【レポート】武満徹作曲賞 本選演奏会&授賞式

 今年で21回目となる武満徹作曲賞(主催:東京オペラシティ文化財団)の本選演奏会が、6月9日(日)の午後に開かれた。毎年たった一人の作曲家が審査するこのコンクールで今年、その任に当たったのは、いまや名実ともに現代フランスを代表する音楽家となったフィリップ・マヌリだ。

 31ヵ国から集まった83もの応募作をマヌリが丹念に読み込み、事前に4作品を選出(その時の興味深い選評はWEB上に掲載されている)。この譜面審査の結果、3名の中国出身、1名のアルゼンチン出身の作曲家がファイナリストとして本選演奏会を迎えることになった(なお日本人ファイナリストの不在は2年連続、これで4回目)。

講評を述べるフィリップ・マヌリ
(C)大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

 本番に先立ち、若き作曲家たちはマヌリ立ち会いのもとで3日間にわたり、オーケストラと密にリハーサルをおこなっていく。これは彼らにとって、大きな学びの場にもなっている。リハーサルのなかで如何に演奏家たちとコミュニケーションをとりながら、より良い音楽を実現していくのか。マヌリは彼らにアドバイスを与え、場合によっては楽譜の改訂まで薦めたという。

 こうしたやり取りを進める上で、指揮者が重要な役割を担うことになるのは言うまでもない。今回、指揮を務めた阿部加奈子は東京藝術大学とパリ音楽院で作曲も学んだバックグラウンドをもつ現代音楽のスペシャリスト。その献身的な姿勢に、ファイナリストたちの誰もが彼女に感謝と賛辞を惜しまなかった。もちろん、東京フィルハーモニー交響楽団も実に素晴らしい。本選演奏会では、複雑なスコアを単に音にするだけではなく、熱量をもった生きた音楽として彼らの作品を聴かせてくれた。コンクールとしてだけでなく、演奏会としても充実したものだったといえるだろう。

阿部加奈子(指揮)
(C)大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

阿部加奈子(指揮)、東京フィルハーモニー交響楽団
(C)大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

 全4作品の演奏が終わった後、およそ30分間の審査時間を経て、いよいよ授賞式へとうつっていく。順位発表前の総評でマヌリは、今回の4作品を2作品ずつ「知覚と記憶」「個人の物語」という軸で分類したが、前者にカテゴライズされた2つが同率1位を獲ったのは偶然ではあるまい。1980年代から知覚の問題をずっと意識してきたとマヌリ自身が述べているように、彼自身が長きにわたって取り組んできた課題である。一般的にいって物語も知覚性をあげるのは間違いないが、マヌリは抽象的な音響世界によって「知覚と記憶」に取り組んだ(そして実際に成功している)作品を評価したということなのだろう。

審査員席に座るフィリップ・マヌリ
(C)大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

 第3位のツォーシェン・ジン《雪路の果てに》は、彼自身の歴史(物語)に基づく作品。木管楽器に重音奏法を多用し、弦楽器からは何段階にも分かれた音色を引き出していく。端的に面白い音のする作品であることは間違いないが、マヌリの講評からは、そうした試みや新しい形式への挑戦がまだ充分に成熟していないと判断されたのであろうことが読み取れる。

 第2位となったスチ・リュウの《三日三晩、魚の腹の中に》は、旧約聖書に収められた『ヨナ書』の物語に基づく全3楽章の作品。マヌリが譜面審査の際の選評でも述べている通り、今回演奏された作品のなかで最もドラマティックな起伏に富んだ音楽だ。3管編成程度とそれほど大きな編成ではないにもかかわらず、各パートを細かく分割していくことで楽譜は最大55段にまで拡張。そのヴィジュアル的な喚起力は強く、楽譜上は非常に印象深いものであった(しかし、実際に音になってみると、譜面上の差ほどはサウンドの違いがなかったのは少し残念である)。

4名のファイナリストたち左より:ツォーシェン・ジン、スチ・リュウ、パブロ・ルビーノ・リンドナー、シキ・ゲン
(C)大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

 そして残る2人が第1位を分け合った。今回のファイナリストのなかで最年少であったシキ・ゲンによる《地平線からのレゾナンス》は2部構成をとり、ポリフォニック(多声音楽的)な第1部では、楽器の音色が細かく変化し続けることで生み出される繊細なグラデーションが、多層的に絡み合う。美しい響きとノイズが巧みに混じり合って生み出された新鮮かつ心地よいサウンドは、マヌリも「音響のイリュージョン」と評したほど。第2部ではゲンが敬愛する武満の後期作品を想起させるホモフォニック(和声音楽的)な音楽に転じ、旋律線も少し明快になっていくが、もちろん単なる武満作品の模倣に留まることはない。アコーディオン(今回はシンセサイザーで代用)やピアノの肘打ちクラスターなど、印象的な音色を効果的に用いることによって、最後まで新鮮な驚きをもたらしてくれた。

 受賞後のスピーチでは、なんと日本語の原稿を読み上げたゲン。2016年から独学で日本語を学ぶほど、日本の文化が好きなのだという。現代音楽に目を開かせてくれた武満徹の音楽(特に《精霊の庭》に思い入れがあるとのこと)に、同じアジア人作曲家として強く共感すると語る、今年24歳になる若き作曲家の将来に今後も注目したい。

シキ・ゲン
(C)大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

 もうひとりの第1位であるパブロ・ルビーノ・リンドナーは今年33歳を迎える最年長のファイナリスト。彼が手がけた《Entelequias》は、ゲンよりもストイックな作風だ。硬さの異なるブラシでハープを擦ったノイズなど、様々な音響を繊細に取り込むことでグラデーション豊かな世界を描いていく。これはリンドナー自身によれば母国アルゼンチンの現代音楽シーンに加え、モートン・フェルドマンからの強い影響なのだという。ひとつの核となる響きが繊細にうつろう様は確かにフェルドマンの系譜を感じさせるが、マヌリも指摘したように初期リゲティ(のミクロポリフォニーによる作品)を想起させる微細なテクスチャーやダイナミックな展開を聴かせることで独自の音楽へと昇華している。また、まるで光が差し込むように終盤に現れた明るい響きが、実に感動的であったことも付記しておこう。

 受賞後のスピーチでは、この「武満徹作曲賞」のような存在がどれほど若手作曲家にとって重要なものであるかを熱弁したリンドナー。直接話を聞くと、母国アルゼンチンの首都ブエノスアイレスは、南米のなかで最も現代音楽が盛んな都市ではあるのだが、それでも無名の若手作曲家には実力があってもチャンスが巡ってこないのだという。この作曲賞が国籍・宗教・ジェンダーに関係なく開かれていることは、芸術を追求する若い作曲家にとって如何に尊いことであるか。彼の言葉を通して「武満徹作曲賞」が果たしてきた役割を改めて考えさせられた。

パブロ・ルビーノ・リンドナー
(C)大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

 来年の武満徹作曲賞(審査員:トーマス・アデス)は2020年の5月31日とまだまだ先の話だが、今回の本選演奏会の模様は7月21日、28日の2回に分けて、NHK-FM「現代の音楽」(午前8:10〜9:00)で放送を予定している。日本が世界に誇れるこの作曲賞の模様を、是非とも多くの方にお聴きいただきたい。
取材・文:小室敬幸


【フィリップ・マヌリの総評、受賞者のコメント】

●2019年度 武満徹作曲賞 受賞者決定!
http://www.operacity.jp/concert/award/result/result2019/
【審査員:フィリップ・マヌリのコメント】
●「2019年度武満徹作曲賞 譜面審査を終えて」
http://www.operacity.jp/concert/award/news/finalists2019.php


【番組情報】

コンポージアム2019 「2019年度武満徹作曲賞本選演奏会」
番組名:NHK-FM「現代の音楽」(毎週日曜AM8:10~9:00)
放送予定日:2019年7月21日、7月28日

【information】
コンポージアム2019

◎2019年度武満徹作曲賞 本選演奏会
6/9(日)15:00
審査員:フィリップ・マヌリ
指揮:阿部加奈子
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

◎講演会「フィリップ・マヌリ、自作を語る」
6/12(水)19:00(入場無料/事前申込不要)

◎フィリップ・マヌリの音楽
6/13(木)19:00

指揮:ペーター・ルンデル
フルート:マリオ・カローリ
管弦楽:東京都交響楽団

会場:東京オペラシティ コンサートホール

問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999
http://www.operacity.jp/concert/compo/2019/