 7/20, 7/23)
ドン・ジョヴァンニ:ジョシュア・ホプキンズ★ 大西宇宙☆
騎士長:ニコライ・エルスベア★ 妻屋秀和☆
ドンナ・アンナ:ミシェル・ブラッドリー★ 高野百合絵☆
ドン・オッターヴィオ:デヴィッド・ポルティーヨ★ 城宏憲☆
ドンナ・エルヴィーラ:ハイディ・ストーバー★ 池田香織☆
レポレッロ:ルカ・ピサローニ★ 平野和☆
マゼット:近藤圭★ 森雅史☆
ツェルリーナ:アレクサンドラ・オルチク★ 小林沙羅☆

問:芸術文化センターチケットオフィス0798-68-0255
https://www.gcenter-hyogo.jp/giovanni/