【速報レポート】武満徹作曲賞 本選演奏会&授賞式

イギリス出身のマイケル・タプリンが第1位

 2023年度のコンポージアムは5月28日、武満徹作曲賞本選演奏会(審査員:近藤譲)が、東京オペラシティ コンサートホールを舞台に行われた。角田鋼亮指揮 東京フィルハーモニー交響楽団により、譜面審査にて選出されていた4作品が初演・演奏され、最終審査が行われた。結果は、以下の通り。同本選演奏会を聴いた筑波大学准教授の江藤光紀さん(音楽評論)に、それぞれの作品の印象など、審査の模様を速報で伝えてもらった。

左より)山邊光二、マイケル・タプリン、近藤譲、ギジェルモ・コボ・ガルシア、ユーヘン・チェン
©︎大窪道治

◎受賞者
第1位 マイケル・タプリン(イギリス) Selvedge
第2位 ギジェルモ・コボ・ガルシア(スペイン) Yabal-al-Tay
    山邊光二(日本) Underscore
第3位 ユーヘン・チェン(中国) tracé / trait

取材・文:江藤光紀

 今年で25回目を迎える武満徹作曲賞。このコンクールの特徴は、毎回一人の審査員が自らの美学に基づき受賞作を決定するという点だ。複数審査だと、個性的であるよりは平均的な作品が評価を得やすい。世に作曲コンクールはいろいろあるが、本賞の意義はそうした多数決の盲点を埋める点にもあるともいえよう。

 今年の審査員は近藤譲。初期には「線の音楽」を標榜し、独自の路線を歩んできた作曲家の元に、世界31ヵ国から107作品が寄せられた。この中からまず12作品が近藤の目に留まり、さらに固有の表現に達していると判断された4作が譜面審査で選ばれ、本選演奏会で初演された(5月28日、東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル、演奏は角田鋼亮指揮 東京フィルハーモニー交響楽団)。

角田鋼亮指揮 東京フィルハーモニー交響楽団

 1曲目は中国出身のユーヘン・チェン(Yuheng Chen)。チェンは10代半ばでウィーンに移住。現在、20代半ばと今回のファイナリストの中では一番若い(ちなみに応募総数107作のうち中国からは25作という、16作の日本を抜き圧倒的に多くのエントリーがあった。この国の文化的な勢いを感じさせる数字である)。
 「tracé/trait」は、時間軸上に一本の太い線のような音響が展開される。スタティックでふわっとしたサウンドの中に、耳を澄ますと繊細な音が鳴っていて、それを通じて響きのクオリティは絶え間なく変化する。

 2曲目は国立音楽大学大学院を修了した山邊光二(Koji Yamabe)の「Underscore」。ケージの「夢」を下敷きにした自作のピアノ曲を、さらに大胆にオーケストラへと写しかえたもので、導入と7つの変奏からなる。その音楽はトリッキーな遊びに満ちており、シンプルな動きからなる原作から短いモティーフを切り出してくるものの、それらはすぐに混沌とした管弦楽の綾にからめ取られる。すると次のモティーフが現れ、パッチワークのようにつぎはぎされながらスピーディーに展開される。

 3曲目はスペイン出身のギジェルモ・コボ・ガルシア(Guillermo Cobo Garcia)Yabal-al-Tay」。タイトルはアラビア語で雪山を意味するが、この作品は何万年にもわたる地殻変動のダイナミックなプロセスを連想させる。下向する音型と上向する音型がぶつかり合いながら重なり、力強いエネルギーを発する。臆せずに音を重ね塗りしていく様は、どこか
クセナキスの作風を思い起こさせる。

 最後に演奏されたのはロンドンに生まれ、すでに管弦楽曲の委嘱なども受けているマイケル・タプリン(Michael Taplin)Selvedge」。タイトルは“織物の縁”を指すという。シンプルな和音が短い中断を挟みながら何度も反復され、力強いアクセントが加えられる。
 この作品はコンセプトは明快だが、他の作品に比べると聴き手の想像力を喚起する力に乏しいように筆者には感じられた。しかし選評を読むと、まさにこの音から距離を取り淡々と進める姿勢が評価されたようだ。

近藤譲

 全曲が演奏された後、休憩を挟み講評と順位発表。まず近藤は多様性の時代に何か単一の基準でものを計るのは不可能だから、自分が聴いてみたいと思った4曲を率直に選んだのだ、と述べた。

 しかし、多様性とは言ってもアカデミックな教育では依然として常識とされている型はあり、そこからいかに離れユニークな世界を構築できているかが順位付けのポイントになった。そうした視点からは、チェンの作品が最も「伝統主義的」であり、他の3曲はその外にある、というのが評価。

松山保臣(東京オペラシティ文化財団理事長)から賞状を授与されるマイケル・タプリン

 順位もコメントを反映し、4位なし、3位がチェン、2位が山邊とガルシア、1位がタプリン。タプリン作品に対する「もうほとんど音の外に立って、非常に冷静に、まるで音の彫刻みたいなものを作っていっている」というコメントに、筆者は近藤自身の創作姿勢に通じるものを感じ、一人の審査員だからこそ可能になるものが確かにあると、この賞の独自性を改めて実感した。

 受賞者のスピーチからは、今回の来日を通じて彼らがお互いに親交を深めて刺激しあった様子が伝わってきた。また、会場には熱心に耳を傾ける若者の姿が多くみられた。いずれは自分もこの大舞台に立つのだという夢を励みに、才能を磨いてほしいものである。

マイケル・タプリン

ON AIR INFORMATION
番組名:NHK-FM「現代の音楽」
2023.7/16(日)、7/23(日) 午前8:10 – 9:00(2回にわけての放送)
*放送日は変更になる場合があります。
NHKラジオ https://www.nhk.or.jp/radio/
番組ホームページ https://www4.nhk.or.jp/P446/

撮影:大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

 武満徹作曲賞は、すでに2027年度までの審査員(コンポージアムのテーマ作曲家でもある)が発表されており、現代を代表する錚々たる顔ぶれの作曲家たちが並んだ。2024年度は応募締切が2023年9月29日、本選演奏会は2024年5月26日に行われる。

◎2024年度:マーク=アンソニー・ターネジ(イギリス)
◎2025年度:ゲオルク・フリードリヒ・ハース(オーストリア)
◎2026年度:イェルク・ヴィトマン(ドイツ)
◎2027年度:ショーン・シェパード(アメリカ)

武満徹作曲賞
https://www.operacity.jp/concert/award/