【リハーサル・レポート】フィリップ・マヌリの音楽

現代の「管弦楽の魔術師」マヌリが生み出す、
新たなオーケストラのサウンド

 今年で21回目を迎えた東京オペラシティ文化財団が主催する「コンポージアムCOMPOSIUM」(Composition + Symposiumを組み合わせた造語)。核となるのは、ひとりの作曲家に審査を一任する「武満徹作曲賞」なのだが、審査員として呼ばれるのは世界の最前線で活躍する作曲家ばかり。だから関連企画も充実しており、彼らの講演会を無料で聴けたり、作曲者本人が厚い信頼を寄せる指揮者やソリストによって主要なオーケストラ作品を日本初演したりするのが実に魅力的な企画なのだ。そして現代音楽に詳しくなくとも、ハズレを引くことなく質の高い同時代の音楽に触れられる、貴重な機会でもある。

フィリップ・マヌリ
(C)大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

 今年、招聘されたフランスを代表する作曲家フィリップ・マヌリは、3曲の作品を聴かせてくれる。1曲目は、連弾の楽譜で残されたドビュッシーの初期作を管弦楽編曲したもの。もちろんドビュッシーらしさを引き立てつつも、ドビュッシーの過去と未来を照らしたユニークなオーケストレーションを堪能できる(詳細はインタビューや曲目解説をご覧いただこう)。

 2曲目は東京オペラシティ文化財団らによって共同委嘱されたフルート協奏曲《サッカード》。この曲は、独奏エマニュエル・パユ、指揮フランソワ=グザヴィエ・ロトという大スターの共演によって世界初演されており、その模様はYouTubeで公開されている(https://www.youtube.com/watch?v=59K45wEFRUQ)。

 日本初演のリハーサルを聴いて非常に驚かされたのは、良い意味で世界初演と印象が大きく異なっていたことだ。今回、演奏を務めるのはマヌリ自身が推薦した独奏マリオ・カローリ、指揮ペーター・ルンデルという現代音楽のスペシャリストたち。彼らは徹頭徹尾、マヌリの音楽に奉仕していくのだが、それは単に楽譜通りという意味ではない。マヌリの全作品に通底するといっても過言ではない「ひんやりとした怜悧な美しさ」が、どんな場面でも失われることがないのだ(世界初演では演奏者の個性によって、良くも悪くもマヌリらしさが薄められてしまったのだろう。作曲家の許可を得ているとはいえ、パユは一部で音符を書き加え、ロトは終盤でピッコロを吹いていることからも、今回とのスタンスの違いは明らかだ)。

マリオ・カローリ(左)
「フィリップ・マヌリの音楽」リハーサル風景より《サッカード》
2019.6/12 (C)大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

ペーター・ルンデル
(C)大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

 タイトルの《サッカード》とは「早口でまくしたてる」といった意味で付けられたもので、「架空のお芝居」をイメージしながら書かれたという――が、具体的な筋書きがあるわけではない。時間軸のなかで「個人(フルート)」と「共同体(管弦楽)」の変わりゆく関係性を音楽によって表現した作品だ。まずはフルート独奏による単旋律(=独り言)ではじまるのだが、その音の一部をオーケストラが拾っていくかのように、ハーモニーが加わり、リズムが加わり、メロディーが加わり……と段階的に管弦楽の役割を拡張していく。

 これはマヌリが得意とするエレクトロニクス(電子音響)の典型的な手法を模したものともいえるのだが、同時に単旋律のグレゴリオ聖歌から徐々に初期の多声音楽(オルガヌム)が生まれていった様子をも想起させる。マヌリ作品の真価は、このように豊かで多様な文脈にこそあるといって良いだろう。過去と分断を起こすことで闇雲に新しさを追求するのではなく、古典から学んだ構造や発想を活かしながら現在性を持つ作品を生み出しているのだ。こうした、過去の手法を“リニューアル”していく工程こそ、彼の創作の根幹に位置するものなのである。

「フィリップ・マヌリの音楽」リハーサルより《サッカード》
2019.6/12 (C)大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

 おおよその流れを記しておこう。第1部でフルート(個人)が管弦楽(共同体)に音をもたらしていき、フルートのカデンツァを挟んで、短い第2部では管弦楽だけがヒステリックに叫び立てる。第3部で両者のバトルとなるも、第4部に至るとわずかな時間だが遂に統合。管弦楽がアンプとエフェクターのような役割を担ってフルートの旋律を拡張したり、反対にフルートが管弦楽の一部になったりしてゆく。エピローグにあたる第5部で、両者は徐々に離反。最後にはフルートだけがむなしく早口をまくしたてる(マヌリ自身はこの部分を、キューブリック監督『ロリータ』で、ピーター・セラーズ演じるクレア・キルティのクレイジーな早口に喩えていた)(『ロリータ』の動画はこちら→https://www.youtube.com/watch?v=wIb3cRvQYw8)。

フィリップ・マヌリ(左)とマリオ・カローリ
(C)大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

 メインプログラムに据えられた《響きと怒り》は、マーラー並みの4管編成(計109名!)を要する作品。弦楽器と金管楽器はシンメトリーに配置されており(ただしチューバは片側のみ)、加えて今回の演奏ではマヌリ自身の判断により金管楽器群は2階バルコニーに配されている。空間性を取り入れた管弦楽法は、分かりやすいステレオ効果を生み出すに留まらない。この音楽は「群による対位法」とでも呼ぶべき、音色も性格も異なる複数のテクスチュアの重なり合いによって形作られていくのだが、それぞれのテクスチュアを別のものとして聴かせるために空間性を活用しているのだ。

 リハーサルのなかで、指揮のルンデルはそれぞれの群のキャラクターをより明確なものにしてゆき、そのうえでバランスを整えていく。そうすることで初めて、各々の群が異なる要素として認識できるようになるからであろう。もともと現代音楽のスペシャリスト集団であるアンサンブル・モデルンのヴァイオリニストであっただけあり、ときにはボウイング(弦楽器の弓使い)も具体的に指示しながら、マヌリ作品が求めるサウンドをひとつずつ、着実に実現していった。本番では、完成度の高い演奏を聴けるはずだ。

「フィリップ・マヌリの音楽」リハーサルより《響きと怒り》
(C)大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

 こちらの作品も流れを示しておこう。冒頭3〜4分ほどの間に、異なるテンポと特徴をもつ7つの要素(シークエンス)が連続して提示されていき、最後は弦楽器群を中心とした上行音型によって流れがせき止められる(これから派生した上行音型によって、作品全体も締めくくられるので覚えておくと良いだろう)。この「シークエンスの連続」が拡大・縮小を伴いながら繰り返されゆくなかで、「響き Sound」(=ハーモニー)よりも「怒り Fury」(=ノイズ)が占める割合が徐々に増えていく──というのが本作の基本コンセプト。クライマックスでは、ストラヴィンスキー《春の祭典》第1部のラストにも匹敵するような、管弦楽全体が全速力で疾走する無窮動の音楽に達し、オーケストラを聴く快感をこれ以上ないほど味あわせてくれる瞬間となる。そして、最後には再び「響き Sound」を感じさせる音楽へと戻っていく……。

 管弦楽作品を書かせたら現代最高峰の実力をもっていることは間違いないマヌリだが、録音ではその真価が伝わりづらいのが悩ましいところ。その上、なかなか日本では実演にお目にかかれず、次に聴けるのは数十年後なんてことも珍しくない。だからこそ、この貴重な機会を逃さず、万難を排して会場に駆けつけていただきたいのだ。
取材・文:小室敬幸


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【information】
コンポージアム2019「フィリップ・マヌリの音楽」

6/13(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

指揮:ペーター・ルンデル
フルート:マリオ・カローリ
管弦楽:東京都交響楽団

問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999
http://www.operacity.jp/concert/compo/2019/