INTERVIEW 豊嶋泰嗣(ヴァイオリン)

若手からベテランまで、名手たちが佐世保の地に集う

Yasushi Toyoshima (c) 中倉壮志朗

 長崎県を代表する文化拠点であるアルカスSASEBOでは、多くの公演を開催するほか、早くから「アルカスSASEBOジュニアオーケストラ」を発足して一流演奏家を指導者に迎えるなど、音楽文化を広く伝える活動を積極的に行ってきた。そして、ジュニアオケのミュージックアドヴァイザーを務め、アルカスと深い関係を築いてきたのが、新日本フィルをはじめ国内複数楽団のコンサートマスターとして活躍する豊嶋泰嗣。2016年には彼が音楽監督となって室内オーケストラ「チェンバー・ソロイスツ・佐世保」を旗揚げし、毎回名手たちが集って緻密かつ親密な演奏を作り上げている。全国的にも注目が増している「ソロイスツ」について、その経緯や思いを豊嶋は語る。

 「アルカスには開館直後から夏の『ヴァイオリンセミナー』で長く関わってきました。そこで滞在を重ねるうちに弦楽合奏もやりたいという話が発展して、16年に実現できたのが『ソロイスツ』です。九州での音楽は福岡が中心になり、音楽祭は大分、宮崎、鹿児島でありますが、長崎にもぜひということで関係が深まりました。九州交響楽団コンサートマスターの時期にお世話になった方が佐世保に行くことがきっかけでできたご縁ですが、町の雰囲気に閉鎖的なところがないのも大きかった」

Chamber Soloists Sasebo

 アルカスには多様な文化をカバーする3つのホールがあるが、なかでも「ソロイスツ」が拠点とする中ホール(500席)の響きのすばらしさは特別だった。

「自然な残響で、心地よい響きが客席に届くのが感じられ、舞台上も無理なく音が作れる。中ホールのサイズで良い会場は本当に貴重です。その特性を活かせる演奏団体があるのも、町の人にホールを愛してもらうために大切なことと思いました」

 「ソロイスツ」はこれまで「常設ではない楽団の音を少しずつ作りあげていくため」に弦楽器中心だった。活躍中の若手・中堅に、豊嶋のほか漆原啓子(ヴァイオリン)や中野振一郎(チェンバロ)といったベテランの名手が並ぶ。

 「私は関西を拠点にして10年くらいになり、このメンバーも関西で活躍中の人を中心に集めました。漆原さんはカルテットなど演奏活動を共にしていた時期もあり、本当に信頼できる同世代のヴァイオリニスト。後進に指導できる立場にあるし、先に繋げるために重要な存在です。中野さんは大学の同級生ですが、一緒に活動し始めてまだ5、6年。彼の豊富な知識と経験は勉強になるし、プログラミングの幅が広がります。それに、私は生まれも育ちも東京ですが、明らかに関西人のノリというものがあると思っていて(笑)、コミュニケーションの取り方とかパッとフレンドリーになれる雰囲気が独特で、その一番濃いエキスをもっているのが中野さん(笑)。彼がいるだけで場が和んでしまうような空気感がすばらしく、人間的にも欠かせない存在です」

 2017年の第1回公演以来、バロックと古典のレパートリーを中心に、ドビュッシーや武満徹など「新しい扉を開けてくれる」ような演目も加えて幅を広げてきた。今年12月の第6回は、ヴィヴァルディの協奏曲「ペル・エコー・イン・ロンターノ」RV552(ソリスト:漆原啓子)、ハイドンのヴァイオリンとチェンバロのための協奏曲へ長調(ソリスト:豊嶋泰嗣、中野振一郎)、モーツァルトのディヴェルティメント第15番と楽しくも充実の演目が並ぶ。ヴィヴァルディは通常の位置のソロと遠くに位置したソロが呼び交わすユニークな1曲で、“ディスタンス”がキーワードになりそう。

「生演奏というパフォーマンスは、音を作るだけでなく視覚的なものも不可欠。今回のヴィヴァルディを会場で体験すると、座る位置によって聴こえ方が違うはずで、本当に遠いと感じる人も、むしろ遠いと感じない人もいるかもしれない。CDではなくライブでしか味わえないものという意味で楽しめると思います。それぞれの配置は当日のお楽しみです! ハイドンは中野さんが早期から提案してくれていて、やっと実現できます。昨年の新日本フィルの定期演奏会(豊嶋の弾き振り)でも取り上げましたが、本当に楽しく魅力的な曲で、今回もぜひやりたいと思いました」

(c) 中倉壮志朗

 モーツァルトのディヴェルティメント第15番は「弦楽合奏団は絶対にやるべき作品」と思い入れも深く、ひとつの挑戦と位置付ける。

「ホルン2本が入りますが、ほぼ弦、特に第1ヴァイオリンの難しさはモーツァルト作品中でも屈指のもの。合奏でやる場合は全員で同じように弾かなくてはならず、気をつけることが多いのですが、その課題を乗り越えられたらグループとしては最高です。演奏者の喜びも聴く側の楽しさも大きく、モーツァルトの全てが凝縮された名曲です」

 今後の「ソロイスツ」については、「オリジナルの弦楽合奏作品は一通り網羅したいし、今後は少しずつ管の入った曲で響きや表現の幅も広げていきたい」と語る豊嶋。その情熱の土台には、佐世保という土地への思いがある。

「地元の方々には熱心に聴いていただいています。コロナ以前は交流会などもあり、また開催できる状況になるのを待ち望んでいます。そして、なんといっても食べ物が旨いんです!(笑) 港のロケーションということもあるのでしょう、人を受け入れるオープンな雰囲気もいいですし、海産物など食の宝庫というのも含めて、食と文化の結びつきの豊かさを感じられるのです」

 地元や近県のかたにはぜひとも体験してほしいし、可能な状況になれば遠方からもぜひとも訪れて、彼らの贅沢な音楽と名産の食事を心ゆくまで堪能したい。

取材・文:林 昌英

アルカスSASEBOオリジナル室内オーケストラ チェンバー・ソロイスツ・佐世保
2021.12/10(金)19:00 アルカスSASEBO(中)

A.ヴィヴァルディ:協奏曲 イ長調「ペル・エコー・イン・ロンターノ」RV552(ソリスト:漆原啓子)
F.J.ハイドン:ヴァイオリンとチェンバロのための協奏曲 へ長調 Hob.ⅩⅧ:6(ソリスト:豊嶋泰嗣、中野振一郎)
W.A.モーツァルト:ディヴェルティメント第15番 変ロ長調 K.287

音楽監督・ヴァイオリン:豊嶋泰嗣
ヴァイオリン:漆原啓子、江川菜緒、小西果林、柴田夏未、田村安紗美、戸上眞里、松野弘明、丸山 韶
ヴィオラ:安保惠麻、井野邉大輔、前山 杏
チェロ:佐々木賢二、山本裕康
コントラバス:石川 滋
ホルン:田島小春、細田昌宏
チェンバロ:中野振一郎
問 アルカスSASEBO 0956-42-1111
https://www.arkas.or.jp

(c) 中倉壮志朗

豊嶋泰嗣(ヴァイオリン/チェンバー・ソロイスツ・佐世保 音楽監督)
新日本フィル桂冠名誉コンサートマスター、兵庫芸術文化センター管コンサートマスター、九州交響楽団桂冠コンサートマスター、京都市交響楽団特別名誉友情コンサートマスター。サイトウ・キネン・オーケストラ等でコンサートマスターを務め、指揮者、オーケストラからの信頼も厚い。1991年村松賞、第1回出光音楽賞、92年芸術選奨文部大臣新人賞受賞。13年度兵庫県文化賞受賞。20年度第29回青山音楽賞青山賞を受賞。京都市立芸術大学教授、桐朋学園大学および大学院講師。アルカスSASEBOには室内楽企画のプロデュースやジュニアオーケストラのミュージックアドヴァイザーとして関わりが深い。

チェンバー・ソロイスツ・佐世保
日本を代表するヴァイオリニストであり、長年アルカスSASEBOの様々な事業に携わっている新日本フィルハーモニー交響楽団桂冠名誉コンサートマスター豊嶋泰嗣氏を音楽監督に迎え、国内外で活躍中のソリスト、日本を代表するオーケストラのコンサートマスターや首席奏者らにより、2016年に結成。“音楽で街を元気に!”を合言葉に、長崎県佐世保市から全国へ一流の演奏を発信している。