小松亮太、21年ぶりにタンゴの本場へ! 名門コロン劇場で受けた熱い喝采

RYOTA KOMATSU in Buenos Aires

 21年ぶりに訪れたタンゴの本場、ブエノスアイレス。バンドネオン奏者・小松亮太さんを待っていたのは、コロン劇場 Teatro Colón の大舞台と、本場の聴衆から寄せられる熱い喝采でした。世界最大規模のタンゴの祭典「Tango BA Festival y Mundial」に招かれた小松さんは、ピアソラの元夫人で名歌手のアメリータ・バルタールさんとの再会など、忘れがたい時間を過ごしました。アルゲリッチとバレンボイムが2014年に歴史的な共演を果たしたことでも知られるコロン劇場での公演を中心に、熱気あふれる1週間を小松さんご自身に綴ってもらいました。

文:小松亮太(バンドネオン奏者)

 2026年8月末、21年ぶりにブエノスアイレスを訪れた。タンゴの本場が街を挙げて取り組む大規模なタンゴフェスティバルに出演するためだ。公演の中心となるのは、イタリア・ミラノのスカラ座、フランス・パリのオペラ座とともに世界三大オペラハウスと称えられる「コロン劇場」の黄金の間とメインホール。タンゴのステージとしては、これ以上の檜舞台は考えられない。

美しいコロン劇場での小松亮太キンテートのステージ

 前回の僕のブエノス公演では、もちろん僕らも頑張ってはいたけれども、タンゴの黄金時代を支えたビッグネームたちの多くがまだ健在で、彼ら大先輩たちが僕ら日本人の演奏を評価してくれたことが何より大きかったと思う。しかし時間が経ち、彼らの多くが鬼籍に入った現在、そういった僕らを後押ししてくれる空気は当時ほどにはないし、今回あらためて本場で評価し直されるのだ、というプレッシャーがあった。

 2026年8月末、21年ぶりにブエノスアイレスを訪れた。タンゴの本場が街を挙げて取り組む大規模なタンゴフェスティバルに出演するためだ。公演の中心となるのは、イタリア・ミラノのスカラ座、フランス・パリのオペラ座とともに世界三大オペラハウスと称えられる「コロン劇場」の黄金の間とメインホール。タンゴのステージとしては、これ以上の檜舞台は考えられない。

コロン劇場の客席

 前回の僕のブエノス公演では、もちろん僕らも頑張ってはいたけれども、タンゴの黄金時代を支えたビッグネームたちの多くがまだ健在で、彼ら大先輩たちが僕ら日本人の演奏を評価してくれたことが何より大きかったと思う。しかし時間が経ち、彼らの多くが鬼籍に入った現在、そういった僕らを後押ししてくれる空気は当時ほどにはないし、今回あらためて本場で評価し直されるのだ、というプレッシャーがあった。

8月23日 23 de Agosto

 ドイツのフランクフルト空港経由で8月23日の早朝にブエノスに着いた。僕がブエノスに行くのは1990年以来7回目になるが、やはり遠く、何度経験しても30時間を超えるフライトは慣れることがない。しかし、小さかった空港が大幅に拡張されていたり、デタラメな車線変更や信号無視だらけだった車の運転も驚くほど丁寧になっていたりと、21年という時の隔たりを感じた。

 なんと言ってもUberの登場は大きい。昔はタクシーを使うたび、意図した遠回りや料金の過大請求でイヤな思いをさせられることも少なくなかったが、今回そんなトラブルは一度もなかった(ただ、運転中にギアがポロンと外れるアクシデントはあった⋯(汗))。

ブエノスアイレスの街

 ブエノスの中心地では、「南米のパリ」と呼ばれるほどの栄華を誇った時代の立派な建物が、相変わらず誇らしくそびえている。そうかと思うと、その建物の裏側はサビサビでボロボロ…というのは最早、ブエノスの味と言うべきか。とにかく火山帯がなく地震が起きない街なので、ブエノス自体がヨーロッパ的な歴史的建造物の博物館のようにも見える。と同時に、そこまでメンテナンスにお金がかけられない事情が見え隠れするのもブエノスらしさだ。

8月27日 27 de Agosto

 この日はセステート・マジョール(編集部注:世界的なタンゴ・ブームの立役者となった老舗の六重奏団)との共演のリハーサル。マジョールのベーシスト、キケ・ゲーラ氏のご自宅でだった。ゲーラという名字はたぶんユダヤ系なのだが、この家に伺うときにUberで通った道では、黒い帽子、黒いスーツに独特のもみあげを蓄えたユダヤ系の人を何人も見かけた。ユダヤ人街の近くだったのだろう。

リハーサルの様子

 リハーサルが終わり、バンドネオンのオラシオ・ロモ氏とピアニストのヒラウド氏が「これから小さなライヴがある。招待するよ」とのことで、ついていくことにした。毛髪の薄いタイプのふたりで「はげのデュオ」を結成しているという(ラテン世界では毛髪の薄さはさして問題にもならないのだ)。フェスティバルとは関係ないライヴも観てみたかったのでちょうどよかった。

 会場は、パレルモ地区という、東京で言えば代官山のようなエリアにあるライヴレストラン「Secreto tango」で、観光客向けには見えなかったが外国人のお客さんも多かった。出演者は、ピアノとバンドネオンの2人に、女性歌手、ひと組のダンサー。

 これがもう、本当にタンゴの本場ブエノスの底力を見せつけられたライヴだった。2人の演奏の、丁々発止が行き過ぎて、もはや「わけがわからない」息の合い方。そしてアレンジの、凝っているけれども自己満足にはなりすぎないバランス感覚。よい意味でのマニアックなアレンジと演奏の数々も凄かったが、太い声の歌手と、それを伴奏する2人のリハーモナイズ(和声づけ)がさらに輪をかけて凄い。

 訊いてみると、アレンジは超絶テクニックの若手バンドネオン奏者、ニコラス・エンリッチが書いたという。僕も面識はあったが、今回のツアーでは遂に会う機会はなかった。

8月28日 28 de Agosto

 午前中は、前日に急遽決まったラジオ番組に出演。タンゴ専門の放送局“La 2×4”(ラ・ドス・ポル・クアトロ)で長く番組を持っているタンゴ評論家ルイス・タランティーノ氏の『エル・アランケ』という人気タンゴ番組だ。9月9日発売予定の僕のニューアルバム『ア・ラ・パリージャ』(ソニー SICC-39141)に収録したガルデル作曲の「帰郷(ボルベール)」も放送された。

ラジオ局で

 夕方からは世界3大オペラハウスとたたえられる、アルゼンチンを代表するオペラハウス「コロン劇場」の黄金の間(サロン・ドラード)で、僕のバンドネオンと福井浩気君(ギター)のデュオによるコンサートが開催された。

 やはり本場のお客さんは、外国人が自分たちのタンゴをどこまで理解しているのかに大きな関心を寄せていたようで、普通のタンゴを普通に演奏する(演奏できる)僕たちに、むしろ大きな敬意を払ってくれていることが拍手から感じられた。特に嬉しかったのは、僕が作曲した「アルフレド・ゴビへの私信」への大きな拍手で、僕がMCで「この曲、好きでしたか??」と訊いてみると、大きな声で「Si! (Yes!)」とリアクションが返ってきた。

福井浩気君とのデュオ・コンサートは黄金の間

 40分のライヴを終えて、ピアソラの元夫人で大歌手のアメリータ・バルタールさんが最前列に座っていてくれていたことに気がついた。今日のデュオの演奏を大いに褒めていただいた。来月には86歳になるという。彼女と2013年に共演させていただいたときの「ブエノスアイレスのマリア」のライヴレコーディングは、今でも僕たちの宝物である。

アメリータ・バルタールさんと嬉しい再会

 この日の夜はプチ打ち上げとして、ホテル近くのステーキの名店「レビレ」へ。アルゼンチンは名だたる牛肉生産国。分厚くてコクのある、それでいて軽さも併せ持つビーフステーキに舌鼓を打った。

ステーキはさすがのボリューム!

 「レビレ」の場所は昔は老舗レストラン「アルトゥリート」という店だったそう。なんとその「アルトゥリート」は、50年代に往年の大歌手、藤沢嵐子さんが公演をする度に、夜遅い夕食をとる常連客として通う店だったことが、今回ツアーに同行していた西村秀人さんの調べで判明。知らず知らず我々は70年前に大歌手、藤沢嵐子さんが毎夜ご飯を食べていた住所(Corrientes 1124) で食事をしていた、という驚くべき偶然なのだった…。いや、藤沢嵐子さんが僕らを守っていてくれたのだと思うことにしよう。

8月29日 29 de Agosto

 この日は「5月25日劇場 Centro Cultural 25 de Mayo」で、いよいよ僕のキンテート(五重奏)でのコンサートだ。

 サウンドチェックには難儀したが、意外にもリハーサルのときよりも安定した音のバランスになっていて、客席の熱気がどんどん高まっていくのが手に取るようにわかった。日本では絶対にブラボーが来ることのない曲でも、感心したようなブラボーが飛んでくるのが何より嬉しい。最後の「五重奏のためのコンチェルト」やアンコールの「ラ・クンパルシータ」が終わる頃にはスタンディングオベーションで大変な騒ぎになっていた。

5月25日劇場での小松亮太キンテートのステージ

 公演終了後、日本大使館のスタッフの方が会場入口近くで僕たちの乗る車を待っていると、年配のタンゴファンらしきお爺さま2人組から声をかけられたという。
「本当に感動した。単にいいコンサートだったというだけでなく、素晴らしい芸術に心を揺さぶられた。これほどタンゴの本質を捉えているグループは日本や諸外国はもちろん、アルゼンチンでもなかなかないだろう。本当にありがとう!」

これ以上の賛辞があるだろうか。そう、このために僕らは頑張っているのだ!

8月30日 30 de Agosto

 今日はいよいよメインのコロン劇場。しかもメインホールでのキンテートの本番日だ。

 ステージ袖では、久しぶりにピアニストのホセ・コランジェロ氏と会えた。 1985年から僕の両親とも何度となく仕事でご一緒した方であり、僕のアルバム『バンドネオン・ダイアリー』でも3曲、コランジェロ氏の作った曲を共演している。プロレスラーのような体格でピアノをぶっ叩いているようにも見えるが、実はデリケートなプレイも得意で、陰影を持ちながらポップな感性も見せる巨匠だ。

ホセ・コランジェロさんと 右は近藤久美子(ヴァイオリン)

 フェスティバル全体の監督・責任者、現代アルゼンチン音楽有数のプロデューサーでもあるグスタボ・モッシ氏とご挨拶してから、彼の司会で、僕たち小松亮太キンテートがステージに出ていき、ギッシリ満員のお客さんに演奏を届けた。

グスタボ・モッシさんと

 メンバー紹介を兼ねた僕のアレンジによるオスバルド・フレセド作曲の「ビダ・ミア(わが人生)」でスタートして、僕の自作「アルフレド・ゴビへの私信」を弾く前に「僕はゴビの大ファンなので…」というMCをすると、前の方に座っていたおじさんから、ブラボー!をかけられてテンションが上がった。

 最後は、ヴァイオリンの近藤久美子とピアノの松本圭司をフィーチャーした「めぐりあい Por la vuelta」。タンゴにジャズ風味を大胆に加味した大ピアニスト、オスバルド・ベリンジェリがアレンジしたこの曲では、1985年にこのアレンジを捧げられたヴァイオリニスト、志賀清さんをコロン劇場に連れてきてあげることができた気がして、弾きながら感激してしまった。

コロン劇場メインホールは誰もがあこがれる舞台

 いよいよこのフェスティバルでトリを務める名門グループ、セステート・マジョール Sexteto Mayor の出番。オリジナル・メンバーは全員亡くなったか引退したかで、現在のメンバーはオラシオ・ロモ&マリアーノ・シグナ(バンドネオン)、パブロ・アグリ&セサル・ラゴ(バイオリン)、フルビオ・ヒラウド(ピアノ)、キケ・ゲーラ(コントラバス)。主に70年代から演奏されてきたセステート・マジョールの名ナンバーをオリジナルの編曲そのままに、「夜のプレリュード」「ブエノスアイレスの冬」などが演奏された。

 オラシオ・ロモと僕は、1973年10月30日、同日に生まれたこともあり、僕がゲスト参加したコーナーでは、「Del 73(73年生まれ)」という、セステート・マジョールのオリジナルメンバー時代のリーダーでバンドネオン奏者、ホセ・リベルテーラが作曲した曲をやった。もうひとつは古いワルツをリベルテーラが豪華にアレンジした「心の底から」。やはりここでもオラシオ・ロモは優しく僕を扱ってくれて大変ホッとした(笑)。

セステート・マジョールのコーナーにもゲスト参加

 さらに、1940年生まれで現在85歳のピア二スト、ホセ・コランジェロ氏がゲストで登場したが、ちょっと驚いた。というのもセステート・マジョールとコランジェロ氏がほんの数時間前にステージでリハーサルしていたときは、上手く合わず、バラバラな演奏だったからだ。ブエノスの人たちはいざ本番となると、なぜこんなに奇跡的な演奏ができるのだろう…。

 最後は全員でステージに再登場してスタンディングオベーションの喝采を浴びた。

カーテンコールは華やかに

 コロン劇場で演奏させてもらえるという夢のようなオファー。やはり場所は遠かったけれども、いざスタートしたらアッと言う間に1週間が終わってしまった。上手く行ってホッとしたが、まだまだ僕には頑張らなければならないことが山積していることを思い知らされるツアーでもあった。僕の人生のターニングポイントになるこのツアーを実現してくれたグスタボ・モッシ氏をはじめとする主催者、関係者、ミュージシャンの皆様に心から感謝申し上げたい。

小松亮太キンテートの仲間たちと
A LA PARRILLA

【Information】
小松亮太 NEW ALBUM
『ア・ラ・パリージャ』

ソニー ミュージック
SICC-39141 3,740円(税込)
2026年9月9日(水)発売
演奏:小松亮太(バンドネオン)、福井浩気(ギター)
録音:2026年5月、6月 Sony Music Studios Tokyo
https://SonyMusicJapan.lnk.to/RyotaKomatsu_alaparilla


小松亮太 Ryota Komatsu

1973年 東京 足立区出身。
1998年、ソニーミュージックより CDデビュー。カーネギーホールやアルゼンチン・ブエノスアイレスなどで、タンゴ界における記念碑的な公演を実現している。
フジテレビ系アニメ『モノノ怪』OP曲「下弦の月」、TBS系列『THE世界遺産』OP曲「風の詩」など、多数の作曲も手掛けている。2021年よりラジオ番組「小松亮太の音楽世界旅行」の司会進行も務めている。
https://ryotakomatsu.net