INTERVIEW 篠崎史紀 (ヴァイオリン)

北九州を愛する人々が「共有する空間」
そして音楽の「再生と伝承」を体現する音楽祭

取材・文:山田治生

 北九州市出身で、北九州市文化大使を務める、NHK交響楽団第1コンサートマスターの篠崎史紀に北九州国際音楽祭の魅力と聴きどころなどについてきいた。

篠崎史紀(c)井村重人

——篠崎さんは、北九州国際音楽祭と長く関わっておられますが、ここではどういうプロジェクトに取り組んでいるのでしょうか?

篠崎史紀(以下同) 北九州国際音楽祭の特徴の一つに、自分たちで作ったオリジナルのプログラムを一つずつ提示していることがあげられます。僕の担当している企画は、地元出身の音楽家を中心として、若い人たちとやっている指揮者なしのオーケストラです。

オーケストラに指揮者がいないとはどういうことなのかと思うかもしれませんが、巨大な室内楽として動いているみんなの遊び場のようなイメージです。音楽を目標にして、みんなでそこに到達する山登りのような感覚です。

——マイスター・アールト×ライジングスター オーケストラ=(頭文字をとって)MAROオケ、ですね。

「マイスター アールト ロマンティカー オルケスター」として始めましたが、未来を担う若い人も入れて、「マイスター・アールト×ライジングスター オーケストラ」になりました。最初はオーディションで18才以上30才以下の若い演奏家を集めました。今や、その頃のライジングスターのメンバーがあちこちで活躍しています。ヴァイオリンの青木尚佳、小林壱成、大江馨、チェロの笹沼樹、藤原秀章、伊東裕らです。

オーケストラは、本来、指揮者がいることによって次のステップに上がることができるのです。先日のブロムシュテットとNHK交響楽団(コンサートマスター:篠崎)とのマーラーの交響曲第9番のように、指揮者がいることで人智を越えた演奏をすることが可能になることもあります。

逆に、指揮者がいないことで、オーケストラは自主性を学びます。若干アトラクション的なスリリングなアンサンブルを味わうこともできます。

リハーサルは、僕が一番年上なので、進めていくことになりますが、若い演奏家が意見を発言できるような環境を作ります。若い人には質問形式できくようにしていますが、ここのメンバーはそれにしっかりと答えてくれます。

Maroオケ(c)2021北九州国際音楽祭

——今年のプログラム11/12)の聴きどころを教えていただけますか?

モーツァルトの交響曲第38番「プラハ」は宇宙への入り口ですね。そのあとの三大交響曲という宇宙への準備です。古典的な側面やモーツァルトのちょっとした遊びを聴いていただけると楽しいです。

プロコフィエフの「古典交響曲」は、もしもハイドンが現代に生きていたらという形で書かれたものですから、古典的なスタイルと現代奏法のメカニックとの両方の側面の醍醐味が味わえると思います。

最後は、これまでにも音楽祭で演奏したことのあるベートーヴェンの交響曲第7番。このオーケストラは、毎年メンバーが固定されているわけではないので、今回のメンバーでの新しいベートーヴェン第7番にわくわくしています。

——今年はMAROオケのメンバーによる「チェロ8」(11/23)の演奏会もありますね。

MAROオケから別のアンサンブルができないかという実験が「チェロ8」です。今回は、北口大輔が中心になりますが、みんなで意見を出し合って、作り上げていきます。

チェロは、下は通奏低音から上はメロディまですべてが表現できる、弦楽器のなかで最も可能性のある楽器だと僕は思います。そのチェロで、人数が集まると本当に下から上まで揃います。チェロという楽器の可能性を楽しんでいただける演奏会になると思います。

上段左より:北口大輔、篠崎由紀、黒川実咲 ©井村重人
下段左より:小畠幸法、笹沼樹 ©Kei Uesugi、グレイ理沙、佐山裕樹
※桑田歩氏は、都合により出演を見合わせることとなりました。

——北九州国際音楽祭が熱心に取り組んでいる教育プログラムについてはいかがですか?

演奏会を体験してもらうためのプログラムですが、僕のなかでは、音楽は“教育”するものではなく、“必要”なものなのです。僕は、教育プログラムを、教えるためではなく、感じてもらうためにやっています。若い人にもっと音楽を体験してもらいたい。

演奏家にとっては、教育プログラムとかは関係なく、ただ聴衆と偉大な作曲家のつくった作品を共有し合えればよいと思います。ここでは、子どもたちにおなじみのテレビや映画の音楽ではなく、たとえば中学生にシューベルトの八重奏曲を演奏します。そして、対象年齢に合わせた話や解説をつけます。

左:まろさんのヴァイオリンが上手くなるひみつ(特別プログラム:2022.8/11)
中央:小学生の鑑賞教室(2015)
右:幼稚園訪問コンサート(2020)

——北九州国際音楽祭のなかで特に思い出に残っている公演をあげていただけますか?

ウィーンで一緒に演奏していたチェロのフランツ・バルトロメイとの共演(2005)やハンガリーの仲間たちとのロマ(ジプシー)音楽(2010,2011)ですね。僕の地元=ハイマート(Heimat)で彼らと一緒に演奏できたのはものすごく大きな思い出です。

——篠崎さんの地元への強い思いが伝わってきます。

自分の地元はアイデンティティであり、とても大切です。なので、そこで演奏できるのは一番の幸せです。そして地元で長哲也(ファゴット)、田中香織(クラリネット)、双紙正哉(ヴァイオリン)ら北九州市出身の次の世代の音楽家たちとバトンタッチできるのはもっと素敵です。双紙や南紫音(ヴァイオリン)は、父の弟子で、彼らが子どもの頃からよく知っています。音楽祭の拠点である北九州市立響ホールは、来年開館30周年を迎えます。地元出身アーティストとも、記念となるコンサートができるといいですね。

クラシック音楽は、「再生と伝承」で成り立っています。年代関係なく同じ時間を共有できる。そして世界中で、数百年前の作品を、世代の異なる音楽家が演奏し続けている。点が線になっていくのがクラシックの一番の面白さだと思います。その一部を自分も担っているということが、音楽祭を続けている意義だと感じます。

——メイン会場である響ホールについてはいかがですか?

名前通り、響きが良いホールが自分のハイマートにあるのがうれしい。アンサンブルから室内オーケストラまで、ちょうどいいサイズ。舞台に広さがあり40名程のオーケストラにもベストです。

北九州市立響ホール

——篠崎さんにとって、北九州国際音楽祭とは? そして音楽祭のこれからについてお話しいただけますか。

演奏者だけでなく、聴衆、スタッフを含めて、みんなで「共有する空間」でしょうか。

アーティストをMAROオケに誘うときに、「北九州でラーメンを食べないか?」とメールを出します。すると、「絶対に行きたい!」という返事が返ってきます。学生時代から演奏していた思い出の場所に戻ってきたいと。北九州が第2の故郷というイメージを持ってくれているのですね。そういう場所で伝承できる。これを止めないで、続けてほしいですね。

聴衆のみなさんもこの音楽祭を覗けば、手作りの温かみを感じることができます。地元色がつよい“人間味”は北九州国際音楽祭ならでは。この音楽祭には、「音楽の愉しみ」、ドイツ語でいう、「シュピーレン(spielen)」と「ムジツィーレン(musizieren)」の感覚があるのです。

2022年10月、オンライン・インタビューでの篠崎史紀氏

■マイスター・アールト×ライジングスター オーケストラ
コンサートマスター:篠崎史紀(N響第1コンサートマスター/北九州市文化大使)

11/12(土)15:00 北九州市立響ホール
■Maroオケ チェロ・セクションによるチェロ八重奏 チェロ8(エイト)
11/23(水・祝)15:00 北九州市立響ホール
※桑田歩氏は、都合により出演を見合わせることとなりました。
■庄司紗矢香(ヴァイオリン) ジャンルカ・カシオーリ(フォルテピアノ)
12/3(土)13:00 北九州市立響ホール

2022北九州国際音楽祭
2022.10/9(日)〜12/3(土) 北九州市立響ホール、北九州ソレイユホール、西日本工業倶楽部 他
問:北九州国際音楽祭事務局093-663-6567
※公演の最新情報は公式ウェブサイトでご確認ください。