ジュリアン・ラクリンと山形交響楽団――楽員が語る、さらなる進化への期待

 2026年、山形交響楽団のミュージック・パートナーに就任したジュリアン・ラクリン。前号では、指揮者、独奏者、室内楽奏者という複数の顔を行き来しながら、時間をかけてオーケストラと独自の言語を築こうとする彼の姿を紹介した。

 では、その働きかけを楽員たちはどう受け止めたのか。7月の定期演奏会と室内楽公演を経て、ソロ・コンサートマスターの髙橋和貴、首席ヴィオラ奏者の山中保人、首席チェロ奏者の金子鈴太郎に聞いた。

左より:山中保人 ©Kazuhiko Suzuki/髙橋和貴©Kazuhiko Suzuki/金子鈴太郎

 学生時代にウィーンへ留学した髙橋和貴は、ラクリンが教えた最初の生徒でもある。多忙な師を公演先まで追い、世界各地で受けたレッスンは、ときに数時間に及んだという。そこで学んだのは演奏技術だけではない。「指揮者やオーケストラとの対話や向き合い方、本番へ向けての調整の仕方」まで含む、音楽家としての実践そのものだった。かつて教えを受けた髙橋が、いまはコンサートマスターとして師と楽団を結ぶ。その時間の厚みも、両者の協働を支えている。

 その師と山響が初めて共演したのは2024年。髙橋は、双方の音楽的アプローチが見事に融合し、楽員全員が再共演を強く望んだと振り返る。そして就任後初となった今回、ラクリンはリハーサルから細部を極限まで突き詰め、団員もそれに呼応した。「まだ2回の共演ですが、音楽的な信頼感、関係性など、新しいフェーズに入ったことを実感しました」と彼は語る。

 ヴィオラ首席の山中保人がまず挙げたのは、ラクリンの音の作り方へのこだわりだ。初共演時ほど逐一説明する必要はなくなったものの、今回も弓の使い方など具体的な助言があり、実践すれば確かに響きが変わる。弦楽器奏者なら知っているはずの基本を、オーケストラの現場であらためて呼び覚ますのである。第1ヴァイオリン8人という編成から、それ以上の厚みと広がりが立ち上がったのも、基本を丹念に見直した結果だろう。熱を帯びた彼の音楽に「いつの間にか連れていかれてしまう」と山中は語った。

 7月に山響のチェロ首席に就任した金子鈴太郎は、今回がラクリンとの初共演。彼の第一声は、「幸せです。本当に幸せ」だった。その音を聴き、彼の頭と身体にある音楽を感じながら、「スポンジみたいに」吸収しようとしたという。金子が強調するのは、ラクリンが山響に寄せる信頼である。拍を細部まで指示せず、奏者に音楽を組み立てる余地を渡す。ブラームスでは、内声やトレモロが幾層にも聴こえ、楽団全体が一つになった。しかも、音色の変化は命令された結果ではない。全員が彼の音を聴き、自ら反応することで、習ったことのない響きまで生まれた。「その反応ができる山響も、ああ、いいオケだなって思いました」と興奮気味に語る金子であった。

 音量についても同じだ。ラクリンが求める弱音は、単に小さい音ではなく、軽さや密度の異なる無数の静けさだった。金子の言葉を借りれば「たぶん1万種類ぐらい」。強く弾くことで存在を示すのではなく、耳を澄まし、互いの響きに応じて音を変える。その感覚が、山響の表現の幅を押し広げた。

 2日間の定期に続いた室内楽公演(7/30)では、ラクリンと楽員がより直接的な形でアンサンブルを共にした。髙橋は「より近い距離で彼の音を体現し、そこに色を加えていくプロセス」のなかで、メンバーとの距離がさらに縮まったと話す。先達が受け取ったものを次の世代へ手渡す「伝統」もクラシック音楽の重要な特徴のひとつ。ラクリンがこれまで蓄積した経験を、山響の奏者が受け取り、自分たちの音として更新していく。招聘した一人の名手との一度きりの邂逅ではなく、互いの信頼を時間のなかで育てること。そこにミュージック・パートナーというポストの意義がある。始まったばかりの協働は、すでに山響から、これまでになかった音を引き出している。その音は、次の共演まで楽団の内側で育まれ、さらに新たな響きを呼び込むはずだ。

取材・文:平岡拓也

山形交響楽団 第337回定期演奏会 
2026.10/10(土)19:00、10/11(日)15:00 山形テルサホール

出演/
指揮:下野竜也
ピアノ:ニュウニュウ

曲目/
モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番 変ホ長調「ジュノーム」 K.271
ブルックナー:交響曲第3番 ニ短調 WAB 103(1877年稿・ノヴァーク版)

問 山響チケットサービス023-616-6607
https://www.yamakyo.or.jp


平岡拓也 Takuya Hiraoka

音楽ジャーナリスト。1996年生まれ。慶應義塾大学文学部でドイツ語圏の文学・音楽を学ぶ。『音楽の友』『MOSTLY CLASSIC』などの音楽誌、複数のWEBメディア、在京オーケストラのプログラムにコンサート評やインタビュー、プログラムノートを執筆。海外アーティストへのインタビューも多数手がけ、近年はアジア圏のオーケストラを中心に、地域の文化的・歴史的背景も視野に入れた取材・執筆を継続している。