ヨーロッパで大注目される作曲家の全容
昨年、日本を含むアジア・ツアーでラトル&ベルリン・フィルはウンスク・チンの委嘱新作を披露した。海外ツアーで新曲とは珍しいが、それはとりもなおさず彼女がアジア圏を代表する作曲家の一人と目されていることを意味する。ラトルもその作品を繰り返し取り上げている指揮者の一人なのだ。
日本ではサントリー芸術財団『サマーフェスティバル』が2009年に紹介しているが、今年の東京オペラシティ『コンポージアム2018』では武満徹作曲賞の審査のほか、講演会や近作の演奏も予定されている。ヨーロッパでますます存在感を増す彼女の現在にまとまって触れるチャンスが、久々にやってくる。
教会牧師だった父親が購入したピアノに初めて触れたのは、まだ2歳のころ。第二次世界大戦、朝鮮戦争と続く戦禍もあって韓国社会はまだ貧しく、精神的な渇きを癒すように彼女は学校で西洋音楽の録音を聴いたという。
ソウル大学で作曲をスキ・カンに師事するが、転機が訪れたのは1985年のことだ。リゲティのもとで学ぶべくハンブルクに飛び、独自の道を模索、さらにベルリンに移り90年代に頭角を現していくのである。21世紀に入ってからはベルリン・ドイツ響やソウル・フィルのレジデント・コンポーザー、フィルハーモニア管の現代音楽シリーズの芸術監督を務めつつ、創作もアイディアの密度と書法のキレを増し、現在世界中で演奏される重要作が次々と生まれていく。2007年には代表作の一つ、オペラ《不思議の国のアリス》がバイエルン州立歌劇場で初演され話題を呼んだ。
講演会と演奏会でウンスク・チンの世界感に浸る
イマジネーションや音楽的思考が濃密な書法によって実現されていくが、熟達した管弦楽の扱いは軽やかで、ユーモアやエンターテインメント性もそこはかとなく漂う。その辺りが師リゲティに通じるように思う。彼女のこれまでの歩みや創作態度については、5月23日の講演会「ウンスク・チン、自作を語る」でたっぷりと聞けるはずだ。
翌24日の「ウンスク・チンの音楽」は骨太の3曲で臨む(全曲日本初演)。「マネキン」はE.T.A.ホフマンの幻想小説『砂男』に基づく4楽章の管弦楽曲。シュールなストーリーに沿って紡がれる音の綾は激しい動性を帯び、聴き手を浮遊させ、異界へと運んでいく。「クラリネット協奏曲」ではソロが超絶技巧を駆使し、顫動する管弦楽の上で鮮やかな綱渡りを繰り広げる。「チェロ協奏曲」では逆に独奏は管弦楽に息の長い歌で対峙する。クラリネットのジェローム・コントは現代音楽の異能集団アンサンブル・アンテルコンタンポランのメンバー。チェロのイサン・エンダースは20歳でシュターツカペレ・ドレスデンの首席奏者に就任、その後ソリストに転じている。現代ものに定評があり、彼女の作品にも造詣の深いイラン・ヴォルコフが読響を振る。
新時代の若き才能を発掘する武満徹作曲賞
5月27日には2018年度武満徹作曲賞本選演奏会が、杉山洋一指揮の東京フィルによって行われる。40ヵ国143作品から選ばれた4作品が並んだが、作曲者はいずれもすでに独自のキャリアを築いている若手たちだ。ウンスク・チンのコメントによれば、曲はそれぞれ次のような特徴を持つ。バーナビー・マーティン(イギリス)「量子」はオーケストラの色彩的な扱いに優れている。ルーカス・ヘーヴェルマン=ケーパー(ドイツ)「量子真空」は作品を数学的に組み立てつつ、圧倒的な音の塊を作り出す。イマジネーションに満ちたボ・リ(中国)「SLEEPING IN THE WIND」は、管弦楽法も実用的で無駄がない。パウロ・ブリトー(ブラジル/アメリカ)「STARING WEI JIE TO DEATH〜シンフォニック・エヴォケーション、中国の故事による」は繊細で透明だが強い表現力を持つ。ウンスク・チンが掘り起こす音楽の未来はいかなる響きがするのだろう。
文:江藤光紀
(ぶらあぼ2018年5月号より)
2018.5/23(水)19:00 講演会「ウンスク・チン、自作を語る」
5/24(木)19:00 ウンスク・チンの音楽
5/27(日)15:00 2018年度武満徹作曲賞本選演奏会
東京オペラシティ コンサートホール
問 東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999
http://www.operacity.jp/