“ひとりでも多くの方に、長く音楽を愛していただきたい”
その気持ちが、わたしの原動力
—— 名ヴァイオリニストで世界的な音楽指導者として知られるザハール・ブロン氏に学び、2009年、史上最年少でリピンスキ・ヴィエニアフスキ国際コンクール第1位と特別賞を受賞するなど、幼い頃から国内外を往来する日々を送ってきた服部百音。今夏のブレーメン音楽祭では、ニル・ヴェンディッティ指揮のドイツ・カンマーオーケストラとの共演を果たし、将来的にはカーネギーホールでのリサイタルが予定されている。あいかわらず国際的に多忙な日々を送る服部だが、ここしばらくは活動の拠点を日本に置きたいのだと言う。
服部 海外での活動は今後どうなるのですか?と聞かれることが多いのですが、わたしは今、海外で脚光を浴びることよりも、日本国内で活動することの楽しさに心を奪われています。日本での演奏会はとてもやりがいがあります。演奏会が終わるとすべてがリセットされるのではなく、ひとつの演奏会が終わり、同じお客さまが、次の演奏会にどのような思いで来てくださるのか? そういうことを同じ国の中で、同じ時間の流れの中で、感じることができることが嬉しいのです。
—— ある演奏会が、単なる一回限りのイベントとして終わるのではなく、聴き手と演奏者の関係性が熟成されていく様を体験したいのだと言う。しかし、それは一朝一夕にできることではない。
服部 国内を活動の中心に置くようになって、長い道のりを一歩一歩進んでいくという実感がもてるようになりました。お客さまの反応を肌で感じつづけることもできます。最初から用意されたプログラムの上に自分を投影するのではなく、自分自身が発想し、自分自身が企画した演奏会を開催し、聴いてくださった方々の反応を確認していくことが大切だと考えています。演奏家から聴き手の方々への音楽の伝播は、まるで湖面に小石を投げると波紋が広がるようなイメージ、わたしは、その波紋の軌跡を確認してから次に進み出したいのです。ひとりでも多くの方に、音楽の楽しみを感じていただきたい、末長く音楽を愛していただきたい、その気持ちが、わたし自身の活動の原動力になっています。
—— このような服部の心を投影した演奏会が、9月22日に浜離宮朝日ホールで開催される《ザ・ドラマティック・ヴァイオリン》だ。日ごろ、ピアノ伴奏で演奏されることが多いヴァイオリン名曲の数々が、室内オーケストラ伴奏版で演奏される。
服部 プログラムにある《ロンド・カプリチオーソ》や《弦楽セレナーデ》、《ツィガーヌ》などは、みなさんよくご存知の曲だと思います。もちろん、普段はピアノ伴奏でお聴きになることが多いと思いますが、今回はオーケストラ伴奏でお楽しみいただきます。オーケストラの多彩な音色感や、ソリストとオーケストラによるスリルあふれるやり取りなど、聴き慣れた曲に新たな発見があることと思います。ほかに、プログラムで告知したシンディングの曲、たぶん、ほとんどの方がご存知ないのではないでしょうか?
—— クリスティアン・アウグスト・シンディングは1856年、ノルウェーで生まれた作曲家。最初にヴァイオリンを学び、後に作曲の道に進んだ。それにしても、シンディングの《ヴァイオリン組曲》とは、なんともレアな選曲だ。
服部 この曲、たぶん日本では誰も弾いていないのではないでしょうか?10分そこそこの演奏時間ですが、オーケストラと共演すると、曲本来の良さが際立ちます。音の響きとか和声の中に人間的なドラマがある。とても肯定的な心持ちに満ちた曲です。ヨーロッパの室内楽オケが取り上げることはよくありますが、日本では滅多にないですね。メンデルスゾーンやチャイコフスキーなど、いわゆる「定番の名曲」は、本当によい曲で、この世に残りつづけるものなのでしょうが、それ以外の曲の中にも、じつは、日本人の心の機微とか琴線に響く曲がたくさんあるのです。
—— 埋もれた名曲を掘り起こす作業、それは演奏家がやるべき仕事だと服部は考えている。
服部 ピアニストに比べると、ヴァイオリン奏者の数は少なく、「隠れた名曲」も自ずから埋もれがちになります。それらを発掘して演奏していくのが私たちの義務だと考えています。もちろん、曲の魅力を伝えるには、まず良い演奏をしなければなりません。それもまた、演奏家の大きな責任だと思います。
—— 演奏家としてのあるべき姿を、自身が発想して企画した演奏会で具現化していく。服部百音が辿るその道程を、この日本で目撃できることは、わたしたち聴き手にとっては大きな喜びだ。そして、12月にはStoria IIの開催が予定されている。2020年、第30回出光音楽賞を受賞した3人の音楽家による演奏会で、いずれもいまの日本を代表するソリストたちの共演である。
服部 昨年、ピアノの亀井聖矢くんと共演したStoria Iの続編となるもので、今回は、ピアノの藤田真央くん、チェロの佐藤晴真くんとトリオを組みます。Storiaはイタリア語で「歴史」という意味ですが、このシリーズを続ける中で、わたしを含めて参加してくれた演奏家の足跡が残るような演奏会にしていきたいと考えています。
—— それぞれが強烈な個性を持った3人の若き演奏家たち。現時点でもまだ、演奏曲目が決まっていないのだという。
服部 出光音楽賞がきっかけとなって「題名のない音楽会」に3人で出演したのが、このトリオを組むきっかけでした。良い意味で、3つの個性がぶつかり合うので、リハーサルもまとまらない感じでしたが、次第に音楽が練り上がっていき、本番では素晴らしい演奏に昇華していく。いわゆる、3人の化学反応のようなものを感じていただければと思います。すでに、演奏曲目を決めるところから、ぶつかり合いが始まりそうですが(笑)。
—— 服部百音は、豊かな音楽性と卓抜な演奏技術を持ちつつ、音楽世界の来るべき未来に想いを馳せている稀有な音楽家である。彼女が語る言葉の中に、音楽家としての強い使命感が溢れていることに驚かされる。彼女の足跡が描き記していく「Storia=歴史」の先には、音楽の明るい未来が見えるような気がした。
取材・文:白柳龍一
《ザ・ドラマチック・ヴァイオリン》
服部百音(ゲスト・ソリスト) タクティカートオーケストラ室内オーケストラ
2022.9/22(木)19:00 浜離宮朝日ホール
問:サンライズプロモーション東京 0570-00-3337
クリスマス特別公演 《Storia II》
服部百音(ヴァイオリン)、佐藤晴真(チェロ)、藤田真央(ピアノ)
2022.12/23(金)18:30 東京オペラシティ コンサートホール
問:サンライズプロモーション東京 0570-00-3337