30周年を迎えた セイジ・オザワ 松本フェスティバル

 小澤征爾が恩師・齋藤秀雄の名を冠し1992年に創設したセイジ・オザワ 松本フェスティバル(OMF)が30周年を迎えた。この2年は世界的なパンデミックの影響で中止を余儀なくされたが、この夏3年ぶりに開催される。昨年、来日するも無観客配信のみとなってしまったシャルル・デュトワが今年もサイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)の指揮台に上がる。一方、初登場となる沖澤のどかが《フィガロの結婚》を振るのも大きなトピックス。重鎮と注目の若手、二人の指揮者に話を聞いた。

シャルル・デュトワ(指揮)

ドビュッシーにはモントゥー、アンセルメの時代から受け継がれた響きがあります

(c)Kiyotane Hayashi

 シャルル・デュトワが昨年(無観客配信)に続き登場、武満徹とドビュッシー、ストラヴィンスキーを組み合わせたプログラムをSKOと演奏する。

 「武満の『セレモニアル』はフェスティバル側からの希望です。徹さんの誕生日は10月8日、私は7日というご縁で1980年代末に東京都内のレストランで互いにお祝いをした時、彼はお箸の使い方を教えてくれました。今回の作品以外にも『ノスタルジア』『精霊の庭』『系図』『ノヴェンバー・ステップス』『弦楽のためのレクイエム』など、数多くの作品を指揮しています。

 ストラヴィンスキーのバレエ音楽『春の祭典』は2021年の初共演の際、やはりフェスティバル側の希望で手がけるはずでしたが、コロナ禍でオーケストラ人数の制限などもあり、今年に繰り越されました。武満とストラヴィンスキーの間に何を入れるか? 私は昨年、SKOがドビュッシーの『海(管弦楽のための3つの素描)』を素晴らしく奏でたことへの敬意も踏まえ、同じ作曲家の『管弦楽のための映像』が最適だと判断しました」

 世界のオーケストラを長く指揮してきたマエストロは、SKOをどう評価するのか?

 「大変すばらしいオーケストラですが、ラヴェルやドビュッシーを“正しく”演奏するのは容易ではありません。1970年に初めて日本を訪れ、読響を指揮した時から一貫して感じるのは、日本のオーケストラの音色や響きにドイツ音楽、とりわけロマン派の影響が強く、レパートリーも60〜70%はドイツ=オーストリアとロシアが占め、フランスやイタリア、英国などの音楽の比重が低いことです。日本の音楽家は最初から勤勉で規律正しく、若い世代は世界各地で学び柔軟性も身につけていますから、例えばドビュッシーの場合、弓にあまり圧力をかけず、より軽く速く弾くといったボウイングのコツを伝えるのは、昔ほど困難ではなくなりました。SKOも昨年、非常にスペクタクルな結果を出してくださったので、フェスティバル30周年の節目に再び、ドビュッシーを指揮できるのは大きな喜びです」

 デュトワが意識する音楽の「伝統」は、実にオーソドックスなものだ。

 「若い頃、ピエール・モントゥーとボストン交響楽団の実演から多くを学び、スイス・ロマンド管弦楽団ではリハーサルに出入り、創設指揮者のエルネスト・アンセルメに直接質問することを許されました。モントゥーは『春の祭典』の世界初演者で、アンセルメは現行版の改訂に関わっています。それぞれの作品には必要とされるサウンドが確固として存在し、その違いを忘れてはなりません」
取材・文:池田卓夫
(ぶらあぼ2022年7月号より)

沖澤のどか(指揮)

《フィガロの結婚》の魅力はレチタティーヴォにこそ

(c)Felix Broede

 現在、ベルリンでキリル・ペトレンコのアシスタントを務めながら、ベルリン・フィルのカラヤン・アカデミーのコンサート等を指揮している沖澤のどか。彼女はOMFにもSKOにも初の出演となる。

 「このフェスティバルは、色々な指揮者や一流奏者が快適な場所に集まって演奏するという意味で、ヨーロッパの夏の音楽祭と似ている印象があり、オーケストラ(SKO)には、ソリストと様々な楽団の奏者の良い部分を集めたような特別感があります。まだ小澤征爾さんとの直接の交流はありませんが、新日本フィルのリハーサルやベルリン・フィルの公演で拝見していますし、子どもの時から本や映像、CDで触れてきた方。親しみやすいような、それでいて住む世界が違うような、本当に唯一無二の存在です」

 今回の演目は《フィガロの結婚》。沖澤は、日本ではこれまでに東京二期会の《メリー・ウィドウ》(2020)と神奈川フィルの《ヘンゼルとグレーテル》(2018)を指揮した経験がある。

 「オペラは歌手とのコンタクトやバランスの取り方が大事。またモーツァルトの『ダ・ポンテ・オペラ』ではレチタティーヴォのテンポ感やナンバーとの繋がりがカギになる。《フィガロ》の魅力はやはりそこだと思います。それにフランス革命の高まりなどの政治的背景。状況は違っても共感できる部分がありますし、貴族への強烈な風刺などを現代にどう反映させるかが面白いところではないでしょうか」

 レチタティーヴォ重視の発想はとても新鮮だ。

「名曲揃いなので音楽だけを聴いてももちろん楽しいのですが、どういう状況や会話から歌に繋がっていくのかという点が、通して観る際の大きな楽しみだと思います」

 これは、彼女が東京・春・音楽祭のイタリア・オペラ・アカデミーで、巨匠ムーティから学んだことでもある。

 「ムーティ先生が何度も話されていたのは『言葉の二重の意味』。裏に含まれた下世話な意味などを知ることです。先生は『言葉の裏にあるニュアンスやリズムにテンポが隠れている』と言われていました。それにイタリア語のリズムがそのまま音楽になっているので、楽譜以上に台本を読んで、リズム感を掴むよう意識しています」

 むろん今回の大役への意気込みも強い。

 「この公演は間違いなく今年の私の活動のハイライト。これまで培ってきたすべて─アシスタントやピアニスト、プロンプターの経験、学生時代の演出の経験や時間をかけてイタリア語の詩を読んできたことなど─を注ぎ込めるよう、全力で臨みたいと思います」

 話を聞くだに、この《フィガロ》は見逃せないとの思いひとしおだ。
取材・文:柴田克彦
(ぶらあぼ2022年7月号より)

【information】
2022 セイジ・オザワ 松本フェスティバル
2022.8/13(土)〜9/9(金) キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)、松本市音楽文化ホール(ザ・ハーモニーホール)、まつもと市民芸術館 他

●オーケストラ コンサート(デュトワ)
8/26(金)19:00、8/28(日)15:00 キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
曲目/
武満徹:セレモニアル – An Autumn Ode - 
ドビュッシー:管弦楽のための「映像」 
ストラヴィンスキー:春の祭典
●オペラ モーツァルト《フィガロの結婚》(沖澤)
8/21(日)15:00、8/24(水)17:00、8/27(土)15:00 まつもと市民芸術館・主ホール
●30周年記念 特別公演 アンドリス・ネルソンス指揮 サイトウ・キネン・オーケストラ
11/25(金)19:00 キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館) 
11/26(土)15:00 ホクト文化ホール(長野県県民文化会館)

曲目/マーラー:交響曲第9番 ニ長調

問:セイジ・オザワ 松本フェスティバル実行委員会0263-39-0001 
https://www.ozawa-festival.com
※フェスティバルの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。