脇園 彩(メゾソプラノ)

「どんな逆境にあっても愛や幸せを選ぶ決意の大切さ」を教えてくれるアンジェリーナ

(C)Ambra Iride Sechi

 オペラの本場イタリアで認められた世界水準のメゾソプラノ、脇園彩。4度目となる新国立劇場の舞台は満を持しての十八番、ロッシーニ《チェネレントラ》のアンジェリーナ。それも新シーズンの開幕、新制作公演だ。

 「だれにでも出会わなければいけない人がいるとしたら、私にはアンジェリーナがその一人。演じるたびに大切なことを教えてくれます」

 そう語る脇園も、コロナ禍においては欧米で活躍する歌手の例に漏れず、舞台で歌う機会を失っていた。しかし、「私の人生には歌しかないなと。それも劇場でお客さまと一緒に舞台を創りあげたいのだと、あらためてわかったんです」。

 その点では恵まれていたという。
 「ミラノの同居人がピアニストなので、ロックダウンの下でも毎日練習できました。また、レパートリーを切り替えようとしていた矢先で、新しい役の練習にしっかりと時間を割けました」

 これまで脇園は《セビリアの理髪師》のロジーナのイメージが強かったが、今後はドニゼッティやベッリーニ、ロッシーニならオペラ・セリアに軸足を移そうとしている。だが、アンジェリーナは今後も歌っていきたいという。

 「ロジーナ同様にブッファの役ですが、アンジェリーナはタイトルロールなので歌う場所が多いうえ、音楽的にはセリアに近いのです」

 そんな役を演じながら、なにを学んできたのか。
 「前回、この役を歌ったのは2019年11月、サルデーニャ島のサッサリの劇場でしたが、公開ゲネプロの前に声が出なくなってしまいました。それでも自分にできることは、このオペラがもっている力を伝えることだと思って。それは、どんな人も、いつからでも自分の人生を変えることができる、というメッセージです。アンジェリーナは1817年に書かれたと思えないほど自立した女性。そう思ったら楽譜に書かれている音が自分に突き刺ささり、作品の素晴らしさをあらためて実感したのです」

 なんとか歌い終わると、「満場のお客さまが力いっぱい拍手をしてくれたんです。でも一方で、この素晴らしい役を完璧からかけ離れた状態で歌って、申し訳ない気持ちでした。そうしたら“完璧じゃないからいいんだよ”という天の声を聞いた気がして。芸術とは多様性の表現。完璧とは正反対のところに真実があることも多いのです」。

 そのとき「愛」の意味を教わったという。しかし、問題が残った。
 「《チェネレントラ》を前にすると、条件反射でのどが絞まってしまうんです。そこで、あえて初見のように接して、細かいパッセージもゆっくりと歌ってみたら、恐怖は消えていました。ゼロから始めることの大切さを教わりました」

 むろん、表現をさらに深めるための努力も怠らない。
 「私の声帯は速いパッセージを歌うのには向いていますが、レガートが弱点でした。その弱点をテクニックで埋めるべく練習すると、以前より低い声が自然に出るようになったんです」

 低い音への困難も解決し、脇園史上、最高のアンジェリーナは約束されたが、共演陣はどうか。
「新制作で1ヵ月の稽古期間があって、すぐれた人と時間をかけて舞台を創ることができ、夢が実現するようです」

 と彼女が語るその面々は、「歌の輝かせ方を知悉している指揮のレジェンド」マウリツィオ・ベニーニ、「テクニックをひけらかさず人生の美しさを表現できる」アレッサンドロ・コルベッリ、「天性の声に魅了される」ルネ・バルベラ……と、理想のキャストである。

 そして、「東京藝大時代の恩師でいつか仕事をしたかった」という粟國淳の演出は、「ハリウッドやチネチッタのような映画スタジオからインスピレーションを得たという舞台で、ローマで試着した衣裳は、大好きな1950〜60年代をモティーフにしたクラシックなもので、私のど真ん中のセンスでした」。

 こうなるとオペラの力も倍加するはずだ。
 「この作品のメッセージ性の宇宙的壮大さに、私は圧倒されつつ魅了されてきました。アンジェリーナは、どんな逆境にあっても愛や幸せを選ぼうと決意し、王子との結婚式を勝ちとると、その前に“私の復讐は許すこと”と言います。だれかへの怒りを抱いたままでは、いつまでも幸せになれません。幸せは自分自身で選択するもの。それを選び続けることの大切さを、より多くの人に伝えたい」

 このコロナ禍、やり場のない怒りを抱く人たちに向けて、これほどタイムリーなオペラもない。
取材・文:香原斗志
(ぶらあぼ2021年9月号より)

*指揮を予定していたマウリツィオ・ベニーニは、本人の都合により出演できなくなりました。代わって、城谷正博が指揮いたします。(8/19主催者発表)
詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。


【Profile】
東京藝術大学卒業、同大学院修了。パルマ国立音楽院に留学。2014年、ペーザロのロッシーニ・アカデミーに参加し《ランスへの旅》に出演。同年ミラノ・スカラ座アカデミーに参加、《子供のためのチェネレントラ》アンジェリーナでスカラ座デビュー。最近の出演に、ロッシーニ・オペラ・フェスティバル、カリアリ歌劇場、バーリ・ペトルッツェッリ劇場他で《セビリアの理髪師》ロジーナ、ヴェローナ・フィラモニコ劇場《チェネレントラ》、トリエステ・ヴェルディ劇場《ナブッコ》フェネーナ、パレルモ・マッシモ劇場《イドメネオ》イダマンテなど。

【Information】
新国立劇場 2021/22シーズン開幕公演

ロッシーニ《チェネレントラ》(新制作)(全2幕、イタリア語上演/日本語及び英語字幕付)

2021.10/1(金)19:00、10/3(日)14:00、10/6(水)19:00、10/9(土)14:00、10/11(月)14:00、10/13(水)14:00 新国立劇場 オペラパレス
8/28(土)発売

演出:粟國 淳 
指揮:城谷正博
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

出演
ドン・ラミーロ:ルネ・バルベラ 
ダンディーニ:上江隼人
ドン・マニフィコ:アレッサンドロ・コルベッリ 
アンジェリーナ:脇園 彩
アリドーロ:ガブリエーレ・サゴーナ
クロリンダ:高橋薫子
ティーズベ:齊藤純子 
合唱:新国立劇場合唱団

問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999 
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/