イスラエルの生活文化、そしてイスラエル人作曲家の作品のお話

2023 高坂はる香のピアノコンクール追っかけ日記 from テルアビブ 3

text & photos:高坂はる香

 ルービンシュタイン国際ピアノコンクールの6日間にわたる1次予選はあと数日続くということで、ここで少し、イスラエルの生活文化のお話、そして今回の課題になっているイスラエル人作曲家の作品についてご紹介したいと思います。

テルアビブの市街地中心にあるアズリエリセンター付近の夜景

 ライヴ配信でお聴きになっている方はお気づきかと思いますが、このコンクール、演奏のスタート&終了時間が日によって違います。多くのコンクールのように、毎日ただひたすら朝から晩までみっちり、というスケジュールではありません。

 これには運営上の事情に加えて、イスラエルのシャバットの影響もあると思われます。
 ユダヤ教では、金曜日の日没から土曜日の日没はシャバット Sabbath(安息日)とされています。7日を1週間とする最後の日にあたる土曜日は、休息すべき日であり聖なる日としているのだそうです。調べてみると、「安息日があるからこそ、ユダヤ教やユダヤ人の歴史は途絶えなかったといわれている」とのこと。人間の豊かな営みにとって、お休みは大事ということですね。

 そのようなわけで、金曜日の夕方から土曜日の夕方まではほとんどのお店がクローズします。厳密には火や電化製品を使うことも禁じられているので、ホテルによってはコーヒーマシンが使えないとか、エレベーターが各階停まりになっているという話も聞きます。土曜日の午前中などは主な公共交通機関もストップしてしまい、街は閑散としています。

 改めてスケジュールを見ると、金曜日の夜はコンクールが一つもないことがわかると思います。その時間帯を避けてスケジュールを組んでいることで、イレギュラーになっているようです。

 ちなみに私は今、イスラエル人とイギリス人の折り紙アーティストのお宅にお世話になっています。先日の金曜日、彼らがイスラエルの伝統的なディナーを用意してくれました。奥様がお店が閉まる前の朝から買い出しに出かけ、基本的に日が暮れるまでに1日かけてご馳走を用意してくれます。いつも忙しい忙しいと言っているビジネスウーマンなのに、この日は全然仕事をしないで料理していたので、安息日とはこういうことかと思いました。

ホームステイ先での豪華なディナー

 ユダヤ教ではカーシュルートという食べ物に関する規定があります。豚を食べてはいけないというのは、よく知られているかもしれません。私のにわか知識でここで細かいことを書くことは避けたいと思いますが、その他いくつかの例をあげると、乳製品と肉が一緒に入った料理を食べてはいけないとか、ヒレと鱗のない魚介類―イカやタコ、甲殻類や貝類などは食べてはいけないなどのルールがあるとのこと。前述の金曜日のごちそうも、そうした決まりにのっとったお料理が並んでいました。

 テルアビブは美しいビーチのあるリゾートの雰囲気もありますが、基本的には商業都市で先進的な考えの人が多いので、厳格なユダヤのルールにのっとって生活している人は少ないそうです。それでもやはり、この国ならではの習慣、宗教的価値観でものごとが執り行われていることを、あらゆる場面で感じます。

ビーチにはリゾートの雰囲気が漂う

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 さて、話は変わって、今回、1次、2次予選の課題になっているイスラエル人作曲家の作品について少しご紹介したいと思います。第1回の記事に書いた通り、コンクールの規定では、1次、2次のリサイタルのどこかで、今回指定されたイスラエル人作曲家の3作品から1曲を選んで演奏する必要があります。1次で演奏する人はあまり多くありませんが、ここまでにもときどき演奏されてきました。

 3作品のうち全コンテスタントの2/3が選んでいるのが、Tal-Haim Samnonの「Memory and Variations」。Tal-Haim Samnonさんは1986年生まれ、ブッフマン・メータ音楽院で、審査委員長のアリエ・ヴァルディ教授のもと学んだピアニストであり作曲家です。

 彼が子どもの頃に弾いたというイスラエル人作曲家、パウル・ベン=ハイムの「Melody with Variations」の思い出による作品で、自身の人生の記憶に基づく変奏曲とのこと。荒れ果てた空間、体の中の感情を意味する最初のテーマ「The Desert」(砂漠)にはじまり、第一変奏から少しずつその空間が満たされ、続く数々の変奏曲では、ハープのイメージで天国が表現されていたり、魂の再生の始まりが表現されていたりと、それぞれに具体的なイメージが託されているそうです。

 そしてその他の2曲について。
 Yaron Gottfriedさんは1968年生まれ。ピアニスト、作曲家であり、ジャズミュージシャンでもある方だそうです。「La Folia – Theme and Variations for piano」は、ラ・フォリアの主題に基づく変奏曲。ラ・フォリアはルネサンス起源の舞曲のひとつで、いろいろな作曲家たちが変奏曲を書いていますが、ピアノ作品で特に親しまれているものには、ラフマニノフの「コレルリの主題による変奏曲」があります(コレルリによる変奏曲が有名になりすぎて、ラフマニノフがコレルリのテーマだと思ってしまっていたといわれる作品ですね)。コロナ禍のロックダウン中に書かれた、「変奏曲の自由さにより“Madness”が表現される、楽観的な視点を持つ作品」とのこと。

La Folia for Piano – Theme and Variations By Yaron Gottfried

 そしてMarc Lavry(1903~1967)は、グラズノフのもと学んだ、イスラエルを代表する作曲家。400以上の作品を書いていて、後期の作品である今回の課題「Variations for Piano」には、Op.350という番号が振られています。これまでこのコンクールのイスラエル人作品の課題曲は、存命の作曲家の曲が基本だったなか、今回、今年がマルク・ラヴリーの生誕120年ということで、セレクトされているようです。

 この2曲を選んだピアニストは少ないですが、どちらも一人は1次で選択している人がいるので、幸い必ず聴くことができます。

 Gottfriedの「La Folia-Theme and Variations for piano」は、1次4日目に登場したケヴィン・チェンさんが演奏してくれました。現代的な響きで彩られたラ・フォリアのテーマにはじまり、ジャズの要素を感じる変奏も現れる、とてもかっこいい曲です。

 そしてLavryの「Variations for Piano」のほうは、1次最終日、6日目に登場するAlberto Ferroさんが演奏予定。

 イスラエルやユダヤの民族的な要素にも注目して聴くとおもしろそうです。

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/