【ゲネプロレポート】新国立劇場の新シーズンが《夏の夜の夢》で開幕!

オペラになったシェイクスピアの傑作喜劇

 いよいよ、この10月から新シーズンの開幕にあわせ、新国立劇場のオペラ公演が戻ってくる。オペラに先立ち10月2日からは中劇場で演劇(シェイクスピア『リチャード二世』)が幕を切り、オペラは10月4日にブリテンの《夏の夜の夢》が初日を迎えた。

 昨シーズンは2月16日に上演したロッシーニ《セビリアの理髪師》の千秋楽まで実施できたものの、それ以降の5演目(計19公演)は新型コロナウイルスの感染予防のため、中止にせざるを得なかった。2020/21シーズン幕開け公演となる今回の《夏の夜の夢》も海外からのキャスト全員が変更。演出家チームも当然、来日が叶わない状況ではあったが、もともとベルギーの王立モネ劇場で2004年に上演された(当時は大野和士が音楽監督)、人気演出家デイヴィッド・マクヴィカーが手掛け、トニー賞も受賞したデザイナーのレイ・スミスが美術と衣裳を担当したプロダクションを再現する内容だったため、マクヴィカーの演出補などを務めてきたレア・ハウスマンが中心となってリモートで演出をおこなうことを決断した。
 美術分野では『ヨコハマトリエンナーレ2020』に参加アーティストやアーティスティック・ディレクターたちが来日できなかったため、リモートで設営などを敢行して話題となったが、今回のオペラ演出もこの流れに続くものだといえるかもしれない。

 しかもハウスマンはマクヴィカーの演出を単に再現するだけでなく、劇場側が策定した「新国立劇場における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」にのっとり、「客席をアクティング・エリアにしない/出演者間の距離を取る/舞台面(床)に足(靴裏)以外では触らない」の3項目を徹底。マクヴィカーの演出意図を尊重しつつも、「出入り」「立ち位置」「動き」などについて、全面的に作り直された。そのため、マクヴィカー原演出の再現ではなく「ニューノーマル時代の新演出版 New Production in the time of “A New Normal”」と銘打たれることになったのだ。

 10月2日におこなわれたゲネプロ(最終総稽古)では、まずハウスマンによる再演出の見事さが印象に残った。原演出の意図を守り、客席にも違和感をもたせない……という非常にハードルの高い難題をハウスマンはなんなく超えてみせた。
 特に注目したいのは、最も大きな難題となる「出演者間の距離を取る」というポイントについてだ。近接して対面で演技している場合、発声の瞬間だけ斜め方向に向き直すこと……等など、細かく条件を設定されているのだが、そのルールの間をぬいながら、違和感のない演出をみせた手腕には脱帽するほかない。おそらくはハウスマンがもともと振付家であり、《夏の夜の夢》がもつコメディ的な側面とうまく合致したからであろう。
 以上の前提を踏まえた上で、今回の上演の見どころを追っていこう。
(2020.10/2 新国立劇場オペラパレス 取材・文:小室敬幸)

左:藤木大地(オーベロン) 中央:平井香織(タイターニア)
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

左:但馬由香(ハーミア) 右:村上公太(ライサンダー)
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

誰でもが愉しめる、幻想的な雰囲気に満ちた傑作オペラ

 シェイクスピアの原作では時代がはっきりしていないが、今回の演出ではヴィクトリア朝(1837〜1901)――つまり、シェイクスピアの時代よりも現代寄りに設定されている。「男女の性的役割の差が厳しかった時代」(ハウスマン談)だからこそ、現実と夢の差が際立つというわけだ。メインとなる舞台セットが「屋根裏部屋」になっているのも子どもが親から離れて遊べる場所という意味が込められており、ここでも現実と夢という対比が強調されている。

左:大隅智佳子(ヘレナ) 右:近藤 圭(ディミートリアス)
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

藤木大地(オーベロン)
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 まず舞台にあらわれるのは、第1グループにあたる「妖精たち」。子どもたち(TOKYO FM 少年合唱団)演ずる小さな妖精たち(正確にはくもの巣、からしの種、豆の花、蛾も含まれている)は、歌も演技も盤石。屋根裏部屋に相応しい、雰囲気へと誘ってくれる。ついで、本作最大のキーマンとなるパック(河野鉄平)が登場。歌のない、台詞だけの役であるため、俳優、ダンサー、子役などでも演じられることがあるが、今回はバスの河野が熱演。本来出演するはずだったデイヴィッド・グリーヴス(原演出でも同役を演じている!)から、リモートで直接指導も受け、非の打ち所のないキャラクター像をつくりあげた。時に悪魔メフィストフェレス、時にドラマ『半沢直樹』の大和田常務(!?)を思い起こさせるほどの怪演といっていいかもしれない。

左より:高橋正尚(ボトム)、妻屋秀和(クインス)、吉川健一(スターヴリング)、青地英幸(スナウト)、
志村文彦(スナッグ)、岸浪愛学(フルート) 
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

河野鉄平(パック)
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 その後ついに、本作の主役にあたる妖精の王オーベロン(藤木大地)と、その妻タイターニア(平井香織)が登場。このオーベロンについて藤木は、「カウンターテナーにとって最も重要な役」と語るほど、思い入れは強い(事実、バロック時代のカストラートではなく現代のカウンターテナーのために書き下ろされた最初の役といっても過言ではないだろう)。これまでもオーディションで役を勝ち取る際に歌ってきたオーベロンを、藤木は音楽的な表現や声の美しさ以上に、英語のテキストを丁寧に表現することで、単なるワガママな王様では片付けられないミステリアスな魅力を生み出してみせた。タイターニアの平井も、その藤木に一步も引けを取らない。薬草の力でロバに惚れてしまい、本能がダダ漏れしていく第2幕のシーンを筆頭に見せ場も多い。

左より:高橋正尚(ボトム)、妖精たち、平井香織(タイターニア)
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 こうした妖精たちに翻弄されるのが第2グループにあたる若い人間の「恋人たち」――ライサンダー(村上公太)、ハーミア(但馬由香)、ディミートリアス(近藤圭)、ヘレナ(大隅智佳子)も、それぞれ魅力的だ。まずはハーミアとヘレナのキャラクターの違いが容姿・演技・歌のすべてにおいて明確にされることで、パックのいたずらによって立場が逆転したときに演劇的な効果は絶大。男性陣も、ライサンダーは草食男子、ディミートリアスはプライドの高さゆえに面倒な男……とキャラ立ちがはっきりしているので、第2幕での混乱における面白さが非常に分かりやすく、際立っていた。

左より:近藤 圭(ディミートリアス)、大隅智佳子(ヘレナ)、村上公太(ライサンダー)、但馬由香(ハーミア)
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 そして第1幕の後半から登場するのが、第3グループに属する「職人たち」――ボトム(高橋正尚)、クインス(妻屋秀和)、フルート(岸浪愛学)、スナッグ(志村文彦)、スナウト(青地英幸)、スターヴリング(吉川健一)による6人の男どもだ。公爵の前で演ずる演劇(つまり劇中劇)の稽古をすすめる。クインスの書いた台本「ピラマスとシスビー」は男女の恋物語であると同時に、(素人演劇であるがゆえに)馬鹿馬鹿しい喜劇でもある――つまり、ライサンダーら恋人たちを戯画化しているのだが、この若干のチープさを伴うコメディ的な要素を巧みなコンビネーションで生み出していた。

左:近藤 圭(ディミートリアス) 右:大隅智佳子(ヘレナ)
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

左:但馬由香(ハーミア) 右:村上公太(ライサンダー)
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 公爵シーシアス(大塚博章)と、その婚約者ヒポリタ(小林由佳)は第3幕ではじめて登場するが、この場面は唯一、舞台が屋根裏部屋ではなくなる。わざとらしいほど、いかにもという感じの緞帳で屋根裏部屋が隠されることにより、ここは夢(本能)ではなく、現実(理性)が支配する領域であることが表現される。だからこそ、その中で披露される職人たちによる「ピラマスとシスビー」は場違い甚だしく、スベっている様がこれほど的確に演出されたことがあっただろうか? マクヴィカーのアイディアに、舌を巻かざるを得なかった。

左:大塚博章(シーシアス) 右:小林由佳(ヒポリタ)
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 オール日本人キャストの良さが際立っていたのは、オーケストラ側のお陰でもあるだろう。もともとブリテンの指定した管弦楽は2管編成よりも小さいため、ピットのなかでもソーシャルディスタンスをとらなくてはならないこの状況下にはうってつけだった。降板した指揮者マーティン・ブラビンスの代役として、大野和士オペラ芸術監督が白羽の矢を立てたのは飯森範親。このオペラを指揮するのは今回が初めてなのだが、1ヵ月ほどで集中的にスコアを読み込んだとは思えぬほどの演奏をゲネプロの時点で聴かせてくれた(管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団)。やはり、これまでも20世紀以降の音楽を積極的に取り上げてきた経験が大きいのだろう。

左より:青地英幸(スナウト)、岸浪愛学(フルート)、妻屋秀和(クインス)、高橋正尚(ボトム)、
志村文彦(スナッグ)、吉川健一(スターヴリング)
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

左より:妻屋秀和(クインス)、岸浪愛学(フルート)、高橋正尚(ボトム)
撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 飯森の音楽づくりは、ブリテンの幻想性を表現しつつも、あくまで音楽のすべてを明晰に聴かせようとする方向性。ブリテンのスコアは、オーケストラが歌手の伴奏をするのではなく、歌手とオーケストラが対等にアンサンブルをするような書き方となっているため、飯森の明晰な音楽づくりによって、ブリテンの音楽がもつ保守的ではない、斬新な部分にも耳が引きつけられるはずだ。

 オペラの定番演目じゃないからと足を運ぶのをためらっているとしたら、これほどもったいないことはない。そもそもブリテンの《夏の夜の夢》というオペラ自体が、特定の役柄や行動と楽器のサウンドを結び付けているので、(ワーグナーのライトモティーフよりも)音楽と物語の絡み合いが分かりやすい作品なのだ。オペラは初心者……という演劇・ミュージカルファンでも楽しみやすいオペラだと断言してしまおう。

 大野和士オペラ芸術監督は、「今年度、私が皆様にひとつお約束できることとしては、大変特別なことが起きない限り、このシーズンは(当初のラインアップ通りの)順番に、タイトルも変えず、新国立劇場一丸となって、全力をあげて、このシーズンを乗り越えていこうと思っております」と述べている。(もちろん目処がたっているという前提があるのだろうが)これは大変な覚悟である。新国立劇場の今後を見守るためにも、必ず今回の《夏の夜の夢》は観ておきたい。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場


【Information】
新国立劇場 2020/2021シーズン
ベンジャミン・ブリテン:オペラ《夏の夜の夢》(全3幕/英語上演・日本語及び英語字幕付)
ニューノーマル時代の新演出版

2020.10/4(日)14:00、10/6(火)14:00、10/8(木)18:30、10/10(土)14:00、10/12(月)14:00
新国立劇場 オペラパレス

*ロビー開場は開演60分前、客席開場は開演45分前です。開演後のご入場は制限させていただきます。

演出・ムーヴメント:レア・ハウスマン(デイヴィッド・マクヴィカーの演出に基づく)
美術・衣裳:レイ・スミス
美術・衣裳補:ウィリアム・フリッカー
照明:ベン・ピッカースギル

指揮:飯森範親
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

オーベロン:藤木大地
タイターニア:平井香織
パック:河野鉄平
シーシアス:大塚博章
ヒポリタ:小林由佳
ライサンダー:村上公太
ディミートリアス:近藤 圭
ハーミア:但馬由香
ヘレナ:大隅智佳子
ボトム:高橋正尚
クインス:妻屋秀和
フルート:岸浪愛学
スナッグ:志村文彦
スナウト:青地英幸
スターヴリング:吉川健一

児童合唱:TOKYO FM 少年合唱団

問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/a-midsummer-nights-dream/

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