柴田真郁(指揮)& 小林厚子(ソプラノ)

ドラマティックな魅力が凝縮されたマスネの秘曲オペラ、いよいよ日本初演!


 1876年、内戦状態のスペインで青年アラキルに純愛を捧げる娘アニタと、19世紀末のイタリアで、初老の夫率いる道化一座を抜け出したいと願う女優ネッダ。置かれた立場は対照的ながら“男に傷つけられる女”の哀しさで二人は繋がっている。藤原歌劇団が2月に日本初演するマスネの歌劇《ナヴァラの娘》は、レオンカヴァッロの《道化師》とのダブル・ビルでの上演だ。気鋭の新進指揮者、柴田真郁とアニタ役のソプラノ、小林厚子に抱負を聞いた。
 柴田「マスネのオペラは作品ごとに様々なテイストを持っていますが、特に、“マスネ節”とも呼びたい耽美なメロディは、客席にそれは強く訴えかけるものですね。その中で、《ナヴァラの娘》は50分にも満たない小品ながら、ヴェリズモ的な強烈なオーケストレーションから純粋な愛の二重唱、アラキルの耽美的なアリアから悲劇的な死まで、コンパクトなサイズにたくさんの要素が詰め込まれた一作です。音楽に常に漂うのは戦場の緊張感ですね。突然に銃声が響き、軍楽の太鼓が鳴りだして一触即発のシチュエーションなど…。物語も、愛し合う男女が無事結ばれるはずが、アラキルの父レミージョの横やりでいきなり話が変わってしまい、ドラマがどこに転がってゆくか分からないという、変な、でも新鮮なカオスが待っています」
 確かに物語の急展開には驚いてしまう。身寄りのないアニタが持参金を出すよう迫られた結果、彼女は軍の指揮官ガリードと交渉して敵の首領を暗殺し報酬を得るが、そのことで彼女の貞操を疑ったアラキルは負傷してそのまま死亡。アニタは錯乱に陥るのである。
 小林「このオペラは日常がリアルなスピードで展開します。長く愛を語ったりはせずに(笑)。アニタは貧乏でも愛情だけは豊かな娘です。でも、第1幕の最後にガリードから名前を訊ねられ、〈私は名無し。ナヴァラの娘よ!〉と言い放つくだりには、600年も続くナヴァラ地方を誇りに思う彼女の気丈さが窺えます。この一節と、幕切れの絶望の笑い声をどんな風に表現しようか、今からチャレンジングな気持ちでいっぱいです」
 柴田「《ナヴァラの娘》の楽譜を《道化師》と比較すると面白いですよ。《ナヴァラ》では一小節に多過ぎるぐらいの情報が詰め込まれています。管弦楽が三連符なのに歌は二連符といった箇所などが代表的な例ですが、マスネのこだわりを強く感じます。一方、《道化師》には情報がそれほど書かれておらず、パート譜とフルスコアで指示が違うこともあれば、慣習的な演奏が求められる箇所も多いのです。言い換えるなら、レオンカヴァッロのスコアには自由度があるけれど、マスネは物凄く細かく拘る。その姿勢の違いは興味深いですね」
 フランスのマスネとイタリアのレオンカヴァッロ。時代を同じくするが作曲の姿勢は異なるよう。やはり、育った土地や社会環境の影響が大きいのだろうか?
 小林「私は信州の駒ヶ根市に生まれて、昔から歌うことが大好きで今に至りますが…実は4人きょうだいで兄と私は双子です。顔も性格も全然違いますが(笑)。小さい頃は女の子の方がおませですから、私は兄をいつもかばおうとしていた記憶があります。でも、二人とも無事に成長した今では、兄が私の心配をしてくれますよ」
 なるほど。家庭環境が同じでも、結局は持ち前の気性の方が強く出るようだ。
 柴田「僕は東京生まれで横浜にも住みましたが…違いと言えば、母がパキスタンの出身で弟もアメリカで働いていたり…。僕自身の在外体験では、バルセロナのリセウ大歌劇場で副指揮者を務めた2年間が大きいですね。音楽監督のセバスティアン・ヴァイグレさんから『図形でなく、ハーモニーで指揮しよう』とたびたび言われました。和声の展開を常に感じながら、音のキャラクターと歌詞の内容をどう融合させるか、それが指揮者の課題と思っています。今回《ナヴァラの娘》ではヒロインの小林さんと共に頑張りますし、《道化師》と併せて、藤原歌劇団の歌手と合唱団で最高のアンサンブルを作りたいです。ぜひご来場ください!」
取材・文:岸 純信(オペラ研究家) 写真:藤本史昭
(ぶらあぼ2018年2月号より)

【Profile】
●柴田真郁

国立音楽大学声楽科卒業後、本格的に指揮活動を開始。ドイツ各地の劇場で研鑽を積み、2004年ウィーン国立音楽大学マスターコース指揮科修了。04、05年ドイツのハノーファー・ジルベスターコンサート、05年末ベルリン室内管弦楽団に客演し、成功を収めている。藤原歌劇団公演では13年《仮面舞踏会》に客演して絶賛を博し、16年には《トスカ》を指揮。しなやかでドラマティックな音楽作りには定評がある。平成22年度五島記念文化財団オペラ新人賞受賞。東京都出身。

小林厚子
東京藝術大学卒業、同大学大学院オペラ科修了。日本オペラ振興会オペラ歌手育成部修了。文化庁派遣によりイタリアで研鑽を積む。藤原歌劇団公演《蝶々夫人》で大成功を収め注目を浴び、近年では同役にてイタリアのトラエッタ劇場、クルチ劇場に出演。その他、八王子オリンパスホール《アイーダ》タイトルロール、新国立劇場高校生のためのオペラ鑑賞教室《蝶々夫人》などにも出演。藤原歌劇団団員。長野県出身。


【Information】
藤原歌劇団公演
マスネ《ナヴァラの娘》&レオンカヴァッロ《道化師》

演出:マルコ・ガンディーニ
指揮:柴田真郁
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団(東京) セントラル愛知交響楽団(愛知)
合唱:藤原歌劇団合唱部 他

《ナヴァラの娘》
アニタ:小林厚子(1/27&2/4) 西本真子(1/28)
アラキル:小山陽二郎(1/27&2/4) 持木 弘(1/28)
レミージョ:坂本伸司(1/27&2/4) 大塚雄太(1/28) 他

《道化師》
  
カニオ:笛田博昭(1/27&2/4) 藤田卓也(1/28)
ネッダ:砂川涼子(1/27&2/4) 佐藤康子(1/28) 
トニオ:牧野正人(1/27&2/4) 須藤慎吾(1/28) 他

2018.1/27(土)、1/28(日)各日14:00 東京文化会館
2018.2/4(日)14:00 愛知県芸術劇場
問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
http://www.jof.or.jp/