2023年に創設35周年を迎える北九州国際音楽祭。海外オーケストラの招聘や音楽祭オリジナル企画を通して、クラシック音楽の鑑賞機会を提供し、次世代の育成に貢献してきた。NHK交響楽団・第1コンサートマスターであり音楽祭の創成期から参加している篠崎史紀(ヴァイオリン)、スイスと日本の両方で活躍してきた田中香織(クラリネット)、東京都交響楽団首席奏者の長哲也(ファゴット)、国内外のコンクールで実績を重ねる谷昂登(ピアノ)、音楽祭の常連であるベテラン奏者から気鋭の若手アーティストまで、様々な世代の北九州市出身アーティストに話を聞いた。
取材・文:片桐卓也
福岡県北九州市の様々な会場で行われる「北九州国際音楽祭」は2022年も多彩なアーティスト、プログラムを揃えて開催される。今年は例年より早く8月14日に「夏の特別コンサート」でスタート。10月以降はサイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団(10/9)をはじめ、この音楽祭だけでしか聴くことができない「マイスター・アールト×ライジングスター オーケストラ」公演(11/12)、さらに「Maroオーケストラ チェロ・セクションによるチェロ八重奏 チェロ8」(11/23)、「庄司紗矢香(ヴァイオリン)&ジャンルカ・カシオーリ(フォルテピアノ)」(12/3)など、本当に楽しみなコンサートが並ぶ。「教育プログラム」「特別プログラム」といった地域に密着したコンサートも豊富だ。今年、音楽祭に参加する4人のアーティストを迎え、音楽祭の魅力、北九州市の魅力について語ってもらった。
音楽を育む土壌
——北九州国際音楽祭は毎年、多彩なプログラムが楽しみですが、参加されるアーティストに実は北九州市出身者が多いですね。しかも、ひとつの楽器に偏るのではなくて、弦楽器、管楽器、ピアノと幅広い。
篠崎史紀 北九州市に人材が豊富な理由は、この街の置かれた位置によるところが多いのではないかと思います。『日本のシチリア』と呼ばれている、というのは冗談ですが(笑)、アフリカとイタリア半島の間にあって古代から文明の栄えたシチリア島のように、北九州という地域は、多様な文化を持つ九州の人が本州に出て行く時に必ず通る街でした。北九州市も1963年に個性が違う5つの市が合併してできた新しい市。もともと多様性がある土地なのです。
長哲也 多様な文化を育てようという気持ちが、市民の中にずっとあるのではないかと感じています。それに気付いたのは北九州市のジュニア・オーケストラでの体験でした。市が練習場や楽器を提供してくれるなど、バックアップがとても充実しています。
田中香織 私は吹奏楽部でクラリネットを始めたのですが、その部活動に対する親たちの支援にすごく熱があるのです。それがあるから部活を続けられるというぐらいの応援ぶり。その熱さは北九州らしいなと思う点です。
長 それから、やはり北九州国際音楽祭の存在も僕にとっては大きかったです。毎年、世界の一流オーケストラを地元で聴くことができる。さらにはMaroさん(篠崎)のオーケストラと共演もできて、刺激がとてもありました。
谷昂登 音楽がすごく身近にある街だなという感じがしますね。この音楽祭には小学生の時から参加していますが、ソロだけでなく、室内楽をこの音楽祭の中で初めて体験させていただきました。
篠崎 谷君はほんとうに小さな頃、まだハイハイしている頃から知っています。こんなに早く成長するとは、時間が経つのは早いね(笑)。彼の演奏の特徴はロマンティックな音とフレーズ感覚の豊かさ。当時から人に何か感じさせるものを持っていて、可能性を感じていました。だから年齢差を感じないし、共演の時はその年齢差を感じさせてはいけないと思います。
オリジナル企画が次世代を育てる
——この音楽祭のハイライト公演と言えるマイスター・アールトは篠崎さんが率いるMaroオケから派生した実力派を揃えたオーケストラ。メンバーには同じく北九州市出身の双紙正哉さん(都響第2ヴァイオリン首席奏者)などもいらっしゃいますね。
篠崎 双紙は半ズボンの頃からの付き合いです(笑)。マイスター・アールトは小さなグループからスタートし、年を追うごとに大きくなって、いまはライジングスター オーケストラ(次代を担う若手奏者のオケ)と共演することが恒例となりました。そこで大事にしているのはクラシック音楽で重要な「再生」と「継承」というテーマですが、この音楽祭ではそれがうまくいっていると思います。
——基本的に指揮者をおかず、レパートリーも古典派が中心です。
篠崎 音楽祭の特徴は独自のプログラムを組んでいることですが、必ず海外オーケストラの公演があり、そのプログラムは規模の大きな作品、近代の作品が多いので、我々はもっと古典派に近い作品を中心にやっていこうと考えました。その基本は室内楽なのです。室内楽的な音楽作りを、交響曲にまで広げていこうということですね。
——今年の音楽祭のキャッチフレーズは「アンサンブルで行こう!」で、8月の「特別コンサート」からスタートします。そこではシューマンとドホナーニのピアノ五重奏曲が取り上げられ、谷さんが共演されます。
篠崎 ドホナーニの作品はどうしても皆さんに聴いていただきたくて、今回のプログラムに入れました。日本ではあまり演奏されない作品ですが、ブラームスに絶賛された作品で、ドホナーニの若い頃の勢いを感じさせる傑作です。
谷 僕にとっては新しい作品なので、音楽そのものを知っていくという過程が楽しいです。
発信拠点となるホールの存在
——音楽祭の多くのコンサートは北九州市立響ホールで開催されます。700席ほどの親密な空間で、「教育プログラム」などの会場でもあります。2023年で開館30周年を迎えるんですね。
長 マイスター・アールトのメンバーとの演奏はいつも和気あいあいという感じで、その中にも真剣さがあり、普段とは違った意味の緊張感があります。それを支えてくれるのが響ホールの音響かな。
田中 マイスター・アールトの奏でる音、その本番の時の熱量はとてもすごいものがあります。それはやっぱり響ホールのアコースティックがあればこそだと思います。
篠崎 お客様と演奏家の一体感がとても大事だと思うのですが、それが可能なホールです。そして街が一緒になって音楽を育む姿がそこにある。北九州からそれを発信していきたいですね。
——今年も楽しみにしています。ありがとうございました!
【information】
2022北九州国際音楽祭
2022.10/9(日)〜12/3(土)
北九州市立響ホール、北九州ソレイユホール、西日本工業倶楽部 他
夏の特別コンサート
8/14(日)14:00 北九州市立響ホール
問:北九州国際音楽祭事務局093-663-6567
http://www.kimfes.com
※各公演の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。