パデレフスキ国際ピアノコンクール セミファイナルを振り返る

2022秋 高坂はる香の欧州ピアノコンクールめぐり旅日記 10

 パデレフスキ国際ピアノコンクール、10名のピアニストがリサイタルと協奏曲を演奏したセミファイナルが終わり、5名のファイナリストが発表されました。

結果発表を行う副審査員長ヴァネッサ・ラターシュ
©︎Haruka Kosaka

PAWLAK Piotr(ポーランド・24歳)
KRZYŻOWSKI Mateusz(ポーランド・23歳)
奥井紫麻 / OKUI Shio(日本・18歳)
LÓPEZ SALAS Pedro(スペイン・25歳)
SAIENKO Danylo(ウクライナ・31歳)

45〜50分のリサイタルと、モーツァルトのピアノ協奏曲を演奏するという課題だったこのセミファイナル、その聴き比べはやはり興味深いものでした。印象的だった場面を中心に振り返ってみたいと思います。

会場となっているフィルハーモニア・ポモルスカ

 まずリサイタルで興味深かったのは、新作課題曲、ポーランドの現代作曲家 Hanna Kulenty による「Atlantiss Solo」。新作課題ではよくありますが、今回もまた、人によってテンポ感からまったく異なり、まるで別の曲のように聞こえるほどです。

 ブルガリアの Georgi Vasilev さんは、硬めでクールな音を使って「Atlantiss Solo」の世界を表現。拍をしっかりとととりながら、力強い印象に仕上げていました。

 一方、次に演奏したスペインの Pedro López Salas さんは、抒情的でたっぷりと歌う表現で演奏。先ほどとは真逆の世界が広がります。

Pedro López Salas ©︎Haruka Kosaka

 そこから演奏したグラナドスの組曲「ゴイェスカス」(画家のゴヤの作品からインスピレーションを得て作曲したことで知られる作品集です)から「わら人形」を演奏。祖国の作曲家の楽曲で鳴らす伸びやかで華やかな音が一気に会場の空気を変えた瞬間が印象的でした。ちなみにこの「ゴイエスカス」、各楽曲が直接絵画と結びついているわけではないのですが、この「わら人形」だけは具体的に作品と関連しています。ゴヤの「わら人形遊び」を見てからLópezさんの演奏を聞くと、表現されてるなぁ!と感じるでしょう。

ゴヤ「わら人形遊び」

 話が少し脱線しましたが、そんなLópezさんはファイナルに進出。リストのピアノ協奏曲第1番を演奏します。「リストはとても情熱的な作曲家。歌い方やハーモニー、そこから感じられる特別なパッションを感じてほしい」とのこと。

 奥井紫麻さんも、「Atlantiss Solo」をとても抒情的でなめらかに、そして表情豊かに演奏しました。音楽がとても立体的に響きます。そこから憂うような空気を保ったままショパンのエチュードOp.25-7を演奏するという、美しい流れも印象に残りました。

Shio Okui ©︎International Paderewski Piano Competition Bydgoszcz

 ラヴェルの「夜のガスパール」から「オンディーヌ」で繊細な音を響かせたあと、最後に演奏したのはラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番。華奢な体から、ラフマニノフならではのハーモニーを潔いタッチでボリュームたっぷりに鳴らします。自分の呼吸でたっぷり歌いながら、聴衆を音楽の世界に引き込みました。
 ファイナルに進出し、ショパンのピアノ協奏曲第2番を演奏。奥井さんの繊細でクリアな音が合いそうです。

 ポーランドの Mateusz Krzyżowski さんの「Atlantiss Solo」は、とても落ち着いた演奏で、また別の印象を与えます。そこからプロコフィエフのピアノ・ソナタ第4番に移ると、パワーのある音のコントラストがより鮮明に際立ちました。
 ファイナルに進出、シマノフスキ唯一のピアノ協奏曲作品である、交響曲第4番「協奏交響曲」を演奏。これはシマノフスキがザコパネに拠点をもち、現地の民族音楽により強い影響を受けながら作品を書いた時代の作品。ポーランド人のKrzyżowski さんがどんな表現で聴かせてくれるのか、楽しみです。
 「とても好きな作品なので、演奏できるのが楽しみ。明日は朝からリハーサルだけど、またここに戻って来られるのが待ちきれない! まさかファイナルに進めると思っていなかったから本当にうれしくて」と、口調こそ静かでしたが、お顔によろこびが満ち満ちていました。しかしなぜか写真に撮ると表情が暗い!

Mateusz Krzyżowski ©︎Haruka Kosaka

 一方の課題、モーツァルトのピアノ協奏曲でも、かなり個性が表れました。この課題は、多くの国際コンクールで取り入れられていますが、そのシンプルな音楽の中にピアニストの技術、音楽性、センスの全てがありありと見えてしまうレパートリーです。カデンツァのパートのセレクト、そして選曲そのものにもキャラクターが表れます。

 日本の田久保萌夏さんは、ニ短調の第20番を選択。モーツァルトの中では数少ない短調の作品です。まろやかな音を鳴らし、オーケストラとの掛け合いを楽しみながら、楽曲をそのまままっすぐに届けるような爽やかな演奏を届けました。演奏を終えて、「楽しくて幸せな時間でした。リハーサルから勉強になるのに加えて楽しく、あっという間の時間でした」とのこと。
 ファイナル進出はなりませんでしたが、このステージで演奏できたこと自体「素晴らしい経験ができた」と話していました。

Moka Takubo ©︎Haruka Kosaka

 ポーランドの Piotr Pawlak さんも第20番ニ短調を選択。あたたかく、同時に透き通った音で、この悲しみにあふれたモーツァルトの音楽を奏でていきます。カデンツァもとてもユニークかつドラマティックなもので、そのパートだけで一つの小品になりそう。
 ファイナルに進出し、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を演奏。
「とても好きな協奏曲の一つ。この曲については僕はストーリーが話せるくらい。ピュアな喜びが感じられる1楽章も好きだし、とくに2楽章がすばらしいでしょう。この音楽って、どこか天からベートーヴェンに降ってきたのではないかと思えます。それをちゃんと皆さんに伝えられるようにしたいと思います」と話していました。

Piotr Pawlak ©︎Haruka Kosaka

 ちなみに Pawlak さん、195センチあるそうです。背が高いとピアノ演奏に有利ですか?と聞いてみると、「そんなことはない、とくに古くて小さいピアノを弾くときは膝がピアノの下に入りきらないから、離れて座らないといけなくて弾きにくい!」と話していました。あと見た目のバランスもチグハグで、それもいやだと笑っていました。

 ウクライナの Danylo Saienko さんもまた、第20番ニ短調を選択していました。深く奥に入ってゆくような音色で弾き進めてゆくモーツァルト。やさしさと緊張がかわるがわる現れ、自然に流れてゆく音楽が心に触れました。
 Saienko さんもファイナルに進出。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番を演奏します。
 ウクライナ情勢のニュース、ポーランドにおける状況も少し雲行きが怪しくなってきましたが、Saienko さんが心穏やかに音楽に向き合える状態であってほしい…難しいと思いますが。

右:Danylo Saienko ©︎International Paderewski Piano Competition Bydgoszcz

 1日の空き日をおいて、ファイナルは11月18日、19日の2日間にわたって行われます。

♪ 高坂はる香 Haruka Kosaka ♪
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/