若きコンクール覇者たちがショスタコーヴィチ作品の新たな可能性をさぐる

左より:周防亮介、鍵冨弦太郎、田原綾子、上野通明、北村朋幹

文:江藤光紀

 オーケストラやオペラは好きだけれど、室内楽にはあまり足を運んだことがないという人は、将来を嘱望された才能をフィーチャー、ラインナップに筋が通った「東京・春・音楽祭」を通じて、愉悦の新大陸に乗り出してほしい。旬を押さえながら、知られざる名曲も丁寧に拾って、コアなファンはもちろんのこと、知見を一歩先へと深めたい人にもぴったりの内容だ。  

 3月28日はオール・ショスタコーヴィチの室内楽コンサート。若くして作曲家・ピアニストとしてずば抜けた才能を発揮、モダニズムの旗手と目されながらも、その前衛的な姿勢がソ連共産党の批判を浴び、生き延びるために独自の表現を探った。歓喜は皮肉や風刺を通じて相対化され、暗い情念が発火すると、何者かに追われるようなスケルツォへと転じる。困難な時代を生きた芸術家ならではの葛藤が複雑な形で表現されているのだ。

ヴァイオリンとピアノデュオ版「24の前奏曲」

 ショスタコーヴィチは室内楽にも多くの傑作を残しているが、今回は“恐るべき子ども”としてモダニズム作曲界を震撼させた初期から、当時のソビエト政府の批判を受けて転向した後、戦争末期までの作品で構成されている。
 プログラムの冒頭を飾る「24の前奏曲」は、作曲家として名声を確立した1932年から翌年にかけて書かれた。すべての長・短調を巡る24の断章には後年の創作を彩るボキャブラリーのエッセンスが表れているが、ピアニストとしても腕達者だったショスタコーヴィチゆえ、ショパン以来の伝統にも則っているのが面白い。原曲はピアノ独奏だが、今回はヴァイオリンとのデュオ版だ。

権力への怒りが悲痛に響く、室内楽作品

 ピアノ三重奏曲第2番は戦争末期の1944年、学生時代からの友人で、批評家、プロデューサーとしても活躍したイヴァン・ソレルチンスキーの死を悼んで書かれた。チェロのハーモニックスに導かれ緊張感をもって始まり、快活なスケルツォと哀切に満ちた緩徐楽章を挟んで、終楽章ではクレズマーに想を得たユダヤ主題が不気味に鳴り響く。この作品がナチスによるユダヤ人迫害がソ連でも明らかになった時期に作曲されていることは、頭の片隅に入れておこう。

 ショスタコーヴィチが室内楽に力を入れるようになったのは、政府の批判により大作の上演が難しくなったからだと言われる。1940年に完成したピアノ五重奏はその最初の傑作の一つで、濃厚なロマンと悲劇性を湛えて始まる。ジューシーでたっぷりとした弦のサウンドに、ピアノが激しく切り込んでいく様は壮観だ。終楽章では重苦しさが次第に解消され、不思議な明るさの中で終わる。

若きコンクール覇者たちが結集

 これらの音楽が宿している戦間から戦中という時代性は、生半可なアプローチでは伝わってこない。それに耐えうる弾き手を自ずと選ぶのだ。今回起用されるのは、いずれも競争激しい音楽界で着実に地歩を固めつつある20代から30代の若手たち。うち多くが東京文化会館で行われている東京音楽コンクールの入賞者だ。難しいミッションのために、上野の地から巣立った才能が結集するというわけなのだ。

 2011年東京音コン第1位のヴァイオリンの周防亮介は、20代後半に入ってスケールの大きな音楽性に磨きをかけている。同じくヴァイオリンの鍵冨弦太郎も日本音コン第1位などの入賞歴を誇り、スタイリッシュな演奏で注目を集める人気奏者。ヴィオラの田原綾子は13年の東京音コンの覇者。歌心たっぷりの表現でアンサンブルに厚みを与え、評価を高めている。チェロの上野通明は昨年のジュネーヴ国際音楽コンクールでの日本人初優勝が話題になった(東京音コンは12年第2位)。ラテン語圏での生活が長く、キレのよいテクニックと溌剌とした演奏で楽しませてくれる。ピアノの北村朋幹(05年東京音コン第1位)は、すでにソロ、室内楽などで活躍、昨年はケージのプリペアド・ピアノ作品のディスクが話題を呼んだ。

 同世代ということで、すでに共演経験があるものも多く、ショスタコーヴィチ作品の可能性を、力を合わせてどう抉っていくかに注目したい。

【Information】
ショスタコーヴィチの室内楽

2022.3/28(月)19:00 東京文化会館 小ホール
●出演
ヴァイオリン:周防亮介、鍵冨弦太郎
ヴィオラ:田原綾子
チェロ:上野通明
ピアノ:北村朋幹
●曲目
ショスタコーヴィチ(D.M.ツィガーノフ&L.アウエルバッハ編):24の前奏曲 op.34(ヴァイオリンとピアノ版)
ショスタコーヴィチ:
 ピアノ三重奏曲 第2番 ホ短調 op.67
 ピアノ五重奏曲 ト短調 op.57
●料金(税込)
S¥5,000 A¥3,500
U-25¥1,500(U-25チケットは2022.2/17(木) 12:00発売)


【来場チケット販売窓口】
●東京・春・音楽祭オンライン・チケットサービス(web。要会員登録(無料))
https://www.tokyo-harusai.com/ticket_general/
●東京文化会館チケットサービス(電話・窓口)
TEL:03-5685-0650(オペレーター)