公益財団法人日本オペラ振興会(藤原歌劇団、日本オペラ協会)が10月29日に都内で会見を開き、2025/26シーズンのラインナップを発表した。会見には、渡辺佳英(日本オペラ振興会理事長)、折江忠道(藤原歌劇団総監督)、郡愛子(日本オペラ協会総監督)、角田和弘(団会員委員会委員長)、出演歌手を代表して佐藤美枝子、迫田美帆(以上ソプラノ)らが登壇した。
今年創立90周年を迎えた藤原歌劇団にとって2025/26シーズンは、新たな一歩を踏み出す年となりそうだ。2016年より総監督を務めてきた折江が今年度をもって退任。「次なる夢を託したい」と白羽の矢を立てたのは、現・団会員委員会委員長の角田和弘だ。「県民・市民オペラといった地方のオペラを一から手掛ける人で努力家。芸術分野において経済的に決して良い状況ではないいまの時代に必要な人材」と折江からの信頼も厚い。角田は「90年の歴史を背負って、これから100年に向けて邁進していくことは私にとって荷が重いが、新しい取り組み、活動を展開していきたい」と、新シーズンから公演監督として先頭を切ることになる。
「創立91年目の藤原歌劇団、67年目となる日本オペラ協会、歴史ある両団体が切磋琢磨して感動の舞台をお届けしたい」(渡辺理事長)と、2025/26シーズンは両団体あわせて4演目を上演する。
2025/26 シーズンラインナップ
藤原歌劇団公演
●グノー《ロメオとジュリエット》オペラ全5幕/セミ・ステージ形式
ニュープロダクション(新制作)
2025.4/26(土)、4/27(日) テアトロ・ジーリオ・ショウワ
指揮:園田隆一郎 演出:松本重孝
出演:清水徹太郎、山本康寛(以上ロメオ)、光岡暁恵、米田七海(以上ジュリエット) 他
管弦楽:テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ
●ヴェルディ《ラ・トラヴィアータ》オペラ全3幕
2025.9/5(金)、9/6(土)、9/7(日) 新国立劇場 オペラパレス
指揮:阿部加奈子 演出:粟國淳
出演:迫田美帆、田中絵里加、森野美咲(以上ヴィオレッタ)、笛田博昭、松原陸(以上アルフレード)、折江忠道、押川浩士(以上ジェルモン) 他
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
●プッチーニ《妖精ヴィッリ》オペラ全2幕
マスカーニ《カヴァレリア・ルスティカーナ》オペラ全1幕
ニュープロダクション(新制作)
2026.1/31(土)、2/1(日)東京上野
2/7(土)愛知県芸術劇場 大ホール
指揮:柴田真郁 演出:岩田達宗
出演:
《妖精ヴィッリ》砂川涼子、迫田美帆、伊藤晴(以上アンナ)、澤﨑一了、所谷直生(以上ロベルト)、岡昭宏、清水良一(以上グリエルモ・ウルフ)
《カヴァレリア・ルスティカーナ》桜井万祐子、小林厚子(以上サントゥッツァ)、笛田博昭、藤田卓也(以上トゥリッドゥ) 他
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団(東京)/セントラル愛知交響楽団(愛知)
日本オペラ協会公演
●大石みちこ原作・脚本/渡辺俊幸作曲
《奇跡のプリマ・ドンナ ~オペラ歌手三浦環の「声」を求めて~》オペラ全2幕
ニュープロダクション(新制作)・世界初演
2026.3/7(土)、3/8(日)新宿文化センター 大ホール
指揮:田中祐子 演出:岩田達宗
出演:佐藤美枝子、相樂和子(以上三浦環) 他
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団
藤原歌劇団公演では、デビューを飾る期待の新人歌手たちの登場が注目だ。
2019年に粟國淳演出で新制作上演され好評を博したヴェルディの《ラ・トラヴィアータ》では、ヴィオレッタ役がトリプルキャスト。オーディションで60名を超える歌手のなかから、「いまや藤原歌劇団のプリマドンナと言っても過言ではない」迫田美帆、ともにヨーロッパで活動し今回が藤原歌劇団デビューとなる、団員の田中絵里加、そして森野美咲が務める。またアルフレード役には笛田博昭と、こちらもデビューとなる松原陸が配された。
今後のテアトロ・ジーリオ・ショウワでの上演演目は、「中高生などの若い人をオペラ界に引っ張ってくるようなプログラム(角田)」を考えているという。
《ラ・トラヴィアータ》と《妖精ヴィッリ》に出演する迫田は、「ヴィオレッタとアンナという役は性格も置かれている境遇も違いますが、自分のなかでは一つの共通点『恋人への一途な愛』という大きなテーマがあります。迫田美帆という一人の人間から、それぞれのキャラクターがどう生まれるのかを注目して観ていただきたいです」と意気込みを語った。
シーズン最後には、日本オペラ協会公演として注目の新作が上演される。大石みちこ原作・脚本/渡辺俊幸作曲《奇跡のプリマ・ドンナ ~オペラ歌手・三浦環の「声」を求めて〜》の世界初演。現在改修中の新宿文化センター リニューアルオープンのラインナップの一つとなる。
本作は、映画やドラマなどの脚本を数多く手掛けている大石みちこによる、2022年に出版された同名書籍のオペラ化だ。作曲の渡辺俊幸と演出の岩田達宗は、今年2月、倉本聰原作の新作オペラ《ニングル》を成功に導いたふたり、今回も期待が高まる。
上演される2026年には没後80年を迎える三浦環(たまき)(1884~1946)。日本人にとって初めてとなる国際的なオペラ歌手として名声を博したプリマドンナだ。大石はその三浦環像を深掘りするためにゆかりの人物を探し、その一人として郡も取材を受けたという。《奇跡のプリマ・ドンナ》のオペラ化にいたった経緯はその取材が大きく関わる。
「東京音楽学校(現・東京藝術大学)で環さんと私の祖母が同級生で、親友でしたので、我が家では代々、環さんゆかりの品を大事にしてきました。また、東京女学館は環さんと私の出身校という繋がりもあり、大石さんとお話するうちに、これはオペラになるのでは・・・と思いました。
どの分野でも先駆者と呼ばれる人に尊敬の念を抱きますが、1903年に日本初のオペラ公演《オルフォイス》で主役を演じ、日本人として世界に羽ばたくプリマドンナとなった三浦環の生涯を描いた作品との出会いは、“宿命的な流れ”とさえ感じています」
脚本を担当する大石は、この時代に本作をオペラ化する意義が4つあると語る。
一つ目は「女性の社会進出の先駆者である三浦環」を描くこと。「東京女学館在学中に離婚した母を、先生にその才能を見出された歌で助けようと一念発起するもいわれのない誹謗中傷を受けた環。その後も離婚・再婚、海外での活躍、夫の死別と、その行動には常に批判の声がつきまとっていた」という。ただ「天真爛漫な性格をもって乗り越えてきた環の行動が、いまの女性に響くだろう」と語る。
第二は、環の生涯が日清、日露、第一次、太平洋と4つの戦争の時期と重なっており、「戦争の時代をどのように乗り越えてきたか」を提示すること。第三は「オペラや歌を通じて海外と日本の文化を融合させた一人」であったこと。そして第四は「生涯を通じ『声』を追究した人物」である点だ。
「環は『声』という字を色紙に書いたり、没後は石碑に刻まれています。彼女が伝えたかったことは物理的な声だけでなく、心から発せられる『声』だったと思います。2026年のお客様へ環の心の声が届き、お客様の心の声と重なりあうようなオペラを創りたいです」
本作で三浦環を演じる佐藤は「同じ歌手として身の引き締まる思い」と、丁寧に語る姿はすでに環の思いを背負っているようにも感じる。
「戦中戦後にオペラ歌手として多大な功績を残された先覚者。私たちがその後、海外で場を踏ませていただくようになったのは、三浦環先生という歌手がなしえた偉業があったからこそ、日本人に引き継がれたものではないかと思います。そのような大先輩を演じさせていただくことは大変光栄です。心揺さぶられるメロディックな曲を書かれる渡辺先生の音楽。歌手のみならず、助演、合唱の一人ひとりに細かく指導され、役に命を吹き込む、大尊敬している岩田さんの演出です。私ども演者、お客様、天上で見守ってくださる三浦先生が喜んでくださる作品になるように努めたい。
私はこれまでイタリアのベルカント・オペラを主としてやってきましたが、日本人である以上、母国語のオペラに出演できること、美しい日本語を歌わせていただくことは意義深く、今後も引き続き歌い続けていきたいです」と思いを語った。
藤原歌劇団、日本オペラ協会ともに新たなフェーズを迎える新シーズン。100周年にむけてそれぞれ歴史を重ねていく両団体の今後の活動を注視したい。
日本オペラ振興会
https://www.jof.or.jp