
「音楽っていいな、といちばん思えるのがシューベルトだよ」。清水和音はそんなふうによく言う。だから、説明なんてしたくない、と。男は黙ってピアノを弾くだけだ。
まったく惜しいことに、最近では年に数えるほどしかリサイタルをしない清水和音が、王子ホールでの初めてのソロ・ステージに選んだのが他ならぬシューベルト。最晩年の傑作を組み合わせ、3つのピアノ曲 D946の2篇に先導されて、2つの即興曲集 D899とD935が前後半に据えられている。きれいなプログラムで、しかも深い。敢えてソナタを弾かず、ソナタ風の趣をもつ曲集を採って、そこにシューベルトの本懐をみるのも清水和音らしい。
彼が2年前の夏、王子ホールのために選んだピアノが、この好機に、親しい空間で存分に相応しく活かされるのだろう。大ホールを余裕の響きで満たすヴィルトゥオーゾだが、同時に濃やかな繊細さと優美で粋なはからいも、この稀代の名手のさりげない魅力である。
「シューベルトは他の作曲家よりも心の純度が高いから」とも彼は言う、「自分だけに語りかけてきているとみんなが思うんだ」。ルービンシュタインが晩年に「シューベルトは自分のために弾くレパートリーの、もっとも大切な部分を占めている」と述べたが、とても共感すると話してもいた。
デビュー45周年の秋に、清水和音が彼自身のために弾く特別な音楽。リサイタルの孤独に寄り添うように、シューベルトの親密さが真っ直ぐ温かに歌いかけてくるに違いない。実に楽しみだ。
文:青澤隆明
(ぶらあぼ2026年6月号より)
清水和音 ~シューベルトの夕べ~
2026.9/8(火)19:00 王子ホール
問:王子ホールチケットセンター 03-3567-9990
https://www.ojihall.jp

青澤隆明 Takaakira Aosawa
書いているのは音楽をめぐること。考えることはいろいろ。東京生まれ、鎌倉に育つ。東京外国語大学英米語学科卒。音楽評論家。主な著書に『現代のピアニスト30—アリアと変奏』(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの『ピアニストは語る』(講談社現代新書)、『ピアニストを生きる-清水和音の思想』(音楽之友社)。『ショスタコーヴィチを語る』(青土社)で、亀山郁夫氏と対談。そろそろ次の本、仕上げます。ぶらあぼONLINEで「Aからの眺望」連載中。好きな番組はInside Anfield。
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