那須田務のドイツ音楽紀行3 〜ベルリン・フィル、フランクフルト大聖堂のブルックナーのミサ曲、フランクフルト放送響、ケルン・ギュルツェニヒ管ほか

取材・文:那須田務(音楽評論家)

 2024年6月のドイツ・コンサート旅行。その3はベルリン・フィルのマーラーの6番とフランクフルト大聖堂のブルックナーのミサ曲ほか。

ドゥダメル指揮ベルリン・フィルのマーラーの第6番|6/14(金)ベルリン・フィルハーモニー)

 日本と同様、ドイツでもコンサートのプレトークが流行っているようだ。コンサート当日にフィルハーモニーの南ホワイエで行なわれた音楽学者で合唱指揮のダヴィッド・ヴォルフ氏によるそれは、CDで曲の一部をかけたり、ピアノを弾くなどかなり本格的なレクチャーだった(コンサート直前に演奏曲目のCDを聴きたいと思うかは意見が分かれるところだけど)。

Gustav Mahler Symphonie Nr. 6

 ドゥダメルの指揮でマーラーの交響曲第6番。フィルハーモニーの大ホールはほぼ満席、ここに来た時にいつも感じられる、晴れやかで華やいだ気分に満ちている。

© Stephan Rabold

 第1楽章冒頭から気魄満々。硬く引き締まった筋肉質のサウンドで鋼の鎧を身に着けた巨人の行進のようだ。しかもその動きのメリハリと敏捷さは半端じゃない。暗譜で臨んで全身からエネルギーを発散させるドゥダメルを前に、コンサートマスターのノア・ベンディックス=バルグリーをはじめとするドイツ最強オーケストラのテンションの上昇は留まることを知らない。コラールを経た繰り返しでさらにパワーアップ。アルマのテーマがいささかさらさらと流れてしまうのが惜しいものの、その後も管弦楽の鍛え上げられたフレージング、ティンパニの滑らかで重心の低いロールなど、すべてにおいて突出している。

© Stephan Rabold

 第6番はアンダンテ楽章(今回は通常通り3楽章)以外、悲壮感を帯びた行進曲で最後は短調で終わる。こうしたこともあって初演以来の「悲劇的」のニックネームもなんとなくわかるのだけど、ドゥダメルの音楽はどこまでも楽観的で前向き。第2楽章もハイテンションで木管のトリオの歌い回しは民謡風で諧謔味たっぷりながら、東欧ユダヤ的なエキゾチズムは薄く、木管のトリオもどこかコミカル。第3楽章は《亡き子をしのぶ歌》の旋律を奏でるホルンのソロがすばらしい。マーラーの交響曲は大規模編成ながら楽器の扱い方は室内楽的で緻密。フルートのエマニュエル・パユ、オーボエのアルブレヒト・マイヤーなど、スター級メンバーによるアンサンブルは非常にクオリティが高く、見ているだけで楽しい。弦の総奏によるクライマックスは、弓をいっぱいに使った音の奔流だ。終楽章前半の緊迫したやりとりやチェロと木管のかけあいなど、耳目を奪う魅力的な場面が次々と現れる。そしてハンマーの鈍く痺れるような重い一撃(この日は3回公演の2日目。先のヴォルフ氏のレクチャーによれば、初日はハンマーが飛んでステージから出てしまい、すばらしく効果的だったとか)。果てしないクレシェンドと全メンバーが全身全霊で表現するフォルティッシモ。演奏を終えた後の、長い沈黙の末の、満場の喝采もまた果てしないものだった。

カラヤン時代の特注ハンマー ©Stephan Rabold

 写真提供:Berliner Philharmoniker

フランクフルト大聖堂のブルックナーのミサ曲|6/21(金)

 ブルックナーのミサ曲第3番は後期ロマン派の宗教曲の名作だが、コンサートホールで聴いてもいまひとつぴんと来ない。一度教会で聴いてみたいと思っていた。その願いが今回フランクフルト大聖堂で叶えられた(ちなみに1872年6月に作曲家自身の指揮で行なわれた初演の場は、ウィーンのアウグスティヌス教会だった)。

フランクフルト大聖堂

 フランクフルトはマイン川のほとりの交通の要衝として中世以来発展、他のドイツの都市と同様に、第2次世界大戦の連合軍の空襲で壊滅状態になったが、戦後復興して商業金融の中心地として発展、現代的な摩天楼の立ち並ぶ大都会に。歴史地区も長い時間をかけて復興し、つい先ごろ完成。大聖堂は歴代皇帝の選挙や戴冠式が行われたゴシック様式の由緒ある建物でカイザードームと呼ばれる。この日の演奏は同大聖堂で活動するフランクフルト・カイザードーム・ヴォーカル・アンサンブルとドーム管弦楽団(モダン楽器)、指揮はアンドレアス・ボルツ、ソリストはソーニャ・グレンブロック(Sop)、シルヴィア・ハウアー(Alt)、グレヴェンブロック=ラインハルト(Ten)、フローリアン・ロスコップ(Bass)。

Brahms Nänie
Bruckner Messe Nr. 3 in f-Moll

 演目はブラームスの合唱曲《ネニエ》Op.82とブルックナーのミサ曲第3番。大聖堂は、ケルンのそれに比べてそれほど広くない。祭壇の手前にオーケストラと合唱が並ぶ。《ネニエ》はブラームスが晩年に友人の画家の死を悼んで作曲した、シラーのドイツ語の歌詞を持つ混声四部合唱とオーケストラのための13分ほどの曲でタイトルはローマ神の名。「葬送の歌」「哀悼歌」の邦題でも親しまれている。

 演奏が始まって残響の長さに驚く。高い天井の石造建築なので当然だが、音が重なると響きがごちゃごちゃして何をやっているのか分からない。テンポを遅くしても、テクスチャーの混濁は避けられないだろう。 それでも慰めに満ちた柔らかな情感やギリシャ神話を題材にした古雅な曲の魅力は伝わってくる。

ボルツ指揮ドーム管弦楽団他

 注目のブルックナーのミサ曲第3番。4人のソリストも加わるが、合唱がメインだ。結論からいうとテクスチャーの不明瞭さは変わらない(初演時の弦楽器はガット弦だし、管楽器も倍音の感じは違うはずだから、響きの明度は若干違ったかもしれない)。歌詞はあまり聴き取れないが、ラテン語のミサ通常文なのでそれほど問題ではないかもしれない。もし仮に、ブルックナー自身がこのような教会の響きを想定していたとしたら、それを考慮した音楽作りをしているはずで、実際、重要な箇所は歌詞と音楽が印象深く浮き上がってくる。

 グローリアは強弱のコントラストが印象的。ティンパニの地響きや合唱の爆発が凄まじく、音楽の壮麗さ、荘厳な趣はコンサートホールの比ではない。

 クレドでは2つ目のセクションのリリカルなテノールのソロがヴァイオリンや木管の明るい響きと呼応しあう。バスの歌う「クルツィフィクスス Crucifixus」(十字架につけられ)の後の、「エト・レズレクシット Et resurrexit」(そして蘇られた)の強力なクレッシェンド。欧州の教会でパイプオルガンを聴くときの、振動する楽器の内部に放り込まれたような眩暈に似た感覚をおぼえる。サンクトゥスのとろけるような甘い情感。オーケストラと合唱、祈りの場としての教会、祈りの主体の聴衆のすべてが響き合う。これぞシンフォニー(ギリシャ語で「共に響く」)。ゴシック様式のステントグラスから大聖堂の高い天井へ、音楽とともに視線も上昇する。オザンナで今いちど全オーケストラがとどろき、ベネディクトゥスの弦の柔らかく無垢な歌に慰められる。そして「ミゼレレ・ノービス Miserere nobis」(われらを憐れみたまえ。世の罪を除いてくださるお方)の怖れと震えは、天上的な「ドナ・ノービス・パーチェム Dona nobis pacem」(われらに平和を与えたまえ)へと昇華されていく。カトリック教徒として生まれ育ち、生涯教会音楽家の心を持ち続けたブルックナーにふさわしい、作品の本来のあるべき姿を体験した思いがした。

フランクフルト歌劇場フランクフルト放送交響楽団(ラインガウ音楽祭)ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団|6/22(土)~6/24(月)

Giuseppe Verdi Otello

 フランクフルトの大聖堂でブルックナーのミサ曲を聴いた翌22日は、フランクフルト歌劇場でヴェルディの《オテロ》。セスト・クアトリーニ指揮、ムゼウム管、演出はヨハネス・エラート(Erath)による演出。歌劇場は馬蹄形劇場タイプで客席数は1400ほどなので、3階中央の奥の席だったがとてもよく聴こえる。今回の舞台は20世紀か21世紀に移したいくぶん抽象的な書割と美術(美術ベッカー、衣装ヴィルレット)。韓国出身の明るい声のリリックテノール、アルフレッド・キムのタイトルロール、同歌劇場出身の若手イアイン・マクニールのイアーゴらソリストの粒が揃っていて、合唱も含めて高水準。嫉妬や姦計など、人の業(ごう)に翻弄されて死んでいく悲劇のヒロインを、ジョージア出身のニーノ・マチャイズが温かな声と可憐な演技で好演した。

フランクフルト歌劇場《オテロ》

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 翌23日はフランクフルト放送交響楽団(別名ヘッセン放送交響楽団、hr交響楽団と略される。以下hr)。6月22日から9月7日まで続くラインガウ音楽祭のオープニングとして、フランクフルト近郊のヴィースバーデンのクアハウスで行なわれたコンサートだ。当日同団の首席指揮者で音楽監督のアラン・アルティノグルを楽屋に訪ね、インタビューした。アルティノグルはパリ生まれのパリ育ち。同地の音楽院でピアノ等を学び、ピアニスト、チェンバリストとして活動。古楽器のオーケストラの通奏低音奏者や歌劇場等のコレペティトゥーア等の経験を積んで、2016年からモネ劇場の芸術監督、2021年からhrの現職にある。1975年生まれだから今年49歳、バロックから近現代まで幅広いレパートリーを持つ注目の指揮者だ。

ヴィースバーデン・クアハウス外観

 知的で活発な明るい精神を感じさせる好人物で、リハーサルまでのあまり時間がないにもかかわらず、黒い大きな瞳を輝かせながら楽しそうに話してくれた(インタビューの内容はジャパンアーツの記事をご一読いただきたい)。

壁の装飾が美しいクアハウスの内部 ©Ansgar Klostermann

Ludwig van Beethoven 5. Klavierkonzert
Bedřich Smetana Má vlast(Nr.1–4)

 コンサート会場のヴィースバーデンのクアハウスは、カジノを併設する超豪華なクラシカルな建物で客席数は1100ほど。その美しい内装と同様、ホールの響きも明るくて上品だ。演目はブルース・リウのソロによるベートーヴェン「皇帝」とスメタナの《わが祖国》から最初の4曲。「皇帝」ではリウの美しいピアニズムの魅力が発揮され、とりわけ第2楽章が出色。一方のスメタナはhrの弦の良く歌う深みのあるサウンドとドイツのオーケストラの中でもトップクラスの管楽器が、アルティノグルの才気と情熱に溢れる音楽とあいまってとても楽しめた。

ブルース・リウを迎えての「皇帝」。指揮はアラン・アルティノグル ©Ansgar Klostermann

 アルティノグルとhrは今年の10月に来日して、この日と同じブルース・リウ(「皇帝」)の他、庄司紗矢香(ブラームスのヴァイオリン協奏曲)、マーラーの交響曲第5番やラヴェル編曲《展覧会の絵》を披露する。

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 さらにその翌24日はフランクフルトからケルンへ移動して同地のフィルハーモニーでギュルツェニヒ管弦楽団を聴いた。ケルン歌劇場の専属でもある同団は、その歴史を19世紀以前に遡る由緒あるオーケストラだ。先頃、ケルン市の音楽監督と首席指揮者を務めていたロトがある不祥事疑惑で退任し(ケルン市は音楽監督在任期間のロトの業績を高く評価している)、2025/26年のシーズンからオロスコ=エストラーダが引き継ぐことが報じられたばかり。フィルハーモニーでのコンサートもロトが振る予定だったところをダンカン・ワードが代行。

ÉRIC MONTALBETTI Ouverture philharmonique (2021)
CAMILLE SAINT-SAËNS Konzert Nr. 5 F-Dur op. 103 für Klavier und Orchester L’Égyptien – Ägyptisches Konzert (1896)
CLAUDE DEBUSSY Trois Nocturnes (1899)
MAURICE RAVEL Boléro (1928)

ケルン・フィルハーモニーの内部

 演目は1968年生まれのフランスの作曲家モンタルベッティの《大オーケストラのためのフィルハーモニック序曲》のドイツ初演、アレクサンドル・カントロフをソリストに迎えたサン=サーンスのピアノ協奏曲第5番、ドビュッシーの《3つの夜想曲》と《ボレロ》というロト好みのオール・フレンチ・プロで、なんといってもサン=サーンスの協奏曲がすばらしく、他の曲はオーケストラの魅力は出ていたものの、やはりロトで聴きたかった。

 なお、来年2月の同団の来日公演はフィンランドの名指揮者サカリ・オラモと帯同し、藤田真央とシューマンやモーツァルト、諏訪内晶子とブルッフの協奏曲が演奏される。他はベートーヴェンの交響曲第7番とマーラーの交響曲第5番など。ちなみに同団はマーラー自身の指揮で交響曲第5番を初演したことでも知られる。フランクフルト放送交響楽団の来日公演でも予定されているから、両者の聴き比べも一興だろう。

世界遺産にもなっているゴシック様式のケルン大聖堂

写真:クレジットなしは筆者提供

【Information】
アラン・アルティノグル(指揮) フランクフルト放送交響楽団 日本公演スケジュール
2024.10/15(火)19:00 サントリーホール
10/16(水)19:00 ザ・シンフォニーホール
10/18(金)18:45 愛知県芸術劇場コンサートホール
10/19(土)14:00 所沢市民文化センター
10/20(日)13:30 横浜みなとみらいホール
10/21(月)19:00 サントリーホール
☆=ブルース・リウ(ピアノ)★=庄司紗矢香(ヴァイオリン)
問:ジャパン・アーツぴあ 0570-00-1212
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2082/

サカリ・オラモ(指揮)ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団 2025年日本公演スケジュール
2025.2/9(日)14:00 所沢市民文化センター ミューズ
2/10(月) サントリーホール
2/11(火・祝)15:00 ザ・シンフォニーホール
2/12(水) サントリーホール
2/13(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
2/15(土) 豊田市コンサートホール
2/16(日) 横浜みなとみらいホール
★=藤田真央(ピアノ) ☆=諏訪内晶子(ヴァイオリン) 
※ソリスト情報は、他公演地も今後、随時情報が公開される予定
問:ジャパン・アーツぴあ 0570-00-1212
https://www.japanarts.co.jp/news/p8615/

那須田務 Tsutomu Nasuda
音楽評論家。1980年に渡独。ケルン音楽大学およびアムステルダムで古楽演奏を学び(ヘラー、ハウヴェ両氏に師事)、ケルン大学哲学部音楽学科修士課程修了(M.A)。帰国後2023年まで母校の洗足学園音楽大学で音楽学を講じるとともに、音楽評論家として活動。ラジオ番組への出演や新聞雑誌への寄稿、市民講座などを行う。共訳書にアーノンクール著『音楽は対話である』(アカデミア・ミュージック)、著書に『音楽ってすばらしい』(ポプラ社)、『名曲名盤バッハ』『ON BOOKS advance もっときわめる! 1曲1冊シリーズ5 J.S.バッハ:《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ》』『古楽夜話 古楽を楽しむための60のエピソード』(以上、音楽之友社)、『教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ』(春秋社)、監修著作に『ピアノの世界』(学研)、『河出「夢」ムック バッハ』の他、『古楽演奏の現在』(音楽之友社)、『古楽への招待』(立風書房)等共著書多数。また長年にわたり『レコード芸術』誌の新譜月評を担当。現在『音楽の友』誌のレギュラー執筆者。日本ペンクラブ会員、ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。