ルービンシュタイン・コンクール1次予選を振り返る

2023 高坂はる香のピアノコンクール追っかけ日記 from テルアビブ 4

text & photos:高坂はる香

 2次予選に進出する16名が発表されました。

BUI J J Jun Li🇨🇦(カナダ・18歳)
YUDIN Dmitry🇷🇺(ロシア・21歳)
GUARRERA Giuseppe🇮🇹(イタリア・31歳)
WANG Derek🇺🇸(アメリカ・24歳)
CECINO Elia🇮🇹(イタリア・21歳)
AUMILLER Jonas🇩🇪(ドイツ・24歳)
STYCHKINA Alexandra🇬🇷(ギリシャ・19歳)
KUROKI Yukine 黒木雪音🇯🇵(日本・24歳)
KAJENJERI Mirabelle🇫🇷(フランス・24歳)
KHOZYAINOV Nikolay🇷🇺(ロシア・30歳)
GIGASHVILI Giorgi🇬🇪(ジョージア・22歳)
CHEN Kevin🇨🇦(カナダ・18歳)
PARK Chaeyoung🇰🇷(韓国・25歳)
FERRO Alberto🇮🇹(イタリア・27歳)
ZHANG Lixin🇳🇿(ニュージーランド・21歳)
SMITH Talon🇺🇸(アメリカ・21歳)

1次予選の結果を発表するアリエ・ヴァルディ審査員長

 繊細系から華やか系まで幅広いタイプのピアニストが残っているので、バラエティに富んだ音楽を聴くことができるでしょう。日本からは、黒木雪音さんが2次に進出です。5人いた地元イスラエル勢は、残念ながらここでいなくなってしまいました。

 ここで、6日間にわたる1次予選の様子を振り返ります。
 前の記事で紹介したとおり、このステージは35-40分のリサイタル。1次、2次のリサイタルの間で、古典派の作品、ロマン派の作品、そしてイスラエル人作曲家の3作品の一つをどこかに入れればOKという規定なので、選曲はかなり自由です。ただし、この規定から、古典から現代まで幅広いスタイルを体得しているピアニストを求めているということは明確に示されています。自由選曲とはいえ、何かにだけ長けていればいいということではなさそう。

 そう思ってコンテスタントたちのプログラミングを見ると、1次のうちに幅広いスタイルを見せた人が多い中、近現代ものにしぼってプログラミングしている人もいて興味深いです。「古典やロマン派の腕は次のステージでお見せします」というスタンスはけっこう勇気がいるのではないかと思いますが、とにかくまずは自分の得意技を見せる策なのでしょう。

 その筆頭だったのが、韓国の Chaeyong Park さん。プログラムの最初に弾いたのは、韓国出身のドイツの女性の作曲家で、若き日にリゲティに師事しているUnsuk Chin(1961〜)の「12のエチュード」からの2曲。さらに合わせたのが、プロコフィエフのピアノ・ソナタ第8番でした。韓国人女性としてのメッセージ、今の時代に寄せるメッセージも感じる選曲です。クリアな音の魅力と高い集中力を披露して、次のステージに進出です。

 一番手で演奏したオランダの Aidan Mikdad さんは、スクリャービンとストラヴィンスキーという、近代もの、しかもロシアものしばりという思い切った選曲。スクリャービンの左手のためのノクターンなどもあって、自分の弾きたい曲を弾いているという気持ちが伝わってきました。

 一方、ロマン派、近現代というセレクトで、歌う表現と華やかなテクニックを見せる選曲をしている出場者が、けっこう多かった。

 カナダのケヴィン・チェン Kevin Chen さんは、イスラエル人作曲家 Yaron Gottfried の「La folia」からスタート。3曲からこれを選んでいる人が数人しかいないことに驚いたそうですが、「ジャズの要素が入っているところがすごく気に入って」選んだとのこと。そこから、スクリャービンのソナタ第2番、そしてリストの「ノルマの回想」。派手なパフォーマンスはないのに、音にもともと華があって、自然なコントラストがついていて、引き込まれました。「オペラの世界を目の前に開いてくれるので、『ドン・ファン』(ドン・ジョヴァンニの回想)など、リストのオペラのトランスクリプション作品が大好き」なのだそうです。

Kevin Chen

 ロシアのニコライ・ホジャイノフ Nikolay Khozyainov さんは、ショパン、ドビュッシー、ストラヴィンスキーというプログラミング。フランスで後半生を過ごし、後のフランス音楽にも影響を与えたショパンの後期作品にはじまり、ドビュッシーの「花火」でつないで、フランス語圏で長く過ごし多くのバレエ作品を書いたストラヴィンスキー「ペトルーシュカからの3楽章」で締めるというもの。
「『ペトルーシュカ』はロシア民謡をメドレーにし、天才的に対位旋律として重ね合わせている、ロシアのすばらしいバレエ作品。人形が人間の感情を持つようになって恋に落ち、途中から苦しみ始めるけれど、そこが最初のショパンの音楽とある種つながっている」と話していて、プログラムにそんな苦しみの連鎖の暗示が、うわぁ…と思いました。ニコライさんらしい。

Nikolay Khozyainov

 黒木雪音さんも、リストからベルク、ショスタコーヴィチという、ロマン派から近現代プログラム。朝一番の演奏順で、リストのバラード第2番を濃厚に弾いてくれたもので、会場もぐっとそのムードに持っていかれました。さらに、ベルクのソナタ、ショスタコーヴィチのソナタ第1番と続けて、多彩な表現力、そして外見のイメージからは想像のつかない強さと瞬発力を見せます。
 それにしても最初からリストの「鬼火」というのはかなり勇気がいったのでは?と思って聞くと、「あとからいろんな方にそう言われたのだけど、あまり何も考えていなくて、鬼火からバラード2番に入るという流れをやりたくて選んだ」と笑っていました。すごい。リストは大好きな作曲家だそうで、「超絶技巧作品のイメージがあると思うけれど、それよりはリストの持っている愛や深い物語を表したいと思い、この2曲を選んだ」と話していました。

Yukine Kuroki

 一方、バランスよく古典派、ロマン派、近現代を選んでいたのが、古海行子さん。
 ハイドン、リストのバラード第2番、ショスタコーヴィチのソナタ第1番で、まったく異なる音の表情を見せてくれました。とくに、繊細な感情の揺らぎを表現してくれたバラードの後は、聴衆のみなさんも静かに感動していたのか、控えめな拍手がしつこくなかなか止まないというめずらしいシチュエーション。
 これだけスタイルの違う作品を弾くことになるので「少し大変かなと思ったけれど、コンクールとはいえ、良い演奏をすればリサイタルのように拍手をしてくださるかもしれないということだったので、そこで切り替えることができるかと思って選曲した」とのこと。コンクールのある意味孤独なステージでも、こういう形で聴衆の存在がピアニストのムードを助けてくれることもあるのですね。次のステージのイスラエル人作曲家の「La Folila」、古海さんの演奏で聴いてみたかったので、残念です…。

Yasuko Furumi

 ちなみに、みなさん気になっていたでしょう。黒木さんと古海さん、リストとショスタコーヴィチという2曲がまったく同じ選曲でした。しかも同じ学校で同じ江口文子先生のもと学んでいるお二人なのに、なぜ??と思いますよね。聞いたところによると、練習している感じから、なんとなく同じ曲を用意していそうだとはわかっていたけれど、1次で揃うとは、ご本人たちは蓋を開けてみてからわかったとのこと。先生も、それぞれが弾きたいと感じ、自分の良さが出せる選曲を自由にさせてあげようと、「一緒だなぁ」と思いながらもそっと見守っていたのかもしれませんね。

 最後の奏者となったタロン・スミス Talon Smith さんは、ショパン、ベートーヴェン、ストラヴィンスキーを演奏していました。彼は2次に進出しましたが、注目すべきは、次のステージで Op.1という作品番号がつけられた自作の「24のプレリュード」を弾くということ。攻めてますね!

Talon Smithの1次予選のステージより

 JJ ジュン・リ・ブイ JJ Jun Li Bui さんも、ドビュッシー、クレメンティ、ストラヴィンスキーと、古典から近現代までセレクト。初日の3番目に登場しましたが、比較的パワフル系の演奏が続いていたので、ブイさんのドビュッシーの繊細で静かな音がスッと空気を整えてくれる感覚がありました。ストラヴィンスキー=アゴスティの「火の鳥」は、パワーと派手さで聴かせるというより繊細で特異な音色の変化で魅了する感じ。
 「トラディショナルだけれど、同時に少し実験的なところもあるプログラミングだったと思います。カラフルな選曲にしてみました。クレメンティは簡単な作曲家だと思われているところがあるかもしれませんが、彼の作品はとてもおもしろいし、細やかな表現が求められる。ストラヴィンスキーはオーケストラ演奏で表現されるエモーションに近づけることを目指しました」とのこと。

JJ Jun Li Bui

 ちなみにブイさんの演奏中、舞台袖のドアを全く開いてもらえないという事案が発生したのですが(曲間にも1回袖に入ろうとしたのに開けてもらえず、そのまま戻ってきて弾いて、最後帰るときもまた開けてもらえないという)。
終演後楽屋に行ってみると、一人佇んでいたブイさん、袖には誰もいなくて、その後も誰も来ないといっていました。けっこう驚きますね。
 ちなみにその後もたびたび、袖のドアが開かず、ピアニストがステージに締め出されるという事案は発生してます。このコンクール、スタッフのみなさんすごくいい人なのですが、少人数でまわしているから大変です!

 他にも紹介したい演奏はたくさんあるのですが、きりがなくなってしまうので、今回は終演後にお話を聞けた方を中心にご紹介しました。
 それにしてもこのコンクール、事前の予備審査が書類選考のみということで、プロフィールをみると有名な先生のお弟子さんばかりです。とはいえそんな応募者はたくさんいたでしょうから、一体どうやって選んだのか。でも、録音録画のデータをネットで送るなどということができなかった昔は、このスタイルの事前審査が普通だったわけで。かつては最初のチャンスをつかむのがいかに難しかったか、あらためて思います。

 現地時間3月21日から3日間にわたり、各人50〜60分のリサイタルを演奏する2次予選が行われ、23日には6人のファイナリストが発表されます。

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/