取材・文:林昌英
11月1日、注目すべき弦楽六重奏演奏会が開催される。これは2020年に結成されたCHAMBER MUSIC PLAYERS OF TOKYO(CMPT)の演奏会で、一昨年の初回と昨年の合奏に続き、今年は室内楽に取り組む。メンバーはヴァイオリン須山暢大・小林壱成、ヴィオラ横溝耕一・多井千洋、チェロ伊藤文嗣・伊東裕。国内オーケストラの首席や次席級で、ソロや室内楽にも活躍するプレイヤーばかり。このたびヴァイオリンのふたり、CMPT主宰者で大阪フィルのコンサートマスター須山と東響コンサートマスター小林に大いに語ってもらった。
須山「学生時代からすばらしい仲間たちとアンサンブルを定期的に続けていて、刺激があって成長にもつながり、なにより楽しいんです。長く続けていきたいなと考えていたところ、2020年に諸々のタイミングが重なりCMPT開始に至りました。その初回にCD録音もして、すごい集中力でいい演奏ができました。今回は室内楽でアンサンブルの向上と、小さめの親密な空間で少しずつファンを増やしていけたらと考え、弦楽六重奏にしました。」
小林はCMPT初参加。「これまでは留学などでタイミングが合わず、久しぶりに一緒に弾けます」という須山と小林は東京藝術大学時代からのつながり。
須山「壱成くんは7つ下になりますが、彼が藝大附属高校に入った頃には凄い人がいるという噂が大学まで伝わってきて、声をかけたんです」
小林「当時から須山さんにはよくしていただきました。高校生をちゃんと使ってくれるということがうれしくて、そういうところも須山さんの周りに人が集まってくる縁になっていると思います。藝大学部生のときには一緒に室内楽もやりました。いまはふたりともコンサートマスター同士で、10年越しの新しい邂逅というか化学反応があるのかなと楽しみにしています」
今回の六重奏はメンバーも大きな見どころとなる。注目のプレイヤーであると同時に、それぞれが親密さと信頼にあふれている。
須山「昔からの室内楽仲間、尊敬できるメンバーに声をかけました。横溝くんは大学から室内楽をやる機会があり、彼がいると安定感が違うし自分もより自由になれて、欠かせない存在です。多井くんは東響の前は京響にいて、ぼくはその頃首席のゲストに行くことが多く、以来仲良くしている友人です。文嗣くんは長くカルテットを一緒に組んでいて、ベートーヴェン後期もやりました。知識もすごいし、演奏のアナリーゼもすばらしい。裕くんは高校生で日本音楽コンクール優勝、すでに藝大入学時には有名人で、その頃から声をかけて何度かやらせてもらって。いまはトリオや都響首席で本当に忙しいけど、お誘いしたら受けてくれて本当に楽しみです」
小林「半分は東響の団員で、多井さんはオケでも自発性豊かで、コンマス席からすぐに目が合うし、仕事をこえて音楽をしたいという気持ちがあふれています。文嗣さんは独自のワールドがあって、周囲に左右されない部分をもっている。裕君はステラ・トリオやラ・ルーチェ弦楽八重奏団でも一緒だし、長いつきあいがあります。かっこいいプログラムになかなか暑苦しいメンバー(笑)、いいなあと思います」
そのプログラムは、R.シュトラウス《カプリッチョ》前奏曲、シェーンベルク「浄められた夜」、チャイコフスキー「フィレンツェの思い出」の3曲。須山がかねてから「このプログラムでいつか演奏会をやりたい」と思い続けてきたものだという。
須山「『浄夜』はロマン派の極みで本当にすばらしい曲。『カプリッチョ』の六重奏の前奏曲はコンサートを始めるにもぴったりです。こういったロマン派の究極ともいうべき作品は、弦楽器の魅力がすごく出る音楽だとも思います。それらを聴いていただいた後の『フィレンツェ』で、弦の面白さが多角的にみられるはずです」
小林「3曲とも名前が付いている曲で、面白いなと思います。個人的にはシェーンベルクについて、論争を起こしたブラームスとワーグナーをうまく引き継いだツェムリンスキーの弟子、という要素を感じています。半音階的な緊張の高まりや官能性にあふれてはいるんですが、彼の音程感、構築感はすごくブラームス的なんですよ。プログラムの順番も、前半の半音階のねじれたエネルギーから最後にチャイコフスキーで発散される感じがいいですね。『フィレンツェ』は白黒映画のような、今の視点から過去をみるような気持ちになり、色あせないものを感じます」
パートについては、ヴァイオリンはファースト須山・セカンド小林、ヴィオラはファースト横溝・セカンド多井、チェロは交代があり伊藤文嗣が「カプリッチョ」「フィレンツェ」のファースト、伊東裕が「浄夜」のファーストを務める。小林はセカンドを弾けるのがうれしくて仕方ないという。
小林「学生の頃からセカンドを弾くことが多く、曲の雰囲気を作ること、かつ内声の音程感を操るというのが大好きなんです。『浄夜』はファーストしか経験がなくて、どうしてもセカンドをやりたかった(笑)。心情を吐露する場面の細かい音など、ムード作りがとても楽しみ。ただ、このセカンドはすっごく難しいんですよ!(笑)」
気心知れたメンバーだからこそ「妥協せずに作っていきたい」と須山は意気込む。
須山「一人ひとりの自発性は絶対に消したくないと思っています。個と個が溶け合う瞬間もあればぶつかる瞬間もあると思うので、そういうのをお客様には楽しんでいただきたいと思います。最終的な演奏の形があるとすると、最初からその枠を越えないようにと気を遣いすぎるのではなく、リハーサルではまず全員飛び出していって、それを削りながら形にしていきたいなと」
小林「その考えに深く共感します。先輩方が作ってきた日本のオケの歴史は凄いもので、アンサンブル能力をしっかり積み上げてきたのはありがたいことですが、僕たちはさらにその先を開拓していくのが使命だと思っています。留学したときには、みんな始めはぐちゃぐちゃで疲れますが(笑)、その疲れは気持ちいいもので、話し合えば確実にいいものに変わっていく。今回のメンバーだったらそれができるんじゃないかと楽しみです。須山さんがいるだけで明るく和やかになりますし」
須山「長期的にメンバー同士で高め合いながら、いつまでも、おじいちゃんになっても音楽を追求できる団体になればと思っていますので、足をお運びいただけたらうれしいです」
CMPTへの想いは、長い音楽人生にまでつながっている。その在り方の新たな一歩、六重奏の名曲の快演を楽しみながら見届けたい。
話は変わって、せっかく東西名門オーケストラのコンサートマスターがそろったので、それぞれの楽団とコンマス業について少し語ってもらった。
小林「東響コンマス就任は昨年9月で。そこから1年経ちましたが、他の楽員さんには“まだ1年なの?3年くらいいるような存在感”と言われます(笑)」
須山「いいことだと思いますよ!コンマスというのは信頼関係が大切で、時間がかかるものですが、そういわれるのはよい関係があるということ。僕は大フィルで5年になります。コンマスってやはり特殊なポジションで、経験しないとわからないことがたくさんあります。このくらいの年齢からそういった経験をさせてもらえることはありがたいことだなと思います」
小林「まだ1年ですが、本当にあっという間に過ぎました。練習初日、特に定期のときは前日は寝られません。ずっと楽譜とにらめっこして弾き続けて……10年くらいしたら要領得られるのかと思うけど、死ぬまではできないだろうと思います(笑)」
須山のコンマス就任は、現音楽監督の尾高忠明の就任と同時。いわば尾高&大阪フィルの歩みと一心同体ということになる。筆者は須山がコンマスを務めた大阪フィルと尾高がフェスタ・サマーミューザに参加したエルガー交響曲第1番を聴いたが、本当にすばらしい名演で、あたかも海外のオケのような厚いサウンドと熱い表現に夢中になった。
須山「尾高マエストロは経験豊富で、育ててくださる感じがあります。たくさんアドバイスをいただいて、鍛えてくださって。マエストロと同じタイミングで入団させてもらえて、すごくありがたいことだなと思います。マエストロはオケの鳴らし方が上手、一人ひとりが楽器を鳴らしきれるような状況にするのがうまいと思います」
小林はジョナサン・ノット(東響 音楽監督)にも見込まれた存在。よく個人的に聴きに行くほどのノット&東響ファンという須山は「すごく充実していますよね」とコンビの成果を称賛する。小林はノットとの刺激的な音楽づくりについてこう表現する。
小林「東響は指揮者が言ったことは一瞬でやるオケです。やりすぎというほどに。それで、ノットさんは監督として長いですが、毎回毎回初めてみたいな感覚になるんです。オケがそれこそぐちゃぐちゃにされちゃう(笑)。彼が考えることをキャッチしようとすると逃げられるし、つかまえたと思ったら“違うなあ”みたいな顔されたり。とにかく振り回しているという状態が好きなんだなと思いますし、本番もそうなんです。でもそれが渦を巻くような感じになり、ものすごい演奏になっていきます」
【Information】
CHAMBER MUSIC PLAYERS OF TOKYO
国内屈指の室内楽プレイヤーによる弦楽六重奏
2022.11/1(火)19:00 Hakuju Hall
出演
須山暢大 小林壱成(以上ヴァイオリン)
横溝耕一 多井千洋(以上ヴィオラ)
伊藤文嗣 伊東裕(以上チェロ)
曲目
リヒャルト・シュトラウス/《カプリッチョ》
シェーンベルク/《浄められた夜》 Op.4(弦楽六重奏版)
チャイコフスキー/弦楽六重奏曲 ニ短調 Op.70 《フィレンツェの思い出》
問:(株)オーパス・ネクスト
tokyostrings_soc@opus-next.com