
「CDを録音するときは、これが自分の最後の録音だと思って、ベストになるものを目指します。今回は楽器の力も借りて、ほんとうにそれが実現できたと思います。できるだけたくさんの方に聴いていただけると嬉しいです」
戸田弥生は、1993年のエリザベート王妃国際音楽コンクールでの優勝以来、日本を代表するヴァイオリニストの一人として活躍を続けている。CD録音も継続的に行ってきた彼女の最新作が、『名器の響き —The Sound of Maestros—』だ。名古屋を拠点に全国各地に店舗をもつ弦楽器専門店「シャコンヌ」の創業50周年を記念するディスクで、同社と関連会社の「カノン」が所有するヴァイオリンの名器から選んだ8挺で、古今の名曲9曲を演奏したものだ。
名器との出会いが生んだ特別なレコーディング
「世界遺産ともいうべき凄い楽器ばかりで、特色も歴史も違いますから、自分がどこまで応えられるか、最初はすごく不安でした。でも弾きはじめると、不安は一瞬のうちに消え、どの曲と組み合わせるのかも意外とすんなり決まりました。それぞれの楽器の魅力とパワー、そして包容力、それらの力を借りて気持ちを乗せてもらったことで、演奏会に近い自然で生き生きとした雰囲気の中で、すごく楽しみながら、2日間でレコーディングすることができました」
製作年代が最も古く、「楽器の歴史そのものが伝わってくるような、オルガン的な深い音色を持つ」ガスパロ・ダ・サロ。「大きなホールよりもサロンやヨーロッパの教会でじっくり聴いてほしい、甘美な」アマティ、「華やかで、キラキラと輝くような」ストラディヴァリウスに、「弾きやすいフォルムとみずみずしい音色をもつ」ピエトロ・ガルネリ。「力強くて深い、いい音の」ガルネリ・デル・ジェスは、7、8年愛用して古い友人のような1728年頃のものと、1739年頃に製作されたものの2台、「いろいろな人生を乗り越えてきたような凄みと力強さをもつ」ベルゴンツィ、そして「シャコンヌ」の創業者である故・窪田博和の「楽器に対する夢や信念、魂がすべて入っている」生涯最後のヴァイオリン。これらの豊かな個性をもつ8挺が、さまざまなインスピレーションをもたらしてくれたという。
「曲目は演奏会用の華やかで、重要なレパートリーを集めました。幼なじみでもある野原みどりさんの素晴らしいピアノが助けてくれて、楽に進めることができました。今回もご一緒できてほんとうによかったです」
自身の歩みも映す名曲たち
愛用のガルネリ・デル・ジェスで演奏した2曲のうち、パガニーニの「ネル・コル・ピウ」の主題による序奏と変奏曲は、高校生のときから弾きはじめ、うまくできずに師の江藤俊哉に怒られた、思い出の曲。「いつかリベンジしたいと思っていたんです(笑)」。
もう1曲のシマノフスキの「夜想曲とタランテラ」はエリザベート・コンクールの課題曲だったもの。つまりこのアルバムには、ヴァイオリンの名器、弦楽器専門店「シャコンヌ」、そして戸田自身の、3つの歴史がつまっている。
なお、6月には名古屋、7月には札幌と東京で、今回の録音で用いた複数の名器を用いるコンサートが開催される。札幌と東京では、バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」全6曲を一日で、6挺の楽器で演奏する。
「人生をかけてがんばります。私のキャリアの中でも、記念すべきコンサートになると思います。ぜひいらしてください」
取材・文:山崎浩太郎
(ぶらあぼ2026年7月号より)
シャコンヌ創業50周年記念演奏会 戸田弥生 名器の響き
2026.6/27(土)15:00 名古屋/Halle Runde
問:シャコンヌ名古屋店 052-202-1776
2026.7/17(金)18:30 札幌/ザ・ルーテルホール
問:シャコンヌ札幌店 011-221-2561
2026.7/24(金)18:30 王子ホール
問:シャコンヌ銀座店 03-3528-6735
https://www.chaconne.info
※公演によりプログラムは異なります。詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。

SACD『名器の響き―The Sound of Maestros―』
妙音舎
MYCL-00075
¥3740(税込)


山崎浩太郎 Kotaro Yamazaki
1963年東京生まれ。演奏家の活動と録音をその生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書は『演奏史譚1954/55』『クラシック・ヒストリカル108』(以上アルファベータ)、片山杜秀さんとの『平成音楽史』(アルテスパブリッシング)ほか。
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