コンクール優勝20年後の更なる“挑戦”
イタリア・オペラのみならず日本の作品やドイツ、フランスものなど、幅広い舞台で活躍を続けるプリマドンナ佐藤美枝子が、10月に紀尾井ホールで「チャイコフスキー国際コンクール優勝20周年記念リサイタル」を開く(ピアノ:河原忠之)。10年ひと昔、というが、日本人として初めてチャイコフスキー・コンクールの声楽部門第1位を獲得したあのセンセーションからもうふた昔も経つことに、驚きと感慨を隠せない。
「あの時はイタリア留学中で、日本でそんなに大きなニュースになっているとはまったく知りませんでした。その後家族や友人から、新聞の一面に載ったとかテレビでテロップが流れたと聞いて、逆にビックリしてしまったくらいです」
チャイコフスキー国際コンクールというビッグタイトルの「重み」を感じるようになったのは、むしろ後になってからだと佐藤は語る。
「恩師の松本美和子先生に『あなたは重い十字架を一生背負っていきなさい』と言われたんです。最初は意味がわからなかったのですが、この伝統と権威のあるコンクールで優勝した以上、その名前に恥じるような歌を一度でも歌うわけにはいかないのだということに気づいて。それからは、常にレベルを向上していかなければいけないと思いながら歌ってきました」
その20年の成果が、このリサイタルということになる。
「歌い手は40、50代がいちばん脂の乗った時期と言われますが、一方で体力的には若い頃のようにはいかないのも事実です。今回のリサイタルでは、私の今の声やテクニック、現在の音楽性がもっとも伝えられる作品を選びました。前半はチャイコフスキーの作品ですが、コンクールで歌った記念の“子守歌”をはじめ、彼の多岐にわたる音楽の色彩がわかるように、という観点で選曲しています。ドリーブのオペラ《ラクメ》の〈鐘の歌〉は、コロラトゥーラから抒情的な表現まで歌の様々なテクニックがすべて詰まった難しい曲。私の持っているものを存分に聴いていただきたいです」
もちろん、“狂乱の佐藤美枝子”と呼ばれ、彼女の代名詞である《ルチア》も歌うが、敢えてベルカントものだけでプログラムを組まなかったのは、チャイコフスキー・コンクール優勝から20年を経た彼女の“挑戦”でもある。
「本来の私の声で歌えるものと、年齢を重ねて歌えるようになったもの、その両方を聴いていただきたい。終わった時に『聴いてよかった』と言っていただけるようなリサイタルにしないと意味がないですから」
そのストイックともいえる姿勢が生み出す佐藤美枝子の“今”が体験できるのは、もうすぐそこだ。
取材・文:室田尚子
(ぶらあぼ2018年9月号より)
佐藤美枝子 チャイコフスキー国際コンクール 優勝20周年記念リサイタル
2018.10/1(月)19:00 紀尾井ホール
問:ジャパン・アーツぴあ03-5774-3040
http://www.japanarts.co.jp/