音楽評論家・柴田克彦が選ぶ
2022年マイ・ベスト公演

コロナ禍に入り、海外からの招聘公演が厳しい状況が続いたが、入国緩和に伴い海外アーティストやオーケストラの来日が可能となった2022年。いまだパンデミックやウクライナ侵攻の収束が見えないながらも、クラシック音楽界の漸進の兆しは23年への期待へと膨らむ。そんな2022年を振り返って、評論家3名にマイ・ベスト公演&アーティストをそれぞれの目線で選んでいただいた。2人目は音楽評論家の柴田克彦さんによるマイ・ベスト。
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文:柴田克彦

 2022年クラシック音楽界の一番の話題は、夏場以降の外来組の大量復活であろう。まずは、ここ2年限定的だったオーケストラが、7月のフランソワ=グザヴィエ・ロト指揮/ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団、10月のサイモン・ラトル指揮/ロンドン交響楽団クラウス・マケラ指揮/パリ管弦楽団ダリア・スタセフスカ指揮/BBC交響楽団、11月のアンドリス・ネルソンス指揮/ボストン交響楽団と次々に来日。

ネルソンス指揮ボストン響
撮影:池上直哉 提供:サントリーホール
ロト指揮ケルン・ギュルツェニヒ管
(C)大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

 なかでも、清新かつ刺激的な演奏を展開したロト/ケルン・ギュルツェニヒ管、多彩な演目で生気溢れる快演を繰り広げたラトル/ロンドン響、26歳の新シェフのもとで覇気漲る音楽を聴かせたマケラ/パリ管が強いインパクトを与えた。特にパリ管の東京初日の「海」や「春の祭典」は、これまで同楽団の来日公演では耳にしたことがないほどエネルギッシュで、マケラの類い稀な才能に唸らされた。とはいえ全ての楽団が個性的。久しぶりに生で聴くと、独特の質感や表現法、日本の楽団とのテイストの違いがよくわかる。その意味では海外オーケストラの来日公演の意義を再認識した1年(下半期)でもあった。

ラトル指揮ロンドン響
(C)Naoya Ikegami
マケラ指揮パリ管
(C)堀田力丸

 アンサンブルやソリストも同様に来日公演が急増した。こちらは網羅し切っていないので、印象的だった公演のみを挙げると、4月のアンドレアス・シュタイアー&アレクサンドル・メルニコフ(ピアノ・デュオ)、6月のエベーヌ弦楽四重奏団エリーナ・ガランチャ(メゾソプラノ)、10月のベルチャ・クァルテットなど。特にベルチャQは、高精度かつパッショネートな演奏を聴かせ、現役最強の弦楽四重奏団たることを明示した。

ベルチャ・クァルテット
(C)大窪道治 提供:トッパンホール

 国内組で最初に挙げたいのが、演奏会形式やセミ・ステージ形式のオペラの数々。筆頭格は、11月のジョナサン・ノット指揮/東京交響楽団の《サロメ》だ。これは鮮烈な管弦楽と強靭な歌手陣による凄絶な名演だった。このほか、3月のびわ湖ホール プロデュースオペラの《パルジファル》東京・春・音楽祭の《ローエングリン》、4月の東京二期会の《エドガール》、10月のチョン・ミョンフン指揮/東京フィルハーモニー交響楽団の《ファルスタッフ》など、高水準の上演が連続。演奏者が音楽に集中できる、オーケストラの動きがリアルな効果を発揮するといった同スタイルでこその長所や、《エドガール》(プッチーニ)のような台本の弱さから舞台上演がまずない音楽の真価を知ることができるメリットを実感させられた。

ノット指揮東響《サロメ》
(C)N.Ikegami/TSO
東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ《エドガール》
(C)堀衛

 舞台上演では新国立劇場が気を吐いた。出色だったのが10月の《ジュリオ・チェーザレ》。リナルド・アレッサンドリーニの指揮がもたらす東京フィルの表情豊かでカロリーの高い演奏と歌手陣の好唱、そしてロラン・ペリーのお洒落な演出が相まった、開場25周年の幕開けに相応しい名舞台が実現した。他にも、5月の《オルフェオとエウリディーチェ》、7月の《ペレアスとメリザンド》、11月の《ボリス・ゴドゥノフ》と、オペラ芸術監督・大野和士の意志を反映した意欲的な新制作上演が続いた。
 もうひとつ忘れ難いのが、8月のセイジ・オザワ 松本フェスティバルの《フィガロの結婚》。これはまず沖澤のどかの堂々たる指揮ぶりが特筆されるし、歌手陣も演出(これもロラン・ペリー)も上々で、第3、4幕は文句なしの出来栄えだった。さらに当フェスティバルでは、11月の特別公演=ネルソンス指揮/サイトウ・キネン・オーケストラによるマーラーの交響曲第9番も濃厚・濃密な感動的名演。フェスティバル30周年を機に存在感を再主張した感がある。

新国立劇場《ジュリオ・チェーザレ》
撮影:寺司正彦、提供:新国立劇場
セイジ・オザワ 松本フェスティバル《フィガロの結婚》
(C)山田毅/2022OMF
セイジ・オザワ 松本フェスティバル30周年記念 特別公演 中央:小澤征爾とネルソンス
(C)山田毅/2022OMF

 日本のオーケストラも健闘。前記の東響東京フィルのみならず、ファビオ・ルイージヘルベルト・ブロムシュテットをはじめとする名指揮者陣のもとでハイクオリティの演奏を展開したNHK交響楽団と、近年上昇著しく、22年も常任指揮者・高関健とのマーラーの交響曲第9番やシベリウスの交響曲第4番など、堅牢で精緻な好演を数多く残した東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の充実度が光り、他の楽団も各々の特徴を生かしたプログラムで魅了した。彼らは外来組とは違って「今そこにある」点が魅力だけに、さらに多くのファンが公演に足を運んでほしいと強く思う。
 

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮N響
(C)NHK交響楽団
高関健指揮東京シティ・フィル
(C)K.Miura

 アンアンブルやソリストも多様な顔ぶれが多彩な成果を挙げた。ただし外来組と同じく、全てを把握し切れていないので、ここでは、自ら主宰する国際音楽祭NIPPONで幅広い音楽性と進化を披露した諏訪内晶子(ヴァイオリン)、ガット弦とクラシック弓を用いた古典派音楽で迫真的な新境地を示した庄司紗矢香(ヴァイオリン)、BBC響とのグリーグの協奏曲をはじめ、常に高精度で雄弁な音楽を紡いだ小菅優(ピアノ)、春秋のシューベルト・プログラムなど、濃密で瑞々しい音楽を再三聴かせた河村尚子(ピアノ)といった、すでに高評価を得ている演奏家たちの活躍を記すにとどめておきたい。
 コロナ禍における22年後半の回復傾向は喜ばしい限り。23年は年間通してそうなることを願わずにはおれない。

国際音楽祭NIPPON 諏訪内晶子
(C)Hiroko-Chiba
庄司紗矢香 & ジャンルカ・カシオーリ(フォルテピアノ)

【Profile】
柴田克彦(音楽ライター&評論家)

福岡県生まれ。クラシック音楽マネージメントに勤務し、宣伝・編集業務全般を担当した後、2000年に独立。フリーランスの音楽ライター&評論家、編集者として、「ぶらあぼ」「音楽の友」等の雑誌、コンサート・プログラム、Web、宣伝媒体、CDブックレットへの寄稿、プログラム等の編集業務、カルチャーセンターやホールでの講演・講座など、クラシックをフィールドに幅広い活動を展開している。また「ラ・フォル・ジュルネ」音楽祭では、2005年の第1回よりクラシック・ソムリエを務めている。著書に、「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、 「1曲1分でわかる! 吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。