モーツァルトとワーグナーが最後のオペラでたどり着いた世界観を表す
宮本亞門が、東京二期会の2021-22シーズンで2本のオペラを演出する。この9月にモーツァルト《魔笛》(オーストリア、リンツ州立劇場との共同制作)、そして来年7月にワーグナー《パルジファル》(フランス国立ラン歌劇場との共同制作)。
《魔笛》は前回の2015年の上演から6年ぶりの再演となる。絶望しているサラリーマンの家庭から始まる演出は、楽しさ満載ながらも、生きていくための試練という問題を、私たちにとってのテーマとして正面から問いかけるものだった。
コロナ禍をはさんで、舞台はどう変化するのだろうか?
「正直まさかここまでコロナが長引くとは思っていませんでしたし、不安定な気持ちは誰もが持っていると思います。でも、健康が当然だったのと違って、人々の意識は変わりますよね。モーツァルトも幼い頃に天然痘にかかっていて、とても死が身近な時代でした。啓蒙主義の時代でもあり、彼が所属していたフリーメイソンも自由、平等、友愛といった考え方をベースにしています。
特にこのオペラで心を打たれるのは、ザラストロが男性優位の教団のほかのメンバーの強い反対を押し切って(ある意味、反逆だと思います)、タミーノだけでなく女性のパミーナにも一緒に、火と水の試練に向かわせるところです。
時代は変わっていくと思っていたモーツァルトが、フリーメイソンの価値観をそのまま受け入れるのではなく、もっとこうあるべきだという批判精神を発揮していると感じます。このオペラでは、違う立場、違う考えの人たちがいて、それぞれが他者と自分との関係を見つめ直す。たとえばモノスタトスを見て、ザラストロも悩みこみ、考え始めるんです」
近年ヨーロッパでめきめき頭角を現しているリトアニア出身の若手女性指揮者ギエドレ・シュレキーテとのコンビネーションも楽しみである。
新制作の《パルジファル》は20年1月〜2月にストラスブールのフランス国立ラン歌劇場で上演されて大きな話題を呼んだ舞台である。
「ワーグナーを演出するのは初めてでしたが、これは偶然ではなく必然だったと思っています。《パルジファル》を選んだのは、癌で亡くなったラン歌劇場の総裁エヴァ・クライニッツからの強い願いがあったからです。エヴァは僕に《金閣寺》を提案してくれた方でもあります。いつも朝から晩まで劇場に来ていて、彼女ほどやさしく美しく、芸術を愛した人はいなかった。それがどんどん病気で弱っていくなかで、彼女はこう言ってくれたのです——闇と光を両方知っているあなたのような演出家に、西洋的でない論法で《パルジファル》をやって欲しい——と。エヴァは、自分自身のことをこのオペラの登場人物クンドリと重ねて考えていたと思います。クンドリは、本当はとても正直な女性であり、徹底的に自分自身を否定し、罪のある汚れた存在だと思い込んでしまっている人の空しさを抱えています。そんなクンドリが最後は清められて死ぬという風にしたかった。
舞台は美術館の設定にしています。昔からのしきたりや戦争などで苦しんでいる人たちの霊が、浄化されずにたまっている場所として描きました。過去の人生のあり方について苦しんでいる人たちが、共にお互いを思ったことによって、雲が晴れていくような美しい音楽になっていく…。
ワーグナーの音楽が、ほかの作曲家たちと違うのは、曲を作るときの視点、想像力の壮大さ、魔術や呪いにも似た、血を躍らせるようなものがある、というところですね。理性では収められない人知を超えたその世界観は、美しいですが危険でもあり、どこまでも連れていかれる感じがします」
バイロイトでも実績あるセバスティアン・ヴァイグレと読売日本交響楽団という盤石なオーケストラの響きを得て、亞門演出によってワーグナーの最後のオペラがどのように体験できるのだろうか。
オペラ・ファンならずとも、このモーツァルトとワーグナーは、ぜひとも注目したい。
取材・文:林田直樹
(ぶらあぼ2021年9月号より)
【Profile】
2004年東洋人初の演出家としてオンブロードウェイにて『太平洋序曲』を上演し、トニー賞4部門ノミネート。ミュージカル、ストレートプレイ、オペラ、歌舞伎等ジャンルを越えて国内外で活躍を続けている。13年オーストリア・リンツ州立劇場《魔笛》にて欧州オペラ初演出を果たし、15年東京での凱旋公演を成功させる。18年にはフランス国立ラン歌劇場《金閣寺》、20年同歌劇場にて《パルジファル》を新演出。20年コロナ禍で立ち上げた「上を向いて歩こう」プロジェクトを展開中。 最新プロジェクト〈リーディング演劇『スマコ』〉をYouTubeで無料公開中。著書に『上を向いて生きる』(幻冬舎)。
【Information】
東京二期会 2021-22シーズン 二期会創立70周年記念公演
宮本亞門演出作品
■リンツ州立劇場との共同制作公演 東京二期会オペラ劇場
モーツァルト《魔笛》(全2幕、日本語字幕付・原語(ドイツ語)上演)
2021.9/8(水)18:30、9/9(木)14:00、9/11(土)14:00、9/12(日)14:00
東京文化会館
指揮:ギエドレ・シュレキーテ 管弦楽:読売日本交響楽団 合唱:二期会合唱団
■フランス国立ラン歌劇場との共同制作公演 東京二期会オペラ劇場
ワーグナー《パルジファル》(全3幕、日本語及び英語字幕付・原語(ドイツ語)上演、新制作)
2022.7/13(水)、7/14(木)、7/16(土)、7/17(日)
指揮:セバスティアン・ヴァイグレ 管弦楽:読売日本交響楽団 合唱:二期会合唱団
問:二期会チケットセンター03-3796-1831
http://www.nikikai.net
※《魔笛》は山形、群馬、北海道公演あり。各公演の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。