コンポージアム特別対談[近藤譲を語る] 佐藤紀雄 × 小室敬幸

“線の音楽”のルーツを探る

Norio Sato & Takayuki Komuro

 今年の「東京オペラシティの同時代音楽企画『コンポージアム』」は、近藤譲(1947-  )をフィーチャー。海外にも熱狂的なファンを持ち、欧米で最も知られる日本人作曲家の一人です。“線の音楽”と名付けられたユニークな作曲のプロセス。しかし、日本国内でもその音楽が作曲家以外のことばで語られる機会は多くはありませんでした。
 5月23日のコンポージアム開幕を前に、長年近藤作品の初演に携わり、作曲家との親交も深いアンサンブル・ノマド主宰の佐藤紀雄さん(指揮/ギター)と音楽ライターの小室敬幸さんが、近藤譲の音楽的思考と唯一無二の世界観をひもときます。


文・構成:小室敬幸
写真:編集部

小室 今回は、コンポージアム2023で近藤譲さんの個展がひらかれるにあたり、近藤作品を長年にわたり演奏し、交流もされてきた佐藤紀雄さんに色々とうかがいたいと思います。

佐藤 よろしくお願いいたします。

小室 まずはお話しをお聴きする前に、資料をもとにして学生時代の近藤さんについて振り返っておきたいと思います。『音を投げる 作曲思想の射程』という著書に、受験前と大学時代のレッスンについて振り返る文章が掲載されているんですよ。私自身、大学時代は作曲専攻だった経験からいえば、新しく作曲の先生に習うとなれば、これまでに書いた曲を見せることになるのが、理論に特化した先生でもない限りは一般的だと思います。ところが当時、高校生で作曲を志したばかりの近藤さんは、“作曲を学ばなければ曲は書けない”と頑なに信じていたようで、1曲も書くことなく藝大の教授だった長谷川良夫先生に入門しているんです。

Jo Kondo ©Jörgen Axelvall

佐藤 そうだったんですね。

小室 長谷川先生のもとで和声や対位法を学んでいるうちに、先生から“自分で曲を書きなさいよ”と言われて、ようやく既存の作曲家を模倣するかたちで作曲をしていくんです。具体的に挙がっている名前を羅列していくと、シベリウス、リスト、ドビュッシー、ラヴェル、プロコフィエフ、バルトーク、オネゲル、フローラン・シュミット、ヒンデミット、シェーンベルクを受験期に。大学入学の頃になるとベリオ、ブーレーズ、シュトックハウゼン、カーゲル……と、19世紀末からのおよそ100年を、短期間で急激に駆け抜けているんですよ。

佐藤 僕が出会った時にはもう独自の音楽を書いていたので、どんな勉強をしていたのか想像もつかないです。

小室 そしてご本人が書き残しているわけではないんですけれど、もうひとつだけ最初に注目しておきたいポイントがあります。近藤さんは1972年に藝大の作曲科を卒業していますが、この時期はまだ池内友次郎の退官前なんです。1973年に入学した西村朗さんが著書『曲がった家を作るわけ』に書いているのですが、この頃は池内先生が新入生への訓示として毎年同じような内容を話されていたそうで……」

入学おめでとう。しかし、作曲家になりたいという君たちの夢は今が頂点です。作曲家はもういりません。三善(晃)君でおしまいです。君たちに役割があるとすれば、それは作曲もどきをする人間になることではありません。ちゃんと勉強して、古典となった音楽作品の素晴らしさを正しく理解して未来に伝えることだけです。だから音楽理論の勉強にひたすら打ち込みなさい。作曲はごく特別な、神に選ばれたような人だけに許されてきた仕事です

小室 近藤さんが入学した際に同じことを言われたかどうかは分かりませんが、毎年恒例の訓示とのことですから、作曲科の主任教授(1970〜74年は音楽学部長)であった池内先生がこのような考えをもっていたことは周知の事実だったのだと思われます。いずれにせよ、入学した時点で早々に、何かしら正統派ではない道筋を模索する必要性は感じられていたんじゃないでしょうか。1972年3月に藝大を卒業して、その翌年には自身のスタイルを確立し、1974年にはデビューアルバム『線の音楽』をリリースしているわけですし……。

佐藤 僕が近藤さんに初めて出会ったのもこの頃ですね。彼の初期作に、バンジョーが必要な作品があるんですよ。そもそもバンジョーを弾いている人がそれほど多くないわけですが、ウエスタンやブルーグラスの奏者を呼んできても、近藤作品は特殊なので演奏は出来ないと思います。あとでまたお話しすることになるかと思いますが、楽譜はシンプルに視えても演奏するのは本当に難しいですから。確か、最初に声をかけられたのが《彼女の—ジョン・ケージ『季節はずれのヴァレンタイン』への前奏曲 Her—Prelude to John Cage’s “A Valentine Out of Season”》(1972)という作品ですね。初演(1973年3月)だったと思います。

小室 近藤さんはなぜ、バンジョーを使ったんですかね?

佐藤 それが不思議なんですよ。特殊な楽器を使う場合って、弾いてくれる人がいるから使おうか……ということが多いわけですよね。でも彼は全く違う。とにかくバンジョーの音色がほしいと思ったから使う(笑)。『線の音楽』に収録された《パス Pass》(1974)は、その後に書かれたものですね。この曲のバンジョーも僕が弾きました。のちの作品ではそういう曲はないんですけど、ほとんど小節線がなくて音符を加算的に積み重ねていくんですよ。それに驚かされたことを覚えています。

小室 《パス》はバンジョー、ギター2台、大正琴、ハープ、ハーモニカという、奇妙奇天烈な編成ですもんね……。この時期の近藤さんについて、『日本戦後音楽史』(平凡社,2007)では“ミニマル・ミュージックの受容”とか“ミニマル・ミュージックの日本的変容”という見出しのなかで登場するのが、意外な感じもします。

佐藤 僕は楽理的なことは全然分からないですけれど、ミニマルと聞いて思い出すのは、近藤さんはいつも新しい音楽を教えてくれる一番近しい存在で、新しいものを嗅ぎつける力がすごくあるんです。「この新しい作品が素晴らしい」とか、「このレコードが良い」とかいつも教えてもらいました。ライヒの《18人の音楽家のための音楽》が出た時も「素晴らしい」と教えてくれました。
 でも近藤作品とミニマルは全く違うものだと思います。例えば『線の音楽』に収録された《スタンディング Standing》(1973)なんか、一聴した印象としては繰り返しているように聴こえるかもしれないですけど、同じような雰囲気が続くだけで、全く繰り返しはないんですよ。作品によっては一小節ごとにテンポと拍子が違っていたりするほどです。

小室 では、佐藤さんからすると、近藤作品に影響を与えていると感じるのは、どんな音楽なのでしょう?

佐藤 それは中世やルネサンスの音楽です。彼がそういう音楽を聴いていることを知っていたこともあるかもしれないけれど、ギヨーム・ド・マショー、ギヨーム・デュファイ、ジョスカン・デ・プレとか。特にヨハネス・オケゲムの話はよくしましたね。現代でも考えられないような複雑なテクスチャーが聴こえてくるわけじゃないですか。

小室 近藤さんの著書『ものがたり西洋音楽史』でも、オケゲムの《ミサ・プロラツィオヌム》について“聴いただけでカノンのしくみを認識することはほとんどできません”と説明していました。

佐藤 《視覚リズム法 Sight Rhythmics》(1975)のような近藤さん独自の“散奏”は、中世のホケトゥス(ホケット)ですね。また、この曲は5人編成なんですけど、続けて演奏される6つの楽章があって、第1楽章と第2楽章を比べるとバンジョーのパートだけが変わる。そして次の楽章ではスティール・ドラムだけが、その次は電気ピアノだけが、第5楽章でヴァイオリンとテューバが……という風に少しずつ変わっていく、珍しいつくりになっているんです。

 これは近藤さんから聞いたわけではなく、私が感じているだけなんですけれど、もしかしたらジョン・ダウランドの変奏曲《涙のパヴァーヌ》を意識していたんじゃないかなって思うんですよ。変化の仕方がとても似ているように感じます。

小室 ダウランドもルネサンス後期の作曲家ですね。

佐藤 あと、影響という意味では古典派とロマン派を全部飛び越して、もちろんジョン・ケージとモートン・フェルドマンですよ。

小室 著書『線の音楽』のなかで、ケージの音楽については繰り返し検討されていましたし、なかでも1940年代のプリペアド・ピアノのための作品から“線の音楽”は多大な示唆を受けていることが語られています。そして2012年にアメリカ芸術文学アカデミーの名誉会員に選ばれた際には、「モートン・フェルドマンの影響(echoes)もあるかもしれないが、近藤の音楽は遥かに大きな宇宙のなかに存在しており、同時に穏やかでダイナミック、そして思索的でエネルギッシュでもある」と評されていました。簡単にいえば、アメリカではそのような文脈で評価されているということですね。

佐藤 ケージからは作曲家としての生き方そのものの影響を受けているんじゃないかと思います。ケージは良い音楽を書こうとしているわけじゃないのは明らかじゃないですか。そういう他の作曲家とは全然異なるポリシーを受け継いでいるなと。

小室 個展の前々日に開催される“フィルム&トーク”でドキュメンタリー映画『A SHAPE OF TIME – the composer Jo Kondo』が上映されるんですけど、そのなかでも近藤さんは「私の作品は自然物と同じです。そこに立っている木のような自然物。美しい木を見るとき、いろいろな仕方で、それを鑑賞できる。何らかの感情を投影して愛でることもある。あるいは単に木の形を愛でる、あるいは色の移ろい、木漏れ日の移ろい、樹皮の肌合い、木の重量感、存在感。自然物を愛でるには多くのやり方があります。私の理想は、私の音楽を聴き手がそのような仕方で愛でてくれることです」と語っていました。確かにこの考え方は、ケージの延長線上にあるものですよね。

佐藤 そうそう、これもお伝えしておいた方が良いかなと思うのが、近藤譲の音楽を聴くのと演奏するのは、全く違う体験なんですよ。少なくとも演奏しないと難しさは体感できないはずです。

 例えば、不特定の同種2楽器のための《オリエント・オリエンテーション Orient Orientation》(1973)は、小節線がない不安定なリズムの音をユニゾンで弾くところから始まるんですけど、そもそも2人だからちょっとのズレでも目立つんですね。《スタンディング》(1973)も聴いているとシンプルに思われるかもしれませんが、誰かひとりが間違えたら必ず止まってしまうほど。そういう音楽は他にないです。

小室 これまで多様な音楽を演奏してきた佐藤さんが他にないというんですから、本当に特殊なんですね……。

佐藤 今回はオーケストラ作品の個展ですけど、編成が大きくなったからって細部を誤魔化せるような音楽じゃないわけで。何しろ難しいから、演奏の精度があがることでもっと注目されるようになるんじゃないでしょうか。
 和声もね、他の作曲家なら複雑な不協和音でもバスとか中低音は安定していて、上の声部ほど密で不協和音になっているというのが普通のセオリーなわけですよね。ところが近藤さんの場合は、上が薄くて、下にいくほど密になっていることが多くて、どういうことがおこなわれているのか理解するのも、何を頼りにすればよいかも難しい。しかも下が密ということは重いんですけど、楽譜をみると軽いリズムで進まなくちゃいけなかったりもする。そういう普通ではおこらないことがミックスされているのが本当に面白いんです。

近藤作品はイギリスのUniversity of York Music Pressより出版されている

小室 あまりないということでいえば、今回初演されるうちの1曲、《ブレイス・オブ・シェイクス Brace of Shakes》は3分半ほどの短い作品なんですが、カウベルを5名の打楽器奏者が同時に演奏します。歴代の作品表を見返すと《モデュレイション Modulation》(1970)にカウベルが含まれていますが……。

佐藤 彼はカウベルが大好きなんですよ。複数のカウベルをならべて鍵盤楽器みたいに使うんですけど、ああいう風に使う人は他にみたことないです。たぶん、ガムランに近いサウンドをイメージしているんだと思います。あとバンジョーもそうだと思うんですけど、ピッチのはっきりしない楽器を、ピッチのはっきりした楽器に混ぜ込む面白さなんでしょうね。

小室 安定したピッチがとりづらい楽器を使うというのは、リゲティのヴァイオリン協奏曲でのオカリナがそういう用法でしたけど、近藤さんの方が時代的には先んじているんですね。

佐藤 民族音楽に興味をもつきっかけは、やっぱり小泉文夫さん。中世とかの音楽は、野村良雄さんの授業が面白かったからだと言っていましたね。

小室 近藤さん自身が“線の音楽”について説明する言葉を聴いていると、彼の音楽が非常に無機質なものだと思えてきがちですが、実際には特定の何かに寄りかかっていないだけで、非常に豊かな文脈をもった音楽であることが佐藤さんのお陰で視えてきました!

佐藤紀雄
1971年、(現)東京国際ギターコンクール優勝。ギター奏者、指揮者として内外の現代作品の演奏、初演を手掛けている。1997 年にアンサンブル・ノマドを結成し、音楽監督に就任。世界各地の主要現代音楽祭に出演。これまでに京都音楽賞、中島健蔵賞、朝日現代音楽賞、佐治敬三賞を受賞。ソロ、アンサンブルのCD も多数リリースしている。現在、桐朋学園芸術短期大学で後進の指導にあたっている。
6月にアンサンブル・ノマドの新譜CD『近藤 譲 室内楽作品選集「昼と夜」』(コジマ録音)をリリース予定。

小室敬幸
茨城県出身。東京音楽大学および同大学院で作曲と音楽学を学んだ後、現在は音楽ライターとしてクラシック、ジャズ、映画音楽を中心に演奏会やCDの曲目解説、インタビュー記事を執筆。また『月刊都響』と『mysoundマガジン』で連載を持ち、現在進行形のジャズを紹介する『Jazz The New Chapter』にも寄稿している。TBSラジオ『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演中。趣味は楽曲分析。

【Information】
東京オペラシティの同時代音楽企画
コンポージアム2023 近藤 譲を迎えて


フィルム&トーク
2023.5/23(火)19:00 東京オペラシティ リサイタルホール
ドキュメンタリー映画上映:《A SHAPE OF TIME – the composer Jo Kondo》
(2016年、約100分 日本語字幕付)
監督:ヴィオラ・ルシェ、ハウケ・ハーダー
対談:小林康夫(哲学者・東京大学名誉教授)/近藤譲

近藤譲の音楽
5/25(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
ピエール=アンドレ・ヴァラド(指揮)
読売日本交響楽団
国立音楽大学クラリネットアンサンブル(ソロ:田中香織、佐藤拓馬、堂面宏起)

近藤譲:
牧歌(1989)
鳥楽器の役割(1974)
フロンティア(1991)
ブレイス・オブ・シェイクス(2022)[世界初演]
パリンプセスト(2021)[世界初演]

2023年度 武満徹作曲賞本選演奏会
5/28(日)15:00 東京オペラシティ コンサートホール
審査員:近藤譲
角田鋼亮(指揮)
東京フィルハーモニー交響楽団

[ファイナリスト](演奏順)
ユーヘン・チェン(中国):tracé / trait
山邊光二(日本):Underscore
ギジェルモ・コボ・ガルシア(スペイン):Yabal-al-Tay
マイケル・タプリン(イギリス):Selvedge

問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999

〈コンポージアム2023〉関連公演・共催公演
近藤 譲 室内楽作品による個展
5/26(金)19:00 東京オペラシティ リサイタルホール
近藤 譲 合唱作品による個展
5/30(火)19:00 東京オペラシティ リサイタルホール