2023 高坂はる香のピアノコンクール追っかけ日記 from テルアビブ 5
text & photos:高坂はる香
ルービンシュタイン・コンクールは、6人のファイナリストが発表されました。
CECINO Elia🇮🇹(イタリア・21歳)
KUROKI Yukine 黒木雪音🇯🇵(日本・24歳)
GIGASHVILI Giorgi🇬🇪(ジョージア・22歳)
CHEN Kevin🇨🇦(カナダ・18歳)
PARK Chaeyoung🇰🇷(韓国・25歳)
FERRO Alberto🇮🇹(イタリア・27歳)
日本の黒木雪音さんがファイナルに進出! そのほかも華やかな音色の持ち主のピアニストが多いので、コンチェルトの演奏が楽しみです。それにしても、2次からファイナルへの道は、16人から一気に6人に減るという狭き門。全員に個性があり、音にもそれぞれの魅力があり、ここからどうやって6人に絞るのだろうという感じでした。そんな2次予選を振り返りたいと思います。
2次予選の演奏時間の指定は50~60分。ここまでの記事で書いたとおり、かなり自由に選曲できる規定です。そんな中、1次〜2次のどこかで演奏しなくてはならないイスラエル人作曲家の作品を、多くの人がこの2次で演奏していました。
この作品を意識してプログラムを組んだといっていたのが、ジョージアのギオルギ・ギガシヴィリ Giorgi Gigashvili さん。
エモーショナルで個性的な演奏、さらに前回2021年のコンクールで2次予選までの聴衆賞を受賞していることもあって、地元の人々からの人気は絶大です(とはいえ前回は2次まではオンラインだったので、「“コンクールに戻ってきた”というよりは、初めての感じ」とご本人)。
彼のプログラムは、1次、2次と、イスラエル人作曲家 Lavry の「Variations for Piano」以外は、見事にぜんぶソナタです。そのことについて聞くと、とくに2次については「Lavryの変奏曲があるから、他のソナタもすべて終楽章が変奏曲になっているものを選んでみた」とのこと。そんなこだわりがあったのですね。
音量が大きく、ぐいぐいくる情感豊かな表現が特徴。個性が強いという点では同じでも、ちょうどその前に同じスタインウェイのピアノを弾いていたニコライ・ホジャイノフさんと、真逆を行く印象でした。
Gigashviliさんに、「あれほどに感情が音楽にのるのはなぜ?」と尋ねたところ、「とにかく自分が弾く作品が大好きだから。感情を込めずに演奏することなんて不可能です。そうやって演奏しているから、体も動いて、いつも汗だくになっちゃう!」と言っていました。子どもの頃からの憧れだったというこのコンクールで、ファイナルに進出です。
さて、一方のニコライ・ホジャイノフ Nikolay Khozyainov さんは、また繊細なステージを聴かせてくれました。
コロコロとした音のハイドンに始まり、イスラエル人作曲家 Samnon は、複数旋律が絡み合うさまの浮き立つ、他の人とはちょっと違った表現。そこから、ベートーヴェン=リストの「遙かなる恋人に」と、これを引用して未来の妻クララへの想いとともに書かれたシューマンのファンタジーをつなげて演奏。ここには強いこだわりがあったようです。
儚げなシューマンに、私は母が育てている月下美人の花を思い出しました。ファイナル進出がならず残念でしたが、ますます成熟する音楽とともに、これからも我が道を進んでほしい。
また、かなり特殊なプログラムを演奏したのが、アメリカのタロン・スミス Taron Smitth さん。いわゆるマスターピースのレパートリーは、真ん中に弾いたラヴェルの「夜のガスパール」だけで、1曲目は Samnon、そして3曲目には、自作の「24のプレリュード」Op.1を演奏するという思い切った選択です。
彼はこのところ、この自作曲をリサイタルでも取り上げていたようですが、今回コンクールで弾くことにしたのは、「自分は作曲家でもあるので、他とは少し違う、ユニークなものを見せたいと思ったから」とのこと。
「24のプレリュード」については、「音楽の歴史を振り返ると、バッハから始まり、ショパンなど多くの作曲家が書いているので、僕も作曲家としてそのクラブ―24のプレリュードを書いた作曲家たちのクラブに参加したいと思って書いた」そうです。いろいろな作曲家の作風を彷彿とさせる構成は、「過去の偉大な作曲家たちから、いろいろなコンセプトや曲の構造を学びながら取り入れて、それぞれの調でユニークなものを書きたいと思った」とのこと。
ただこの選曲、クラシックのコンクールという枠組みの中で、審査員の先生たちがどのような観点で審査をしたのかは興味深いところです。ファイナル進出はならず残念でしたが、ある意味、記憶にはとても残りました。
そして今回のファイナリスト、よく弾けて音がよく通るタイプのピアニストが揃っている印象なのですが、その筆頭が、カナダのケヴィン・チェン Kevin Chen。
ハイドンから、バルトークの3つのエチュードでバリバリに弾けるところを見せて、さらにそこからショパンのエチュードOp.10でバリバリ、時に繊細に弾くという幅の広さを見せました。さらりとした雰囲気で華やかな音を鳴らすところが特徴ですね。
一方、ファイナル進出はなりませんでしたが、ケヴィンと少し似た印象を受けたのが、ギリシャのアレクサンドラ・スティチュキナ Alexandra Stychkina さん。あっさりした雰囲気なのに、なんとなく音に華がある。
国籍はギリシャですが、モスクワ中央音楽学校で学んだピアニスト。2019年からはハンス・アイスラー音楽大学で、2001年ルービンシュタインコンクール優勝者でもある名ピアニスト、キリル・ゲルシュタインさんのもと学んでいます。「藤田真央さんは同じクラスよー」と言っていました。
そして、日本の黒木雪音さん。愛らしくクリーンなハイドンのソナタではじめ、メンデルスゾーン=ラフマニノフの「真夏の夜の夢」よりスケルツォを弾き終わると、その遊び心にあふれた演奏に客席から思わず声が漏れます。続くSamnonは、たっぷりと濃厚に歌い、オリエンタルな香りムンムンの場面など印象的。「お客さんの雰囲気のおかげで、スッとイスラエルの空気に入ることができた」とのこと。
そこから大曲、リストのロ短調ソナタへ。「最近いろいろな方に聞いてもらいアドバイスを受ける中で、自分の中にさまざまなストーリーが生まれてきた。『ファウスト』を元にした作品ですが、地獄と天国で別れてしまうシーンでは、自分で弾いていても泣けてきてしまって」とのこと。そして、一生かけて勉強していきたい作品だ、とも話していました。
さらにインパクト抜群だったのが、アンコールのカプースチン「8つの演奏会用エチュード」より第1番。拍手を受けながら「これは弾きたい!」と思って、アンコールを弾いたそうです。「中学1年の頃に出会って弾き始めた曲で、今回、アンコールを弾いて良いと聞いて、弾きたいと思って勉強し直したレパートリーです。拍手の中で弾きはじめるのは快感で、最後のドの音を目がけて突っ走りました」とのこと。
ロ短調ソナタが作った重い空気を吹き飛ばすようなアンコール、選曲はもちろん、その躍動感と勢いが見事でした。聴衆の心を鷲掴みにした、という印象です。
さて、ファイナルはここから3ステージ、室内楽、二つの協奏曲と、まだまだ続きます。結果発表の後の夜、1日目に演奏する3人のコンテスタントはすぐにリハーサルを行い、明日の本場に臨みます。
♪ 高坂はる香 Haruka Kosaka ♪
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/