北村 陽(チェロ)

新天地ベルリンでの出会いと経験を糧に

 昨秋、ヨハネス・ブラームス国際コンクールと日本音楽コンクールで立て続けに優勝した北村陽は2004年生まれの若きチェリスト。8月のリサイタルではルーマニアの作曲家・ヴァイオリニスト、ジョルジェ・エネスクのチェロ・ソナタ第2番を軸に、シューマンの幻想小曲集 op.73からリゲティの無伴奏ソナタ、ブラームスのソナタ第2番というプログラムを組んだ(ピアノ:大伏啓太)。

 「幻想的なものからあらゆる変化とともに新しいものが生まれ、そこに、美しいだけではなく、無意識に目を逸らしているような醜いものも含めて人間の本質が見えてくる。それを乗り越えた先に、ブラームスの2番の喜びや幸せがある。そんなプログラムです」

 昨年10月からベルリンに留学。その日々の刺激が、プログラムに色濃く反映されている。

 「異文化の人々の感性や視野の違いは新しい感覚です。混ざり合えないと思えるようなものが、ほんの小さなきっかけでうまく絡み合って、新しいものが生まれていく。エネスクの曲にはそれに似た感覚があります。混ざり合わないように見えて、よく聴くとチェロとピアノが絡み合っていたり、散りばめられた短い主題に意味を持たせて、先を予感させていたり。

 リゲティはホロコーストの時代を生きたユダヤ系のハンガリー人です。私がいま住んでいるのが、昔多くのユダヤ人が住んでいた地域で、通りに看板のような記念碑がたくさんあってナチの時代の差別的な条例が刻まれています。ユダヤ人はすべての学校への登校禁止や、居住地を離れるには警察の許可が必要など、悲惨な歴史が現実のものだったと実感させられます。だから今の自分にできる表現があるのではないかと思ってリゲティを選びました」

 留学先にベルリンを選んだのには、チェリストとしての自分の“ルーツ”も関係しているのだという。

 「一番の理由はイェンス=ペーター・マインツ先生に師事するためです。また師匠筋のゆかりもあって。私の師匠の堤剛先生と山崎伸子先生の師匠が齋藤秀雄先生。約100年前、その齋藤先生がエマヌエル・フォイアマンに学んだのがベルリン高等音楽院(現ベルリン芸大)だったのです。私はその直系ですし、マインツ先生もフォイアマンをとても尊敬していて、レッスン室には彼の巨大な肖像があるんですよ。私もいつもその前でレッスンを受けていて、繋がりを感じます」

 「音楽と誠実に向き合って、国を超えて互いを知り、自分自身を知らなければ」と将来を見据える新星。多士済々の日本のチェロ界がさらに賑やかになった。
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ2024年8月号より)

フレッシュ・アーティスツ from ヨコスカ シリーズ65
北村 陽 チェロ・リサイタル
2024.8/12(月・休)14:00 ヨコスカ・ベイサイド・ポケット
問:横須賀芸術劇場046-823-9999 
https://www.yokosuka-arts.or.jp