ダンサー、振付家の勅使川原三郎が8月、芥川龍之介の小説に想を得て創作した勅使川原三郎版『羅生門』を東京と愛知で世界初演する。7月15日、勅使川原が芸術監督を務める愛知県芸術劇場で、勅使川原ほか、本公演に出演する佐東利穂子、ハンブルク・バレエ団プリンシパルのアレクサンドル・リアブコが登壇し、記者会見が行われた。
勅使川原は、拠点である東京・荻窪のカラス・アパラタスなどで、音楽を伴った作品以外にも、ドストエフスキーの『白痴』など文学作品に想を得た新作を数多く手掛けてきたが、今回の『羅生門』は有名な黒澤明の映画版でなく、芥川龍之介の短編小説を基にしている。勅使川原が自らも出演するほか、振付・演出・美術・照明・衣装・音楽構成も担当。単に物語をダンスでなぞって見せようとするのではない、とかねてより名言していたが、『羅生門』を選んだ理由を次のように語る。
「映画版と芥川の小説とは明らかに違います。芥川の原作に基づいて創作することに意義があると思っています。創作する時に私は、いま生きているこの現代で、自分が感じていることを反映し、そこに基づく実感が舞台上にいきいきと表せる原作、内容をもったものを題材として選びます。
『羅生門』を翻訳したい訳ではありません。物語の始まりと終わり、その前後の書かれていないこと、それがその小説を成り立たせているのではないかと感じたのです。物語の先に何があるのかを感じさせることによって、ダンスが終わることができ、ダンスの終わりが始まるのです。そこには、なぜ書かれるのか、なぜダンスをするのか、その問いかけの答えがあると考察します。下人、老婆、鬼という登場人物をどのようなキャラクターでどのようにダンス化するかは創作段階で決めます。私はこのダンス作品の創作に期待しています」
また勅使川原は、芥川の『羅生門』に神話性が読み取れると語る。
「現代の私たちが読み返した時に、いにしえの時代にかかれたものが神話なのではなく、その時代の人間が生き生きとしたものとして感じる、それが神話であると思っています。『羅生門』はある種、いまの時代の人々が共感できる、いまの時代に通じるものがあります。
死人と生きている人間が区別なく放置されているような悲惨な場所で、雨宿りした男(下人)がそこで見聞きしたことに動揺し、落ちぶれたくないと思いつつも、自分のなかにある欲望や、生きていくためにはどうすればよいかという狭間で葛藤する。
非日常的でありながら、時代の難しさ、混乱、困難、恐怖、動揺がそこにはある。まさに、いまの私たちの時代そのものだと思います。ただ社会批判をするような社会性を問うものではなく、人間は常に戦い、争い、だまし、そこから這い上がろうとする。そこにこそ、生き生きとした“生”を必要としているという本質があるような気がするのです」
本作には、勅使川原が「私が感じる世界最高峰のダンサーの一人」と称する佐東利穂子に、ジョン・ノイマイヤー率いるハンブルク・バレエ団で『椿姫』『ニジンスキー』などを踊り、プリンシパルとして長年活躍するアレクサンドル・リアブコがゲスト出演する。勅使川原は2人に共通するものがあり、「大いに力づけられる」という。
「2人は謙虚でありますが、内面的に強いものを持っている。それこそが、何かを表現する者にとって必要なこと。余分な力を込めず、地に足がつき自分が自分としていられること、必要以上に自分自身を見せようとせずに、だからこそ見えてくることがあることを知っている知性を感じます」
来日後、2週間の隔離期間を経て、会見前日より本格的なリハーサルに参加するリアブコは、勅使川原とは今回初めての協働となる。隔離期間中もSkpeでオンライン・リハーサルを行っていたという。
「勅使川原さんからは、『身体がどういう風に感じるか』ということを常に問われました。身体や皮膚の内側から外側へとコミュニケーションをとる、身体の動きを意識することはいままでにない経験です。
勅使川原さんはビビッドなイメージを次々に与えてくださり、とても興味深かったです。昨日愛知に来て、同じ空間で探求していますが、スタジオから劇場にどう持っていくのか楽しみです」
勅使川原、リアブコの発言を聞いて「さらなる喜びを感じている」と語る佐東。
「サーシャ(リアブコ)とはまったく面識がない中で仕事をはじめるという非常に珍しいケースで、出演を引き受けてくれたことが非常にありがたかったです。メールやオンラインでのやりとりで彼のことを知っていくと真摯な方で、直接的ではないやりとりのなかでもある種の信頼関係がすでに生まれていたと感じています。
勅使川原さんは文学作品から想を得た作品をよく創っていますが、私が想像していたものとは異なるものが生まれてきました。今回も恐らくそうであろうと予感しますが、それがどこに向かっているのか、頭も身体も新鮮な気持ちで作品に向き合いたいと思っています」
「リアブコ、佐東、私という、ある意味強力な3人のキャラクターを活かすためにも、この作品を成功させたい」と力強く語る勅使川原。創作にかける想いを熱く語った。
「危機感が強いときほど、明快な判断が求められます。危機のなか、その狭間にこそ映し出される、そこにしか見られない現実があり、そこから見える展望が何なのか、それをテーマにダンスを創作したかったのです。
『羅生門』を具体化するのは簡単ではないと思われるかもしれませんが、音楽を伴った作品や、ありふれた日常を描く作品でも、ダンスにするのは難しい。私は、いまほんとうに危機を感じています。
人間が持っている罪の意識、危機、それによって判断しなければならない状況が今なのではないか。それが自分に突きつけられたと感じ、一歩前に出て何かを話そう、表現しようとすることは芸術家には必要だと感じます。私にとってそれが面白い。
障壁があって危機があれば、前に出て、よりそこに接近して、その本質に向かおうとするのがダンサーであり、それが私なのです。平穏ですべてがうまくいっているように見えて、じつはその陰に何かが隠されているかもしれない。だとすれば私はその隠された何かに対する興味がより強く、安定ではない傾斜しているようなところに希望を持ちます。希望というのは、私にとってはダンスです。
ダンスは動くことです。いろいろな営みのなかにダンスの基礎になるものはいっぱいあり、この作品からどういうことを読みとるかが大事です。発信者、表現者として問われるわけで、表現の責任として稽古をします。ここにいる強力な仲間、高度なテクニックを持ったスタッフと一緒に仕事することが何よりも楽しい。創作は困難を伴いますが、そこから決して目を背けずに、よい仕事をしようと思っています」
勅使川原三郎版『羅生門』は、8月6日から8日まで東京芸術劇場 プレイハウス、11日に愛知県芸術劇場 大ホールにて上演され、今後海外での上演も検討しているという。なお、東京公演では、宮田まゆみが舞台上で笙と鳴りものを生演奏する(愛知は録音)。宮田はこれまでにも、伶楽舎『秋庭歌一具』(2016年11月)、『調べ─笙とダンスによる─』(2018年5月初演)で、勅使川原と佐東と共演しており、今回の協働でもどのような響きで作品を色づけるのか興味は尽きない。
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●芥川の文体をダンスで表す(文:小沼純一 ぶらあぼ2021年8月号掲載)
【information】
勅使川原三郎版『羅生門』
演出・構成・振付・照明・美術・音楽構成:勅使川原三郎
出演:勅使川原三郎、佐東利穂子、アレクサンドル・リアブコ(ハンブルクバレエ)
宮田まゆみ(笙演奏)
原作:芥川龍之介『羅生門』より
2021.8/6(金)19:30、8/7(土)16:00、8/8(日・祝)16:00 東京芸術劇場プレイハウス
問:KARAS 03-5858-8189
https://www.st-karas.com
2021.8/11(水)19:00 愛知県芸術劇場
問:愛知県芸術劇場052-971-5609
https://www-stage.aac.pref.aichi.jp