「音楽すること」を求めて ── 講師たちが語る小澤征爾音楽塾

INTERVIEW 宮本文昭(オーボエ/指揮)× 山本正治(クラリネット)

左:山本正治 右:宮本文昭
 小澤征爾音楽塾は、2000年に小澤さんと、京都の半導体メーカーROHM株式会社 佐藤研一郎社長(当時)が立ち上げた教育プロジェクト。オーディションに合格した若い音楽家たちが、オペラ作品を題材に、リハーサルにたっぷりと時間をかけながら学んでいく貴重な場です。世界の第一線で活躍する歌手たちや指揮者・演出家とともにステージを創り上げていくプロセスは、彼らにとってかけがえのない経験であり、これまでにも多くのアーティストがこの塾から巣立っています。今年もまもなく公演に向けての練習が始まりますが、毎年リハーサルの現場ではどのような指導がおこなわれ、“小澤イズム”が継承されていっているのでしょうか。

取材・文:柴田克彦

 小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩⅧが、3月に開催される。演目は、J.シュトラウスⅡ世の喜歌劇《こうもり》。コロナ禍ゆえに、オペラの上演は2019年以来3年ぶりとなる。そこでこの待望の公演に向けて、同音楽塾の講師であるオーボエの宮本文昭、クラリネットの山本正治両氏に話を聞いた。

 「50年来の付き合い」という2人は、共にドイツのオーケストラで長く活躍した、両楽器を代表する名手。帰国後は後進の指導をはじめ様々な活動を行ってきた。中でも小澤征爾音楽塾との関わりは深く、2000年の開始以来、ほぼ全ての回で講師を務めている。

宮本「最初の頃は演奏もしていたのですが、そうすると塾の生徒さんが1番パートを吹く機会がなくなりますし、吹いていると説明や指導が即座にできないので、途中から講師に専念するようになりました」

山本「私も10数年前からそうしています。それには生徒さんが巧くなってきたことも関係していますね」

 音楽塾は複数の本番を含めて約1ヵ月に及ぶ。そのうち、オーケストラのみの集中練習は1週間。その後歌手との合わせに移る。両氏は基本的に「合奏の際には1番と2番パートの間に座って指導やアドバイスを行い、分奏の際にはさらに細かく指導する」とのこと。

 当音楽塾の最大の特徴と意義は「題材がオペラであること」だ。

宮本「私は、生徒の演奏を聴きながら、息の量、舌の離し方、ヴィブラートをかける位置、さらには音の出のタイミング、まわりの演奏をどう聴くか、弦楽器奏者のどこを見るべきか、指揮者の指示の具体的な意味など、様々なアドバイスを行います。時には1番と2番を交換して吹かせ、互いにどう思うか意見を言わせることもあります。そうして色々やらせると、技術の引き出しが増えて、異なる要求にも対応できるようになります」

山本「オーケストラで演奏する機会が少ない若い人も、音楽塾では集中して体験できますし、演目がオペラであることが重要。総合芸術ですから学べることも多いし、素晴らしい歌手の音楽性や声の魅力に触れるのも勉強になります」

 むろんオペラならではの苦労もある。「オーボエはロマン派、クラリネットはバロックの曲がほぼないので、普段吹いている音楽に偏りがある」(宮本)点がまずネックになる。

山本「クラリネットの場合は、何でもモーツァルト、ブラームスや同楽器用に書かれた技巧的な曲のように吹いてしまう。そこでまず歌(の表現力)を聴きなさいと。オペラをやると違う世界が見えてきます」

宮本「どこも欠点がなく平均的に巧い人は、ずっと褒められてきています。なので注意や指摘に慣れていないし、芸術的な面が甘く、平板な演奏をしてしまいます。でも、オペラは大体ドロドロした話で、殺人も頻繁にあります。なのでその物語や歌に即した表現をしないといけない。望まれるのはアンテナを張ること、そして平均的でない突き抜けた表現力。小澤さんもそれを求めています」

 2人は小澤マエストロとの付き合いも長い。

宮本「小澤さんは音楽塾で生徒に頭ごなしに言うことは少なく、『どう?』と訊いて我々に言わせたりしますね。それに以前、『これは齋藤秀雄先生から教わったことだけど、助かっているんだ』と言って、音楽的な語法の話をされたことがあるのですが、それは私がドイツの先生から聞いた話と同じ内容。ならば普遍的なことだろうと思って、私も弟子に『~で聞いた話だけど』と言って伝えていますよ」

山本「小澤さんは柔軟な方で、自分の考えと奏者の考えを上手く取り込んでいかれます。それに何より『音楽をやりなさい』というのが根底にある。新日本フィル在籍中にある曲のソロを吹いている時、小澤さんが『(山本氏が)勝手に吹いてるから付けてあげて』と言ってくれたことがあって、何かをやると良しとしてくれる。音楽の幅が広いんです。これは若い人にも必要なことですね」

宮本「その『勝手に』は、『彼がアピールしたい音楽観や世界観が出ているからサポートにしてあげなさい』という意味。『好きに吹く』=『自由に羽ばたく』、つまり『音楽すること』が求められているんです」

 今回の《こうもり》は同音楽塾でも4回目。最多となる演目だ。

宮本「若い人には一番難しい音楽なので、何回も取り上げられているのだと思います。ワルツのリズムひとつとっても、譜面には書かれていない間合いが求められますし、ある程度のヌケ感が必要で、遊びがないと堅苦しくなってしまいます。協奏曲やソナタとは違って、そうした軽妙洒脱さは、若い人が不得手になりやすいですからね」

山本「『感じるしかない』要素が一杯ある作品。『上質の冗談』にするには感覚的な勉強がたくさん必要になります。でもそうした『遊び』を身に付けると、他の曲にも生かされると思います」

 今回の指揮はディエゴ・マテウス。海外の一流歌手も多数参加する予定だ。小澤マエストロや、こうして音楽の本質を伝える講師陣から貴重な教えを受けた若いオーケストラが、指揮者や歌手陣に触発されながらいかなる演奏を聴かせてくれるのか? 公演がとても楽しみになってくる。


【Information】
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトXVIII
J.シュトラウスII世:喜歌劇「こうもり」[全3幕]〈原語(ドイツ語)上演/字幕付〉

◎京都公演
2022.3/18(金)18:30
2022.3/20(日)15:00
ロームシアター京都 メインホール
◎東京公演
2022.3/24(木)15:00
東京文化会館 大ホール
◎横須賀公演
2022.3/27(日)15:00
よこすか芸術劇場

出演
ロザリンデ:エリー・ディーン
ガブリエル・フォン・アイゼンシュタイン:アドリアン・エレート
アデーレ:アナ・クリスティー
アルフレート:ジョン・テシエ
オルロフスキー公:エミリー・フォンズ
ファルケ博士:エリオット・マドア
フランク:デール・トラヴィス
ブリント博士:ジャン=ポール・フーシェクール
イーダ:栗林瑛利子
フロッシュ:イッセー尾形

音楽監督:小澤征爾
指揮:ディエゴ・マテウス
演出:デイヴィッド・ニース
装置:ギュンター・シュナイダー=シームセン
衣裳:ピーター・J・ホール
照明:高沢立生
振付:マーカス・バグラー
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管弦楽:小澤征爾音楽塾オーケストラ
合唱:小澤征爾音楽塾合唱団(合唱指揮:根本卓也)
バレエ:東京シティ・バレエ団

2016年の《こうもり》より