アンサンブル・モデルンの演奏行為そのものがドラマなのです
1952年生まれ。フランクフルトを拠点に活動する作曲家、演出家。ドイツの劇作家ハイナー・ミュラー(95年没)との協働で知られ、90年代からは音楽と演劇の複合としての「ムジークテアター(Musiktheater/music theatre/音楽劇)」を毎年のように発表し続けている。日本では96年にさいたま芸術劇場でハイナー・ミュラーを題材にした『プロメテウスの解放(Die Befreiung des Prometheus)』(93年初演)、97年に同劇場で『あるいは不幸なる上陸(Ou bien le débarquement désastreux)』(93年初演)、2013年に山口情報芸術センター[YCAM](ワイカム)で『Stifters Dinge』(2007年初演)を上演している。今秋、KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2017で『Black on White(Schwarz auf Weiss)』(96年初演)を京都芸術劇場 春秋座にて日本初演する。
◆オペラでも演劇作品でもない、ムジークテアター
紙の上をペンが走り、文字(モーリス・ブランショ『期待 忘却』)が書かれる。マイクにひろわれたペンの音が朗読の声と重なり、音楽家たちが舞台に登場する。楽器を手にした彼らは演奏し、ときに朗読(エドガー・アラン・ポー『影』)し、あるいはゲームに興ずる・・・。
インスタレーションのようでもあり、予測がつかない展開で、音楽家たちと彼らをとりまく生活が提示される。ゲッベルスのムジークテアターを代表する作品だ。
ムジークテアター(ミュージックシアター/Musiktheater/music theatre)を日本語に置き換えると“音楽劇”となる。広い意味ではオペラともとれる。
「オペラでも演劇作品でもないものと考えています。私の作品では歌はあまりありません。一方で、使われる言葉、台詞が音楽的な要素を伴っています。私の作品には音楽家が多く登場します。彼らの演奏行為そのものが演劇であり、ドラマなのです」
現代音楽の最前線に立つドイツのアンサンブル・モデルンのために書き下ろされ、彼らと共に創り込んだ本作では、18人の音楽家が演奏者と俳優の二役をこなす。
「音楽家が演劇という形で異なるジャンルに挑戦する作品でもあります。本格的な演劇の演者として台詞を語ることもあるし、振り付けられて身体を動かすこともあれば、普段自分が使っているものとは違う専門外の楽器を演奏したり歌ったりもします。なかでも振付の要素は重要です。
この作品は私の作品ですが、彼らの作品でもある。アンサンブル・モデルンのメンバーのなかには所属を離れて活動している音楽家もいますが、初演から20年経った今でも、この作品を上演するとなると初演時のオリジナルメンバーが集まってくれます」
時代とともに音楽家たちの在りようも、音楽を享受する人々の生活も変化した。今なぜ『Black on White』なのか?
「私の作品は、観客の想像力に大きく依っています。時代は違えど、観ることで何かを考える行為は不変です。普遍性、と言ってもよいでしょう。いつ観ても意味が生まれるようなものを創っているつもり。ですから、そこに時代性は無いと思っています。
オペラの世界で考えてみても、私たちは21世紀の現在、17世紀に作曲された作品を観て感動するわけです。過去の作品を生き続けさせ、終わりにしないという意味で、機会があれば何度も上演するということを、自分のポリシーとして持っています」
◆テーマは「不在」
ゲッベルスのムジークテアターに一貫するテーマは“不在”だ。
「一般的に演劇では存在する登場人物が直接的に語りかけますが、『Black on White』は演劇とは逆のやり方です。たとえて言うなら“風景画”のようなものですね。18人の音楽家によって構成される風景の中に、観る人それぞれの関心によって何を見出すのか?『不在』という意味では『中心』がない。主人公がいて脇役がいてという従来の舞台の在り方ではなく、それぞれがみな主人公。ひとりひとりが舞台に登場するごとに、観る者に彼らの特性がだんだんと、じんわりと伝わっていくような作品です」
ーこれを読んでいる方々は、まだこの世に生きている。でも、これを書いた私は、すでに遠く影の領域に足を踏み入れて久しいー
劇中朗読されるエドガー・アラン・ポーの小説『影』の冒頭部分。ここでもまた「不在」だ。『影』は音楽家の朗読とともに、ドイツ語朗読がハイナー・ミュラーの「声」によっても流れる。
「ロラン・バルトが67年、書かれたテクストにはすでに作者はいない、という意味の『作者の死』を唱えていますが、その100年以上も前にポーはそのことに言及しているのです。ハイナー・ミュラーはこのクリエイションの間に亡くなりますが、作品の多くは彼が亡くなる前から創り始めています。ミュラー追悼の意味も込められてはいますが、彼の死だけでなく、いろいろな要素が絡みあっています」
劇中では前記のポーを中心に、モーリス・ブランショのほか、T.S.エリオットの『荒地』が朗読される。しかし、テキストに描かれた世界がそのまま舞台で再現されるわけではない。
「テキストと音と演劇の関係性は、それぞれが独立したあり方を保つようにしています。アート作品を創る際、そこに『意図』は多かれ少なかれあるわけですが、『意図』がありすぎるのは危険だと思っています。いちばん大事な核となる部分は『空(くう)』であって、じつは何もないのです。『空』のまわりにあるいくつかのテーマ(「書く」という行為、「死」、ハイナー・ミュラー追悼など)を見せて、あとは観る人の想像力、ということです。ある人はこの作品をポー作品のひとつのバージョンととらえるかもしれません。
そしてまた、テキストとイメージの距離をある程度とっておかないと、何が起きるかわからない面白さは追求できません。今まで私自身が見たことがないものをやる。例えばオーケストラが背中を向けて演奏するとか、優れたクラシックの音楽家が今までやったことがないものを演奏するとか、そこに壊れやすい、本質的な脆さを表現したかったのです。ピットから奏者が出てきて演奏するとか、奏者同士の距離を離して演奏してもらうとか、普段と違う状況でいかに演奏が難しくなるか、見ている人には興味深いことだと思うんです。やりやすくない環境に置くことで見えてくるものがある、ということです。
ステージ上にある空間というのはどれも興味深いものです。パフォーマー同士の距離、ステージと観客の距離、聞こえてくるものと見ているものの距離、というのも面白い。ですので、どこから聞こえてくるかわからない声、というのを作品によく使うのはそういう理由からです。今回のミュラーの声もその例です」
初演以来、マイナー・チェンジ以外ほとんど手を加えていないというが、10月の日本公演では一部の台詞は日本語で読まれ、全編で日本語字幕もつける予定だ。
「引用される言葉は、言葉であって言葉でないような、音としての言葉という要素もあります。それが、一つの作品にあえて何ヵ国語も使うことの理由のひとつでもあります。言葉でありながら、意味が伝わらないこともあるけれども、それがどういうことなのかを考える。とはいえ、言葉の意味がわかった方がいい」
◆京都をモチーフにした作品も
自分が見たこともない世界を描きたいというゲッベルス。この先どこに向かうのだろうか?
「過去にやったものを焼き直ししない、同じことをくりかえさない、ということは考えています。次の作品は、音のデュレーション、長さというものを考える作品にしたいと思っています。インスタレーション作品にも最近興味があります」
京都をモチーフにした作品の創作も続けている。
「10年間創り続けている『Genko-An』というシリーズです。25年前、源光庵にある2つの窓を見て感銘を受けたのです。ひとつは四角で「迷い」、ひとつは丸で「悟り」を象徴している。どちらも同じ庭に面していて、何かを見るときにどういう状態で見るのが大切かを教えてもらいました。
私の作品では形や様式が重要になりますが、そこからインスピレーションを受けて、四角と丸しかないインスタレーションを創ったのです。過去にベルリン、リヨン、モスクワなどで発表しています。そこには源光庵の庭はありませんが、四角と丸をみることで庭園の音が聞こえ始めるのです。それを見たときに、この庭を『声』と解釈しました。ジョン・ケージとヘンリー・デイヴィッド・ソローへのオマージュでもあります」
取材・文・写真:寺司正彦
(ぶらあぼ 2017年7月号掲載の記事に大幅加筆したものです)
●ハイナー・ゲッベルス×アンサンブル・モデルン『Black on White』(日本初演)
10/27(金)19:30、10/28(土)15:00 京都芸術劇場 春秋座(京都造形芸術大学内)
一般 ¥5,000 ユース(25歳以下) 学生 ¥3,000 高校生以下 ¥1,000 ペア ¥9,500
8/8(火)発売
問:京都芸術劇場チケットセンター075-791-8240
KYOTO EXPERIMENTチケットセンター075-213-0820
http://k-pac.org/
●KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2017
10/14(土)〜11/5(日)
ロームシアター京都、京都芸術センター、京都芸術劇場 春秋座、京都府立府民ホール “ アルティ”、京都府立文化芸術会館、ほか
8/8(火)発売(7/28〜7/31、KYOTO EXPERIMENT チケットセンターで先行販売)
問:KYOTO EXPERIMENT チケットセンター075-213-0820
http://kyoto-ex.jp/