柴田俊幸のCROSS TALK 〜古楽とその先と〜
Vol.6 シギスヴァルト・クイケン in ベルギー[第3回]

若者よ、哲学を持て

Sigiswald Kuijken & Toshiyuki Shibata
Photography: Tetsuro Kanai

 現代を代表するヴァイオリニスト/指揮者にして、今年創設50周年を迎えた古楽オーケストラ「ラ・プティット・バンド」を率いるシギスヴァルト・クイケンさん。20世紀後半の古楽リバイバル運動が興った時代を知るレジェンドです。当時のパイオニアたちには、時代のうねりを起こす“反骨精神”がみなぎっていたようです。この対談は、柴田俊幸さんが、昨年夏、ベルギー・コルトレイクのクイケンさんの自宅を訪ねたときのもの。試行錯誤を重ねながらピリオド奏法を追い求めてきた彼にしか語れないこと、いま私たちが聞いておくべきこと ── 興味深いお話を3回に分けてお届けします。

♪Chapter 7 “ロビー活動”より挑戦を

柴田俊幸(T) あなたの若い頃と違い、今日は古楽においても競争社会と言っても過言ではありません。我々若い世代はこの現代社会で何をしていけばいいのでしょうか。

シギスヴァルト・クイケン(S) 現代社会の問題は、人それぞれが個人的な哲学を持つことの大切さを全く知らないこと。芸術の世界全体が、どんどん成功や成果を求めるようになり、物質主義的な生き方、アーティストとしてのキャリア作りなどばかりを考えるようになっている。長い人生、これだけでいいのかい? 自分がしたいことをしようとしても、「こんなことやっても有名になれない、演奏の可能性がない」などと思い、挑戦をやめてしまう。

自分自身、何がしたいのか問いかけてみるべきだよ。自分自身の哲学を心に持つことで、あなた自身に変化が起こる。その結果、仕事が増えたり、いい仕事ができるようになったりする“かも”しれない。他者を排除し仕事を奪い取ろうとする、そんな闘いが音楽の世界に必要あると思うかい?

世界中で普遍的に共有されている「スピリチュアル」な概念を私は強く信じています。国籍や宗教、カトリックかプロテスタントかも関係ありません。音楽だけでなく、生きることに対して、万物に対して開かれた心を持ち続けることが、周りと違う自分自身を保つことに繋がり、その結果、周りの人を惹きつけるんだ。だからこそ、より多くの仕事を得ることができる。 だけど、最も重要なのは質であって量ではないんだ。だから、質を極め続けることが一番大事なんだよ。

T 音楽大学や音楽院ではたくさんの課題をこなすことばかりに必死で、そのことを忘れがちだと思います。学校の在り方とはどうあるべきなのでしょうか?

S 音楽院は、芸術家になるために必要な最小限のものを提供するべき。音楽家という同志たちをわざわざライバル視し、コンクールに入賞するための速さと正確さ、より多くのコンサートを得るためのスキル、これらは音楽院で学ぶべきことなのだろうか? ロビー活動が上手くできる政治家になった証明のために卒業証書が発行されるべきではないよ。

一部の既得権益が守られる、つまり一部の音楽家だけに演奏会のオファーがくる世界が出来つつある。業界として、これは果たして「発展」なのだろうか? それはとても不幸な発展で、私たちは自分自身の首を絞めているようにしか感じません。

物質主義的な発展を遂げる現代社会のせいで、人生はあまりにも速く、あまりにも忙しくなり、これ以上進むことができなくなっている。今こそ我々は、立ち止まること、一歩下がって考えることを学ぶべきです。何が本当に大切なのか。 私はもう年寄りなので、自由に話すことができるわけで…トシ、君の立場が同じではないことは理解しています。君の人生は目の前にあり、この現代社会というマーケットの中で芸術をつくらなければならない。私は77歳、やりたいことはやったし、もうこれでいいんだ。今さら何かを得る必要はない。

T もし人生もう一回やり直せるとしても、同じ道を歩みますか?

S 私だったら…同じことをするかな。何かを始めなければならない状況に自分がいることはもう想像できないけど…私のことだし、きっと同じように創意工夫を繰り返して、量ではなく質を第一に考え、自分のやっていること、やりたいことをひたすら挑戦し続けるでしょう。

♪Chapter 8 古楽の“その先”

T 古楽の未来はどうなるんでしょうか。

S 決してネガティブなことばかりではなく、常にポジティブなこともあるはずだよ。「古楽」で生活している人たちの大部分は、生き残ることだけで大変だけど。

最近たくさん起こっているクロスオーバーは、この産業に多くのコンサートをもたらすもの。例えば、バロック音楽にロックの影響を少し加えたら、簡単に「バロック・ロックンロール」ができる。私としてはバロックの概念を曲げていると個人的に思うんだが、ある意味、別の意味で発展しているとも言えるのでしょう。

ただ、古い音楽の発見や演奏法から始まった古楽復興運動そのものは、今では間違いなく「火の車」状態。特にバロックにおける発見などはもう古臭く、新しいレパートリーを見つけたとしても、面白くない作品ばかり。

どんな現象にも始まりがあり、発展し、そしていつかは消えていくもの。バロック芸術の本質、美しさといった純粋な理念の広がりはもう存在しないのかもしれない。一方で、その芸術の魂をひっそりと守っている人もいます。

美術館に行って、イタリアやフランドル、フランスの絵画を見る人たちは、そこに留まって、自分が何を見たかを理解します。今日の美術館はそれを普及させようと努力している。絵画の中の人が動くような技術を使うこともあると聞いたけど、私にとってはナンセンスなこと。でも、他の人にとってはとても真面目で、新しい進化なのです。それを否定はしないよ。 ただ、私はそういうのに興味がない。やはり絵だけを黙って見る、そしてまた別の絵を見るのが、私は好きなのです。

T それは現代社会が常に新しい、別のものを求めていることに直結すると思うのですが。

S それで新しいものが生まれることは素晴らしい。若い人たちがどんどん古楽を広げているのも素晴らしい。しかし「何か新しいことをやらなきゃいけない」という傾向があるのはどうしたことなんだろう。特に音楽院などの教育機関が「こうすれば新しいもの、新しい方向性になる」と指図するのは、あまりに行き過ぎだと思う。

新しいアイディア、コンセプトを生むには時間がかかる。我慢して待たないと。みんな焦りすぎだ。人々は未来をコントロールして、「アヴァン=ギャルド」を引き起こそうとしているようだね。でも、コントロールされた状態から本当のアヴァン=ギャルドは生まれないっていうことは、歴史を見ればわかるはずだよ。

♪Chapter 9 思い出のレコーディング

T これまでにたくさん録音をしてきたと思うのですが、一番のお気に入りの録音を教えてほしいです。そういえば、レオンハルトのインタビューで同じ質問をした人がいて、彼は「申し訳ないが、自分の録音を聴いたことがないので、答えられない」と言っていました。あなたもそう答えますか?

S ハハハ。確かにそうなんだけど…でもいくつか挙げることはできる。1981年のバッハのソナタの最初の録音は、トスカーナのカステッロ・メディチェオでの素晴らしい経験だった。美しい場所、とても良い音響で、良い記念になったと思う…。オランダのハーレムでの録音もたくさんある。モーツァルトのヴァイオリン・ソナタはすべて向こうで録音したんだ。エンジニアリングの関係で音はあまり良くないけど、演奏はとてもいい。とても満足しています。ルク・デヴォス Luc Devos との録音で。唯一無二の“partner in crime”(=悪友)ですね。何も議論しなくてもいい、兄弟のような関係でしたが、ひょっとしたら兄弟とやるよりもやりやすかったかもしれない(笑)。血がつながっていると、お互いに批判することで変にギクシャクしてしまう。ルクとは何も問題が生じなかった、そこには完全な自由、狂気、創造性、厳格さ、すべてが存在したのです!

あとは、ストラヴィンスキーの録音はとっても気に入っているよ。シンプルだけど生命力に満ちたレコーディングに仕上がった。とっても楽しかったのを覚えてます。

♪Chapter 10 ただ作品を受け入れる

T 最後になりましたが、ラ・プティット・バンド(LPB)50周年おめでとうございます! 《コジ・ファン・トゥッテ》はこれを祝うプロジェクトになるのでしょうか?

S その通り。50周年記念ポスターも作りました。ハハハ(→欲しい人はどうぞご寄付を)。

ティエリー・ボスケ氏の絵画ポスター ©Toshiyuki Shibata

この記念のための最大のプロジェクトを用意しました。モーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》で、オーケストラを減らし、弦楽器5つとホルン2つ、チェンバロ1つだけにして、もちろん歌役はすべてそのままで、演出も、現代の18世紀末スタイルの衣裳、舞台上の身振りや動作などの慣習もまったく同じにして上演します。

今日のオペラハウスでは、現代的なメッセージを込めようと、創作したり、アクションを変えたりすることがあるけど、それは我々の目的とは正反対です。LPBではそのようなことを一切せず、ただ作品を「受け入れ」、可能であればすべての微細なディテールや美しさ、そして感情の変化を再現します。作品には触らないで、手を離してあげることです。そこにあるものを今日の観衆に見せるだけであって、新しい解釈を提示するわけではありません。そこにあるものに「気がつくこと」を目的としているのです。

モーツァルトがこの作品を書いたとき念頭に置いていたことに一番近い解釈をする、それが我々の仕事です。そのために、私たちがしなければならないのは、何が起こっているかを理解し、“行間”を整え直すことです。実際その作業は、いわゆる時代考証演奏法、つまりその時代の楽器と、かつての人々がどのように演奏していたかについての歴史的情報を考慮に入れれば、バロック音楽をいくつかの楽器で演奏するのと同じくらい簡単なことです。もちろん長年の学びと経験があってのことだけどね。

もちろん、創造的なことをしてみたい衝動は常にある。あなたはあなた、私は私、音楽家が違ったら違う結果が出てくる。本に書かれていることだけを実行するわけではありません。

また、私たちは今を生きている人間です。昔に書かれた「情報」を使って今日も仕事をするのであって、作品を変えるわけではありません。

T あなたにとって古楽という芸術の美しさとは何でしょうか?

S よく訊かれる質問です。不思議なもので、モーツァルトの四重奏曲はなぜあんなに美しいのか? 絵画でも建築でも詩でもそうだけど、心に響く良いものを体験する ── それが美しさなんだ。でも、「なぜ」なのか分析するのはとても難しい。でも、これらのものが何かを意味し、人生を語り、それが自分の内側に入ってくることは事実。なぜなら、美は言葉では言い表せないものであり、受け取るしかないものだからです。モーツァルトのカルテットを聴いても、美しさを言葉で説明することはできない、まさに言葉を超えた存在です。あらゆる美は言葉を超えたものであり、それについて語ることは非常に難しいのです。 とはいえ、我々音楽家にとって大切なことは、それについて話すことではなく、ただそれを実行することです。

(おわり)

シギスヴァルト・クイケン 来日情報
シギスヴァルト・クイケン 無伴奏リサイタル
2022.10/7(金)19:00 浜離宮朝日ホール
https://www.asahi-hall.jp/hamarikyu/event/2022/10/event2177.html
新・福岡古楽音楽祭2022
「古楽のごちそうバロック仕立て ~シギスのおすすめア・ラ・カルト~」

2022.10/14(金)~10/16(日) アクロス福岡
https://www.kogaku.net/program

◎LPB50周年記念公演 モーツァルト《コジ・ファン・トゥッテ》
La Petite Bande & Sigiswald Kuijken: Mozart’s Così fan tutte
2022.12/11(日)14:15  アムステルダム・コンセルトヘボウ
https://www.concertgebouw.nl/en/concerts/1569157-la-petite-bande-sigiswald-kuijken-mozarts-così-fan-tutte


シギスヴァルト・クイケン
Sigiswald Kuijken, violin/conductor

©︎ Tetsuro Kanai

1944年生まれ。64年にブリュッセルの音楽院を卒業。幼少期より兄のヴィーラントと一緒に古楽に親しむ。1969年、ヴァイオリンをあごの下で支えるのではなく、肩の上に自由に置く演奏方法を導入したことが、ヴァイオリンのレパートリーへのアプローチに決定的な影響を与え、1970年代初頭から多くの演奏家がこのスタイルを採り入れることになった。1964年から72年までの間、アラリウス・アンサンブルの一員として活動。その後も兄弟であるヴィーラントとバルトルド、グスタフ・レオンハルト、ロベール・コーネン、アンナー・ビルスマ、フランス・ブリュッヘン、ルネ・ヤーコプスなどバロックのスペシャリストたちと室内楽プロジェクトを立ち上げた。
1972年にはラ・プティット・バンドを結成。世界各地での演奏会のほか、多くの録音も残し、現在に至るまでリーダーとして精力的な活動を続けている。1986年、クイケン弦楽四重奏団結成。98年以降は、モダンのオーケストラも指揮するようになり、シューマン、ブラームス、メンデルスゾーンなどロマン派のレパートリーにも取り組んでいる。2004年には、自らの研究により復元したヴィオロンチェロ・ダ・スパッラでバッハ、ヴィヴァルディなどを演奏し、話題を集めた。
教育者としては、ハーグ音楽院やブリュッセル王立音楽院で長年教鞭をとり、ロンドンの王立音楽大学、シエナのキジアーナ音楽院、ジュネーヴ音楽院、ライプツィヒ音楽大学等で客員教授も務めた。
2007年2月にルーヴェン・カトリック大学より名誉博士号、2009年2月にはフランドル政府より「生涯功労賞」が授与された。2018年には、欧州古楽ネットワーク(REMA)からも生涯功労賞を授与されている。
https://www.lapetitebande.be/en/


柴田俊幸
Toshiyuki Shibata, flute/flauto traverso

©︎ Jens Compernolle

フルート、フラウト・トラヴェルソ奏者。大阪大学外国語学部中退。ニューヨーク州立大学卒業。アントワープ王立音楽院修士課程、ゲント王立音楽院上級修士課程を修了。ブリュッセル・フィルハーモニック、ベルギー室内管弦楽団などで研鑽を積んだ後、古楽の世界に転身。ラ・プティット・バンド、イル・フォンダメント、ヴォクス・ルミニスなど古楽器アンサンブルに参加し欧州各地で演奏。2019年にはB’Rockオーケストラのソリストとして日本ツアーを行った。ユトレヒト古楽祭、バッハ・アカデミー・ブルージュ音楽祭などにソリストとして参加。アントワープ王立音楽院音楽図書館、フランダース音楽研究所にて研究員として勤務した。たかまつ国際古楽祭芸術監督。   『音楽の友』『パイパーズ』『THE FLUTE』Webマガジン『ONTOMO』などに寄稿。
Twitter / @ToshiShibataBE
Instagram / musiqu3fl711
https://www.toshiyuki-shibata.com

柴田俊幸 最新アルバム
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/柴田俊幸(フラウト・トラヴェルソ) アンソニー・ロマニウク(チェンバロ/フォルテピアノ)
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Fuga Libera(輸入盤)FUG792
柴田俊幸とアンソニー・ロマニウク、2つの才能の出会いが生んだ現代のバッハ像
https://outhere-music.com/en/albums/js-bach-sonatas-fantasias-improvisations