パデレフスキ国際ピアノコンクール 入賞者・審査員に聞く

2022秋 高坂はる香の欧州ピアノコンクールめぐり旅日記 12

表彰式より

Text & Photos: Haruka Kosaka

 11月7日から2週間にわたって行われたパデレフスキ国際ピアノコンクール、最終結果が発表されました。

第1位 マテウス・クシジョフスキ / Mateusz Krzyżowski(ポーランド)
第2位 ペドロ・ロペス・サラス / Pedro López Salas(スペイン)
第3位 ダニロ・サイエンコ / Danylo Saienko(ウクライナ)
名誉賞 奥井紫麻 / Shio Okui(日本)
    ピオトル・パヴラック / Piotr Pawlak(ポーランド)

 開催国ポーランドからの参加者が優勝したのは、国際コンクールとなってから初めてとのこと。

 今回、健康上の理由のため審査に参加できなくなったピオトル・パレチニ審査委員長にかわり、ヴァネッサ・ラターシュ副審査委員長が結果を発表します。
 発表を前に「パレチニ氏がつくった審査のシステムはとてもフェアでオープンなので、わたしたちも理解しやすかった」と、ひとこと。前回、結果発表後にコンテスタントからの問題提起があったための発言と思われますが、今回のコンクールでも、後日、全審査員の評価が公表される予定となっています。

 さて、ファイナルの演奏の様子を、コンテスタントの言葉とともに振り返ってみたいと思います。
 今回は、5名のファイナリストが全員異なる協奏曲を選んでいました。コンクールとなると同じ曲に偏りがちなところ、めずらしい状況です。

 初日のはじめに演奏したポーランドのピオトル・パヴラックさんは、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を演奏。ゆっくりとしたテンポで、足取りを確かめるように音楽を進めていきます。第2楽章では、先日語っていた音楽への愛着が溢れ出すような、自らの音楽世界に没頭する演奏を聴かせてくれました。

Mateusz Krzyżowski

 ポーランドのマテウシュ・クシジョフスキさんは、シマノフスキの交響曲第4番「協奏交響曲」を選択。冒頭から、鈍く輝くような魅力的な音で惹きつけ、第2楽章では雪解けを思わせるミステリアスな音を響かせるなど、場面が変わるごとに音色を変え、オーケストラの中で堂々と役割を果たしていきます。オーケストラの音が大きかったのでピアノが大変そうな場面もありましたが、それでも第3楽章など、オーケストラと一体となって力強いステップを踏んでいくようでした。
 ポーランドのコンクールでこの曲を選んで良い演奏をすれば、それだけでかなりプラスになりそう…と思わずにいられません。もちろん、演奏が良くなくてはどうにもならないのですが! 結果、その作品の魅力を教えてくれる演奏で、優勝に輝きました。結果を受け、「ステージで自分が1位だと言われたことが今もまだ信じられない」とうれしそう。
 音楽家として大切にしていることは、「自分自身であること」。
「絶対に計算をしない。たとえば審査員が何を求めているかかは考えるべきではないと思っています。常に自分自身であり、ステージで自分の100%を出すことを大切にしています」

Shio Okui

 日本の奥井紫麻さんは、ショパンのピアノ協奏曲第2番を選びました。軽やかな音を響かせ、繊細に美しくショパンの歌を歌っていきます。第3楽章も、自然な抑揚で揺れるピアノとオーケストラがぴたりと合って、心地よく美しいショパンが流れていきます。
 演奏を終えて、こう話していました。
「これはショパン初期の作品で、みずみずしさや青春の悩み、若い頃の思い出が詰まっていて、弾いていてそれを感じた時に懐かしい気持ち、嬉しい気持ちになります。ピアノの軽やかさ、ショパン特有の装飾音がたくさんあって美しい作品です。この国の作曲家の作品ということで最初は緊張しましたが、音楽に集中して、自分なりにできることはできたと思います」

 コンクール特有の、準備にたっぷり時間が取れないという状況は、「代役で急に頼まれたつもりで臨むことで、コンクールでなくコンサートという感覚が持てるようにした」と話していました! すごいメンタルのつくりかた。12歳からモスクワで学び、現在18歳。これからが楽しみです!

 2日目の最初に演奏した、スペインのペドロ・ロペス・サラスさんは、リストのピアノ協奏曲第1番を選択。自分の間をたっぷりとりながらゆっくりと歌っていきます。ボリューム豊か、ゴージャスな音を鳴らして自分だけの音楽を堂々と奏で、第2位に入賞しました。

Danylo Saienko

 最後の奏者となったのは、ウクライナのダニロ・サイエンコさん。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」で、冒頭から気迫のみなぎるガツンとした音を鳴らします。終始、その岩のような力強い音が印象的で、彼が今感じる5番の世界、この曲を通じて伝えたいことはこれなのだろうという、意志のようなものを感じます。強いインパクトを残す演奏で、第3位に入賞しました。
 「僕にとって一番大切なのは、自分のエモーションを聴衆と分かち合うということ。聴衆が音楽を理解してくれるということ、音楽で一緒になれる感覚を持てるということをもっとも重視して舞台に立っています」と話していました。 実際、その気持ちが伝わってくるステージでした。

*****

 ここからは、審査員の先生方のお話を紹介します。

 ヴァネッサ・ラターシュ副審査員長は、入賞者たちの印象をこう話していました。
「優勝したクシジョフスキさんは、若くとてもスパークリングなポテンシャルがあります。ピアニストとして素晴らしい手を持ち、将来に期待できる才能です。
 良い音楽家にとって大切なのは、聴衆とコミュニケートできることです。今回の入賞者たちはみんな、わたしたち聴衆とコミュニケーションができていました。聴衆は彼らの音楽に引き込まれ、スリルや興奮を感じることができた。これが大切なのです」

Vanessa Latarche

 今回の審査員には、ジュネーヴ・コンクールで第2位だったセルゲイ・ベリャフスキーさん、ロン=ティボーで第3位だった マイケル・デヴィッドマンさんの師であるスタニスラフ・ユデニッチさんの姿もありました。
「この審査結果について、審査員みんなハッピーです。彼らの将来が楽しみです。これはとても重要なことですね。もちろん、若いピアニストはすべてのステージで安定しているわけではないので、その面で審査が大変だった部分もありますが。
 優勝したクシジョフスキさんは、とてもパワフルなピアニストで、ファイナルでとても強い印象を残しましたが、それだけでなくモーツァルトの協奏曲も美しく、細部までスマートに演奏できたのが大きかった」

Stanislav Ioudenitch

 数々の優れた若手を育てているユデニッチさんに、若いピアニストが大切にすべきことも聞いてみました。
「音楽のスタイルを理解し、作曲家の意図を伝えるということ。でもそれだけでなく、芸術性を養うことも大切です。芸術性は、私たち音楽家にとって第一の課題です。技術があるのは当然ですが、芸術性があるということは特別で、人の心を捉えるなにかがなくてはいけません。
 若いアーティストたちは、ただ1日10時間練習するだけでなく、本当の音楽を知るためにさまざまな音楽を聴くべきです。私たちは、ほとんど人間といえないような天才たちの音楽を解釈しなくてはならないのですから、自分自身を偉大なる作曲家たちのレベルに近づける努力をしなくてはいけません。勉強は一生続きます。それは長い長い道のりなのです」

 今回、初めてコンクールの審査員を務めたラファウ・ブレハッチさんにも近況を含めてお話を伺っていますが、それはまた次の記事でご紹介するとして、ここでは最後に、日本から審査に参加した小川典子さんのインタビューをじっくりご紹介したいと思います。

Noriko Ogawa

—— 優勝したクシジョフスキさんはどんなところが評価されたのでしょうか?

 他の審査員の先生のご意見はまだ聞いていないのでわかりませんが、私自身は、彼が音楽全体を把握しているという、とても強い印象をうけました。ただピアノを弾いてるだけではなく、オーケストラの隅々までわかっている。音楽へのアプローチが非常に総合的だったことが、私としては評価につながりました。
 このコンクールは曲数が多いので、みなさん終盤で疲れが見えやすいのですが、彼は最後に向かってどんどん力が出てきたという印象もあります。

—— 他にファイナリストで印象に残った方は?

 奥井紫麻さんはとっても素晴らしかったと思います。1次からすべての曲で細部にわたって良い表現をしていたし、音の一つひとつが磨き上げられていました。これから公表される私の投票を見ていただくとわかることですが、個人的にはもう少し上に行くかなと思っていました。細やかで上品な音楽作りに、私はすごく好感を持ちました。
 それから、セミファイナリストとなった田久保萌夏さんは、スタミナのある溌剌としたピアニストでとてもいい印象を受けました。さきほど、国際コンクールにあまり慣れてないということを伺いましたが、それもあって、第3次予選で緊張が見えて少し力が入ってしまったのかもしれません。ファイナルに進むことができず残念でした。
 また、パヴラックさんは、音がとても輝いていて良かったと思います。
 第3位のサイエンコさんは非常にユニークでした。曲によって説得力がすごいというか、もう壁に追い詰められているかのような迫力を感じて、それがとても印象に残りました。鬼気迫るものがあり、相手に有無を言わせないような感じがして、こういうピアノってあるんだなと思いました。
 彼はこういう社会が難しい状況の中で、一言も口には出さないけれど、プログラミングにメッセージが感じられて、それも心に残りました。
 第2位のロペス・サラスさんはすごくセンスのいい音楽を持っていて、特にファイナルのリストは圧倒的でした。あと、セミファイナルの新作をとても工夫して、意表を突くようなこともしながら面白く弾いていたことが印象に残りました。
 演奏家として、お客さんや指揮者、オーケストラとコミュニケーションをとれるピアニストだということを、ロペス・サラスさん、サイエンコさん、パヴラックさんには感じました。

—— やっぱり、伝わらないといけないのですね。

 そうですね。技術力を問われるようになった昨今のコンクールで、でも大切なのは、やっぱりそれだけじゃないんだということをすごく今回は感じました。どれだけ訴えるかが大切なんですよね。
 そういう意味では、このコンクールはショパン・コンクールとはまた全然違う、型破りなことができるのだと思い、私にとってはいろいろな意味で新鮮でした。

Filharmonia Pomorska w Bydgoszczy

♪ 高坂はる香 Haruka Kosaka ♪
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/