この10月、一大オペラプロジェクトが日本列島を縦断する。ヴェルディの《アイーダ》が、札幌にオープンする札幌文化芸術劇場hitaruのこけら落としを皮切りに、神奈川、兵庫、大分の4都市で計6回上演されるのだ。この各劇場と複数の団体が共同制作するグランドオペラの指揮を執るのは人気絶頂の若きマエストロ、アンドレア・バッティストーニ。
「街の歴史に刻まれることになる新しい劇場のオープニングに関われるのは、最高の名誉です。劇場は娯楽を提供するだけの場ではなく、人々の内面を育てる文化の神殿。札幌の劇場は今年オープンだそうですが、オープニングに、《アイーダ》ほどふさわしい作品はありません。神奈川、兵庫で指揮をするのも初めてですし、大分は2015年の《リゴレット》以来3年ぶりなので、そこも含めてこの日本ツアーをとても楽しみにしています。今度のプロダクションは、私にとって日本におけるこれまでの仕事の集大成になると感じています」
北イタリアのヴェローナ出身のバッティストーニにとって、有名な野外オペラ祭の定番である《アイーダ》は特別な演目だ。ヴェローナはもちろん、世界各地で指揮している。
「《アイーダ》は、私自身と深く結びついている作品です。故郷のヴェローナで著名な野外オペラ祭のシンボルであり、100年以上にわたって毎夏必ず上演されているモニュメンタルなオペラなのです。私のオペラ初体験も《アイーダ》でした。私の生まれ育ったヴェローナの一部とも言える作品を日本で指揮できるのは、とても嬉しい。この作品は完璧なオペラです。華やかなバレエやスペクタクルも楽しめて、初めてオペラを観る方にも、うってつけです」
《アイーダ》を知り尽くしているといってもいいバッティストーニ。彼にとって、この作品の魅力はどこにあるのだろう。
「イタリア・オペラの2つの側面を併せ持つ作品です。大人数を必要とするイタリア風のグランド・オペラという面と、主人公たちの内面が描かれる心理劇的な面。その対比が効果的なのです。異国趣味に彩られた華やかな表面の下に、色々な関係が隠れていることを見過ごしてはいけません。愛の三角関係、アイーダと父の関係…でもこの作品で一番重要なのは、国家の権力のような巨大なものと個人との対立です。戦争のような大きな出来事の前で、恋愛のような個人的な営みがいかに難しいか。それを描くためにも、巨大なスペクタクルをしっかり表現することが必要なのです。
ヴェルディは、人間の自由というものに敏感なひとでした。教会権力にも批判的だった。《アイーダ》の恋人たちは、宗教的な権力者である祭司たちに殺されるのです。王女であるアムネリスさえ、祭司たちに抵抗することはできません。
指揮者としてやりがいがあるのは、やはり有名な〈凱旋の場〉です。オーケストラ、ソリスト、合唱、舞台上のバンダなど、ものすごい数の人間から、一斉に音が出てくる。それをまとめる役回りなので、自分が指揮者として役に立っているという実感があります。うまく行った時の満足感は計り知れません」
国家と個人、愛と嫉妬など普遍的なテーマを内包する《アイーダ》。演出も古典的なものから現代的なものまで様々な解釈がなされているが、ローマ歌劇場のマウリツィオ・ディ・マッティアが演出した作品を、ジュリオ・チャバッティが新演出する今回のプロダクションは、理想的な舞台になるだろう。
「イタリアの伝統的な色彩感に溢れ、装置が大規模で効果的で、《アイーダ》の世界を見事に体現した素晴らしいプロダクションです。現代的な演出も可能な作品ですが、その場合も色彩感とスペクタクルは絶対に必要。ローマ歌劇場との提携となる今回の演出は、《アイーダ》が本来あるべき姿を映し出すものだと思います」
キャストは第一線の日本人歌手に加え、イタリアで活躍し、マエストロとヴェローナでもたびたび共演している女性歌手2人、モニカ・ザネッティンとサーニャ・アナスタシアを招聘。オーケストラはバッティストーニが首席指揮者をつとめ、「日本での家族」だという東京フィル。札幌では札響がピットに入る。
「日本の歌手の方たちも共演したことのある実力のある人たちばかりです。《アイーダ》はオペラの女王。最高に感動的で、興味をそそられる公演にしたいと思っています」
取材・文:加藤浩子 Photo:M.Terashi/Tokyo MDE
(ぶらあぼ2018年5月号より)
【Profile】
1987年ヴェローナ生まれ。同世代の最も重要な指揮者の一人と評価される。2013年、ジェノヴァ・カルロ・フェリーチェ歌劇場首席客演指揮者、16年、東京フィルハーモニー交響楽団首席指揮者に就任。東京フィルとの演奏会形式《トゥーランドット》でスター指揮者としての評価を確立し、カリスマ性と繊細な音楽性でセンセーションを巻き起こしている。今後の予定としては、フェニーチェ劇場、アレーナ・ディ・ヴェローナ、バイエルン国立歌劇場といった歌劇場のほか、イスラエル・フィル等の楽団との共演がある。
【Information】
札幌文化芸術劇場hitaru・神奈川県民ホール・兵庫県立芸術文化センター・iichiko総合文化センター・東京二期会・札幌交響楽団・東京フィルハーモニー交響楽団
グランドオペラ共同制作 《アイーダ》
指揮:アンドレア・バッティストー二
演出:ジュリオ・チャバッティ 原演出:マウリツィオ・ディ・マッティア
管弦楽:札幌交響楽団(札幌公演)
東京フィルハーモニー交響楽団(神奈川・兵庫・大分公演)
合唱:二期会合唱団(全公演)、札幌文化芸術劇場アイーダ合唱団(札幌公演)
ひょうごプロデュースオペラ合唱団(兵庫公演)
出演 10/7、10/20、10/24/10/8、10/21、10/28
アイーダ:モニカ・ザネッティン/木下美穂子
ラダメス:福井 敬/西村 悟
アムネリス:清水華澄/サーニャ・アナスタシア
アモナズロ:堀内康雄/上江隼人
ランフィス:妻屋秀和/斉木健詞 他
【札幌公演】
2018.10/7(日)、10/8(月・祝)各日14:00 札幌文化芸術劇場hitaru
問:道新プレイガイド011-241-3871
http://www.sapporo-community-plaza.jp/
【神奈川公演】
2018.10/20(土)、10/21(日)各日14:00 神奈川県民ホール
問:チケットかながわ0570-015-415
http://www.kanagawa-kenminhall.com/
【兵庫公演】
2018.10/24(水)18:30 兵庫県立芸術文化センター
問:芸術文化センターチケットオフィス0798-68-0255
http://www.gcenter-hyogo.jp/
【大分公演】
2018.10/28(日)13:00 iichiko総合文化センター
問:iichiko総合文化センター097-533-4004
http://www.emo.or.jp/