北とぴあ国際音楽祭2026
18歳のモーツァルト、若き才能が躍動するオペラ《偽の女庭師》

上段左より:ディオニュソス・ナウ!/寺神戸 亮 ©C.Villarroel/ピエール=エマニュエル・ルソー
下段左より:安川みく ©CMR-Photography/ロベルタ・マメリ/鈴木 准/櫻田 亮 ©Ribaltaluce

 「オペラ史のスタートは1600年!」と分かり易いが、この年号は「楽譜が遺る最古のオペラの初演年」で、実は1598年にも1595年にもオペラは存在していた。だから、この種の「前史の時代」に興味を持つ人の数は実はかなり多いよう。混沌とした時代のイメージも湧いたりするが、そんなものは後代の勝手な想像で、賑わいの場で人々は歌声を大いに楽しみ、教会に行けば宗教曲がばんばん歌われていたのである。

 この10月末、東京都北区の北とぴあ国際音楽祭が開くコンサート「ディオニュソス・ナウ! 栄光のヴェネツィア—水の都に響く16世紀の音楽」はまさしく、オペラ誕生前の音楽に触れる貴重な機会である。古楽大国ベルギーから初来日を果たす男声アンサンブル「ディオニュソス・ナウ!」が、フランドル出身の作曲家ヴィラールトを中心にプログラムを組み、現代人にもストレートに響く「血の通った芸術作品」として届けてくれるという。ヴィラールトといえば16世紀ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂楽長であったから、当時の楽壇の大物だが、予定曲リストを観ると抹香臭さは無く、人間味溢れるものが多いよう。中でも〈意地悪な老婆たちよ〉という題には笑いが込み上げ、「どんな曲なんだ?」と想像逞しくもした。他にもパレストリーナのモテット〈鹿が谷川の流れを慕いあえぐように〉などが歌われるとのこと。7名の声が作り上げる広がりある音空間にリラックスしながら浸ってみたい。

 続いては北とぴあの目玉たるオペラのセミ・ステージ形式上演を。今年は、神童モーツァルトが18歳で作ったオペラ・ブッファ(イタリア語の喜劇のオペラ)《偽の女庭師》を取り上げるという。この作品、関西圏ではたまに上演されているが関東では久々ではないだろうか?

 物語は、嫉妬にかられた婚約者の伯爵に刀で刺された侯爵令嬢が偽名サンドリーナを使って市長宅で庭師を務め、従者ロベルトを「従兄」と呼んで一緒に働きながら、逃げ出した伯爵(令嬢が死んだと思い込んでいる)を探す日々を送っている。しかし、市長はサンドリーナに色目を使い、彼の姪アルミンダは前の恋人の騎士ラミーロを袖にして伯爵との結婚を取り決めたが、この全員が市長の屋敷で鉢合わせし、果て、どんな騒動が?というもの。人間関係が複雑なオペラだが、今回の演出家ピエール=エマニュエル・ルソーには要注目と思う。フランスで彼の舞台を何度も観たが、鮮やかな色遣いのもとコミカルさの表出に長けた名手なのでお見逃しなきように。

 また、今回のキャスティングも贅沢で、2人の名ソプラノ—爽やかな声音で光る安川みく(サンドリーナ)と一癖ある女性像が得意なロベルタ・マメリ(アルミンダ)—とテノールたち—生真面目さを打ち出す鈴木准(伯爵)とスタイリッシュな曲調が得意な櫻田亮(市長)—のコントラストがそれぞれ映えるだろう。音楽祭の「顔」たる指揮者・寺神戸亮とピリオド楽器の演奏集団レ・ボレアードの引き締まった演奏ぶりにも期待したい。

文:岸 純信(オペラ研究家)

(ぶらあぼ2026年11月号より)

北とぴあ国際音楽祭2026
ディオニュソス・ナウ! 栄光のヴェネツィアー水の都に響く16世紀の音楽

2026.10/31(土)14:00 北とぴあ さくらホール
モーツァルト作曲 オペラ《偽の女庭師》(セミ・ステージ形式)
11/27(金)、11/29(日)各日14:00 北とぴあ さくらホール
問 北区文化振興財団03-5390-1221
https://kitabunka.or.jp/himf/
※音楽祭の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。


岸 純信 Suminobu Kishi

オペラ研究家。『ぶらあぼ』ほか音楽雑誌&公演プログラムに寄稿、CD&DVD解説多数。NHK Eテレ『らららクラシック』、NHK-FM『オペラファンタスティカ』に出演多し。著書『オペラは手ごわい』(春秋社)、『オペラのひみつ』(メイツ出版)、訳書『ワーグナーとロッシーニ』『作曲家ビュッセル回想録』『歌の女神と学者たち 上巻』(八千代出版)など。大阪大学非常勤講師(オペラ史)。新国立劇場オペラ専門委員など歴任。