鬼才ネマニャ降臨! 読響と放つ熱狂と衝撃のステージ

文:池上輝彦

 海老原光のエネルギッシュで緻密な指揮で、ヴァイオリン界の鬼才ネマニャ・ラドゥロヴィチの超絶技巧と読売日本交響楽団の高度な機能性がほとばしる。2026年7月4日のウェスタ川越大ホール(埼玉県川越市)、翌7月5日のかつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール(東京都葛飾区)は熱狂と衝撃の場となる。両公演とも、ネマニャが弾くモンティ「チャルダッシュ」やラヴェル「ツィガーヌ」の情緒とのコントラストで、ベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調「運命」のドラマティックな論理性が際立つ貴重なプログラムだ。

左:海老原光 ©JUNICHIRO MATSUO
右:ネマニャ・ラドゥロヴィチ ⒸHiromichi

ヴァイオリンの魅力満載の4曲

 「運命」は言わずと知れた交響曲の金字塔。しかしあまりにも人口に膾炙したために、作品の本質を聴き込めない面もありそうだ。そもそも「運命」という愛称は日本くらいでしか通用しない。劇的な交響曲には違いないが、難聴を患ったベートーヴェンの「運命」に引っ張られすぎず、音の見事な論理性にも耳を傾けたい。その絶好の機会が川越と葛飾で訪れる。ネマニャの超絶技巧による熱情あふれる4曲との対比で聴けるからだ。

「ネマニャさんの故郷セルビアと隣国のハンガリーやクロアチアとは縁があったので、彼の演奏を聴くと懐かしさを感じます。地の底から湧いてくるような大地のエネルギーと生きる喜びの音楽は読響とも相性抜群です」と海老原はネマニャと読響との共演に期待している。「ネマニャさんのプログラムはヴァイオリンの魅力満載の名曲揃い。特にモンティの『チャルダッシュ』とラヴェルの『ツィガーヌ』は同じロマの音楽を扱いながら全く違う肌触りの音楽です」と海老原は指摘する。

 ドヴォルザーク「我が母の教え給いし歌」、マスネ「タイスの瞑想曲」でのネマニャの叙情性も必聴だ。彼が今回の曲目を読響と演奏するのは2度目。「どの作品も短く親しみやすい一方、音楽的に奥が深い。マスネの『タイスの瞑想曲』には叙情的なフランスらしさが感じられ、ラヴェルの『ツィガーヌ』は、ドヴォルザークやモンティといった東欧の精神とリンクする」とネマニャ。フランスに移住したセルビア人ヴァイオリニストらしい曲目といえる。

色彩豊かなビゼー「アルルの女」

 両公演とも前半では冒頭、ネマニャが登場する前にビゼーの「アルルの女」第2組曲(ギロー編曲)を海老原指揮の読響が演奏する。「パストラール」「間奏曲」「メヌエット」「ファランドール」の4曲で構成され、色彩感あふれるオーケストレーションと南フランス風の旋律美が魅力の人気の管弦楽組曲だ。

 読響は、フランス出身の第9代常任指揮者で現在は桂冠指揮者のシルヴァン・カンブルランに長年鍛えられ、ビゼーのような色彩感豊かなフランス音楽を非常に得意としている。海老原指揮の「アルルの女」第2組曲でも、読響の洗練された響きや高い機能性がいかんなく発揮される。しかもビゼーのエキゾチックな音楽は、ネマニャが弾くマスネやラヴェルらの音楽に通じるところが大きい。

 読響について海老原は「学生時代からその豪快な音色で一番好きなオーケストラでしたが、指揮者になった今でもその想いは変わりません」とコメントする。ネマニャは読響の「献身的な芸術性」を称賛し、「ソリストとして共演しているというよりも、室内楽を演奏しているような気分になる」と語る。こうして前半は、読響が得意とするフランス音楽とネマニャの超絶技巧、海老原の情熱的な指揮で色彩と情緒が織り成す興奮の演奏が繰り広げられる。

読売日本交響楽団 読響

「運命」の本質が初々しく伝わる

 さて、後半のベートーヴェン「運命」はどうか。これは前半と同様に大きな感動をもたらす演奏になるが、前半とは全く異なる性格の感動になるだろう。前・後半のコントラストが大きいプログラムなのだ。「華やかな『アルルの女』とドラマティックな『運命』。同じオーケストラとは思えない響きの違いに身を委ねてください」と海老原。ビゼーやマスネ、モンティは旋律美と超絶技巧による情緒の美学、ベートーヴェンの「運命」は動機の論理的発展による構築の美学である。

 誰もが知る「(ン)タタタターン」の運命の動機がいかに展開し、第1楽章ハ短調の「苦悩」から第4楽章ハ長調の輝かしい「勝利」へと至るか。色彩と情緒の音楽を堪能した後だからこそ、ベートーヴェンが企図した主題労作の論理性という本質が聴き手に初々しく伝わり、新たなフェーズの感動を巻き起こす。それを狙っているとしか思えない画期的なプログラムだ。

「演奏会のまさにその瞬間に初めて曲が生まれたようなライブ感あふれる演奏は、読響でしか体験できない」と海老原は言う。ベートーヴェンの「交響曲第5番ハ短調」が「運命」の通念を超え、ドラマティックな音の論理性という本来の姿を現す。初めてベートーヴェンの「第五」が生まれたような躍動感あふれる演奏に衝撃と感動を受けることだろう。

 2027年にはベートーヴェン没後200年が控えている。日本では2025年に映画『ベートーヴェン捏造』がヒットし、すでにブームの機運が高まっている。ここで代表作「交響曲第5番ハ短調」を読響のライブでしっかり体感し、その本質をつかんでおきたい。「どこを取っても語り尽くせない魅力にあふれた演奏会になりそうです」と海老原は意気込む。それぞれの名曲が本来の個性を際立たせて躍動する川越と葛飾の読響ライブに足を運びたい。

ウェスタ川越
かつしかシンフォニーヒルズ

【公演情報】
読売日本交響楽団 海老原光×ネマニャ・ラドゥロヴィチ
2026.7/4(土)14:00 ウェスタ川越 ヤオコー大ホール

問:ウェスタ川越 049-249-3777
https://www.westa-kawagoe.jp

読響プレミアクラシックス
海老原光 × ネマニャ・ラドゥロヴィチ × 読売日本交響楽団

2026.7/5(日)14:00 かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール
問:かつしかシンフォニーヒルズ 03-5670-2233
https://www.k-mil.gr.jp/index.html

出演/
指揮:海老原光
ヴァイオリン:ネマニャ・ラドゥロヴィチ

プログラム/
ビゼー:「アルルの女」第2組曲
ドヴォルザーク:我が母の教え給いし歌
ラヴェル:ツィガーヌ
マスネ:タイスの瞑想曲
モンティ:チャルダーシュ
ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」


池上輝彦 Teruhiko Ikegami

音楽ライター。日本経済新聞社シニアメディアプロデューサー兼日経広告研究所研究員。早稲田大学商学部卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽報道記事やレビューを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートも手掛ける。ヤマハ音楽情報サイト「音遊人」で「クラシック名曲ポップにシン・発見」、日経文化事業情報サイト「art NIKKEI」で「聴きたくなる音楽いい話」を連載中。
日本経済新聞社記者紹介 https://www.nikkei.com/journalists/19122304
ヤマハ音楽情報サイト「音遊人」 https://member.jp.yamaha.com/topics/myujin
art NIKKEI「聴きたくなる音楽いい話」 https://art.nikkei.com/magazine-title/music-stories/